目がぁぁぁぁぁ!!!
蹴り破れ!! と言わんばかりのベニヤ板があったから適当に蹴り飛ばしたら、なんか最終局面みたいな場面に出くわした件について。
うん、整理しよう。
上裸で女性を人質にしている変態が一人。
仮面を被ってピンチっぽい感じを演出しているシャルミナ。
バーに来たシャルミナが雇ってるおっさん。
んでもっておっさんは今にもウンコが漏れそうな顔でぷるぷる震えていた。……うん、いやマジでどういう状況?
来たばかりでとにかく何も分からない俺は、冷静に場を観察してシャルミナが作り上げたであろうこのシチュエーションと設定を必死に理解しようとした。
恐らく、上裸の変態は敵組織のボスで、ヤツが抱えている女性の怯える表情からして人質って感じか?
これはまずもって間違いないと思われる。
で、シャルミナとおっさんは二人で組んでこの上裸の変態を倒そうとしている状況に違いない。
……思ったより変態が強いとか?
なんかこんなヤツが強キャラなのって……いや悪くないね。
やっぱギャップってヤツは場を盛り上げるのに必要だと思うんだよな。
さて……ということは、シャルミナとおっさんは苦戦をしている&人質を取られて攻めあぐねている……といった感じか?
特におっさんは人質がいるせいで何もできてない? とか? もしくは人質になってる女性がおっさんの恋人とか知り合いとかそういう感じ?
厨二病設定的には、戦いは能力とか魔法とかでやりたいんだろうけど、生憎とここは現実世界だ。
恐らく格闘技とかの肉弾戦……もしくはシャルミナが差している刀とかで戦ってる感じだろうか。
あの、銃刀法違反とか大丈夫ですかね……。
なんてことを考えながら俺は、
「────随分と、情けない顔をしているな」
と、おっさんに向けてそのまんま見た通りの言葉をかけた。
だってめっちゃぷるぷるしてんだもん。
「……ボス!?」
「なんだお前はァァ!!!」
シャルミナが驚いたような焦ったような声で俺を見る。
続けて、上裸の変態が俺を見て怒気のこもった叫び声をあげる。
……おお、こりゃまたすごいキャストを雇ったな。
ツバの飛び散り具合とか、青筋立った感じの演出とかすっげぇや……素で見たら本当に悪の組織のボスかと思うわ。
上裸がなァ……いやいやギャップギャップ……。
「逃げろマスターッ!! ヤツは強力な電撃を操る……!!」
俺が変態の演技に感動してる間に、切迫した声が俺の耳に届く。あのおっさんが情けない声と表情で俺に危険を伝えた。
おん!? この上裸の変態ってこのビジュで雷使いなん!?
催眠おじさんです、って言われた方がまだ納得できるんだけど。
という非常に失礼なことを考えていたからだろうか。
変態は徐に俺に向かって手のひらをかざしてくると、ピカッ! と視界を奪われるほどの光が辺りを包みこんだ。
「もう遅い……誰だか知らんが死ねェ!! 《イナヅマ》!」
目がぁぁぁぁぁあ!!!!!
うわぁぁぁぁあああ!!!!
眩しすぎだろ舐めてるのか!!!!
俺は慌てて光を遮るように反射的に手を前に出した。
なんかバリバリと騒がしいSEが鳴り響いているが、俺は視界が塞がれながらもそれがシャルミナの用意した演出だということは理解していた。
……俺に向かって攻撃を放って、それを無効化する。
そんな良いシチュエーションを用意してくれるなんて、シャルミナ……なんて粋なやつなんだ……!!
問題は完全に視界がチカチカして何も見えねぇってことなんだけど!!!
とはいえシャルミナがくれた折角の見せ場を台無しにすることはできない。
というわけで俺は、どこかの漫画のセリフを丸パクって良い感じの声音で言ってみた。
「──今を見ろ。君なら救える」
これはシャルミナとおっさんのどちらがトドメを刺すにしても心に響きそうなセリフだ。君って言葉は別に個人を指してないからな。
……ふぅ、決まったな。何も見えないけど。
というか、若干前に出した右手がピリピリしてる気がするんだけど気の所為か? いやまさか、ただの光エフェクトに攻撃力なんてものがあるわけないからな。
やれやれ……ついに俺の厨二病魂はプラシーボ効果まで及ぼすようになってしまったのか。好都合だけども。
「──【花吹雪・余花の慚愧】」
──視界が回復する。
すると、シャルミナが刀を抜刀した状態で止まっていて、次の瞬間に上裸の変態が白目を剥いてバタンと倒れた。
……くっそ、良いところ見逃したか……。
それにしてもカッコいい技名だなぁ……俺もそういうのいずれ作りたいんだけどなぁ……せめて居合道とか習ってればなぁ。
なんて思うけど、秘密結社のボスとしてのキャラ付けで居合というのもどうにも似合わない。
大人しく、カッコいい戦闘要員はシャルミナに任せよう。
適材適所だからな。
「……感謝する、マスター。あなたの言葉が無ければ、俺はきっと過去を乗り越えることができなかった。……くくっ、それにしても試練があると占ったあなた本人に助けられるとはな……数奇な話だ」
「私など何もしていないさ。過去を乗り越えたのも、君自身の力に過ぎない」
おっさんがやけにキラキラ輝く瞳で俺に礼を言ってきた。
何言ってるんだこのおっさん。
あれ? トドメを刺したのってシャルミナじゃないの?
なんか変態って人質の女性から手を離してたけど、もしかして二人で協力して最後に倒したのかな?
……いやぁ、それにしても変態は演技マジ上手いな。
倒れる演技も完璧だったし、今もピクリとも動かない。
刀で本当に斬られていたのだとしたら血が出ないなんておかしいし。いやまあ斬ってるわけないけどな。
……さてさて、後々の処理も大変だろうから俺たちはそろそろ退散するとするか。
きっとシャルミナは後片付けの人たちも雇ってるだろうから、変に長引かせて作業が遅れるのも俺の本意じゃないからな。
「さて、帰るぞシャルミナ」
「ええボス」
バッと踵を返すと、タタっと駆け寄ったシャルミナが俺の隣を歩く。その足取りは軽く、仮面越しでもその表情が明るくて機嫌が良いことが俺には分かった。
理想のシチュエーションを作れて嬉しいのだろうか。
俺もすごい満足だよ。光エフェクトのせいで肝心な場面は見逃したけどさ。
……いやぁでも、苦しんでるキャラを励まして奮い立たせ……そして敵の攻撃を受け止めて強キャラアピールをする……。
──完璧だシャルミナ!!!
お前が来てくれたことで、俺の人生は始まったとも言える!!
めっちゃ楽しい!!!
というわけで俺もハチャメチャに上機嫌である。
そんなルンルン気分の俺たちに向かって、後ろからおっさんの声が聞こえた。
「ま、待ってくれ!! お前たちは──味方なのか?」
ふむ、となるとおっさんはシャルミナとは別陣営……って設定なのか……と、俺は即座に設定センサーを発動させておっさんの言葉から状況を読み取った。
なのだとすれば、俺の返答は最初から決まっている。
俺は一度立ち止まってスッと振り返ると、仮面越しに口元に人差し指を立てて言った。
「──────秘密さ」




