紫煙
──ジリ貧ね……ッ。
あたしは迫りくる雷を避け続けながら内心で舌打ちをした。
どう足掻いても絶えず雷が襲いかかってきて近づけない。
「……くっ、間合い管理が絶妙に上手い……」
あたしが雷への対応策を持っていないと踏んでいるのか、敵のボスは確実にあたしと直線的な位置取りにならないように雷を降り注がせていた。
……確かに桜花の閃剣には一息の間に距離を詰める居合技──【花吹雪・余花の慚愧】という技がある。
それを使えば、あたしは恐らく隙を突いて男の首を一合いで叩き斬ることは可能だ。……でもそれをさせてくれるほど、敵は甘くないようね。
「《イカヅチ》ィ! 《イナズマ》ァ!! 《ジンライ》!!」
「──チッ!」
更に厄介なのは、男が雷の《《種類》》を使い分けてくること……!!
《イカヅチ》は膨大な雷による物理的質量を纏った攻撃。間違いなくこれだけは当たってはいけない。
《イナズマ》は質量の無い雷の波状攻撃。要は単純に電撃を撒き散らしてくる技ね。当たっても死にはしないけど、感電で身動きは取れなくなってしまう。
《ジンライ》は予測不可能な雷が至る所から襲いかかってくる技。これも《イカヅチ》と同様に質量を纏っている攻撃で、当たれば一溜りもないわ。
「ほらほらぁ、逃げてばかりじゃ何もできないんじゃないかなぁ?」
「……っ、相性が悪い……っ」
戦闘においての相性。
しかしそれは言い訳に過ぎず、たとえ相性不利だったとしても何とか糸口を見つけて対抗できなければ待っているのは"死"。
……くっ、間違いなく人手が足りないわね。
足止めさえしてくれる人がいれば、雷の注意が逸れた瞬間に斬撃を叩きつけてみせるのだけれど……いや……ボスが来るまで耐久して彼に何とかしてもらえば……。
「ダメよ、ダメに決まってる」
そんな思考が頭の端をよぎって、にべもなく却下する。
ボスはあたしの希望。そう簡単に姿を晒して良い人じゃない。
もしもボスが来たとしても、敵が何か奥の手を持っていて逃げられでもしたら、きっとヤツは裏社会中にあたしたちの情報を撒き散らすことは想像に容易い。
そうなってしまえば活動の幅は狭まり、あたしたちの追うゴミどもはきっと姿を巧妙に隠してしまうだろう。
あたしが勝つ。もしもここで刺し違えたとしても……!
そうよ、雷を恐れずに突っ込めば勝機はあるかもしれない。
感電なんか気合いで耐えてみせる。
あたしはそう判断して、降り注ぐ雷に突っ込もうとした瞬間──後ろから気配と声がした。
「──おいおい、これは一体どういうことだ」
ぽたり、と火の点いたタバコが床に落ちた。
☆☆☆
Side 白木 巡
「嫌な予感がして来てみりゃこれはどういうことだ。あのマスターがやったってのか? まあ、随分と派手なことで」
俺は床に転がっている異能犯罪者たちを見て頭を抱える。
《《この場所》》は二日後に特異が行方不明者の捜索のためにガサ入れする予定だった異能犯罪者たちのアジトだ。
それ故に、俺はあの怪しげなバーのマスターの反応を調べるために機密情報を漏らしてしまったのだが……随分と行動が早い。
流石に動きを見せるにしても一週間程度は様子見するだろう、と思っての情報漏洩だったが。
……どうにも胸騒ぎがして現場に来てみりゃこれだ。
暴力的なまでの異能の気配。
感知系でもない俺が感じ取れるほどの強大な気配を感じ取った俺は、いざアジトに潜入すると中には至る所で気絶している犯罪者たちがゴロゴロといた。
「コイツは……窃盗5件、強盗2件で指名手配されてたヤツか。多少腕に覚えのある異能犯罪者だったはずだが……」
どいつもこいつも無傷で気絶してやがる。
毒ガスでも吸ったか? もしくはこの状況を作り出したどこかの誰かさんの異能によるものなのか。
「ま、このタイミングだと十中八九あのマスターだろうがな」
逆にそれ以外考えられねぇだろ。
……一体どういう目的で単身侵入なんて真似をしたのか。
悪が許せねぇって正義の味方みたいな思考だったらまだ分かるが……あの食わせ物からそんな気配は特段漂ってはこなかったし……何か目的があると言われたほうが納得できるってもんだ。
「……この先か。派手な音がするが……まだ戦ってるのか」
……様子見するか?
いやこの際だ。このアジトのボスは確か異能者の中でも特段強力な能力を有しているはずだから、協力して事の解決にあたった方が良いだろう。
ハァ……独断専行はもうしねぇ、って決めたんだがな。
生憎とコレは独断専行なんかじゃなく、先んじて行動したバカを追うため。それでしかない。
俺にもう、かつてのような燃える情熱は無いのだから。
「──おいおい、これは一体どういうことだ」
俺は思わず咥えていたタバコを床に落としてしまった。
雷が降り注ぐ空間内にいたのは、指名手配されている《雷》の異能を有する竿実雷電と──見知らぬ仮面を被った小柄な女性だった。
誰だ……? あのマスターじゃない……?
身のこなしはまさしく一級品。特異でもあれだけ動けるヤツは数少ないだろう。強力な力を持っていることは見るまでもなく分かる。
──一旦、それはどうでも良い。
あのマスターじゃないならそれはそれで仮面のお嬢さんに聞くこともあるが、今は手助けすることが最優先か。
見たところ身のこなし的にお嬢さんは近接系か。
ならば隙を作るのが俺の仕事だ。
「《軻遇突智》──【輝炎・熾火】」
「なっ──! ぐっ、《イカヅチ》!!」
──指先から放たれた炎の光線が竿実の肩をかすめて雷を操る制動を乱していく。
竿実は俺の姿を確認すると驚愕に顔を歪め、慌てて雷を俺の元まで迸らせてくる。
それをワンステップで避けつつ、訝しむような視線を向けてくる仮面のお嬢さんの隣まで歩いた。
「……味方、ってことで良いのよね」
「あぁ。少なくとも、目的は同じようだからな」
「隙を──」
「──作る。その間に行け」
「話が早くてありがたいわ」
ふっ、と笑うお嬢さん。
表情は窺い知れないが一先ず手を組むことには成功したようだ。
「何人増えようがまとめて雷で焼き尽くしてやる──!!!」
「生憎と焼き尽くすのは俺の専売特許なんでな」
怒りを滲ませ咆哮する竿実に、俺はタバコを咥え直すと笑いながらそう告げた。
☆☆☆
「よいしょ。そろそろ行くかぁ!!」
俺はバーテンダーの服のまま意気揚々と外に出ようとして、そういえばと近くの骨董屋のおっちゃんから「ご贔屓のお礼」ということで手渡された黒い手袋を装着する。
うん、なんか知らんけどジャストフィットだぜ。
仮面被ったまま外出るのは若干恥ずかしいっちゃ恥ずかしいけど、そんなこと気にしたらもう負けみたいなもんだからな。
誰かにドン引きされた視線を頂戴しても俺は行くね。
よし待ってろよシャルミナ。
お前の賃金を──絶対に上げてみせる──!!




