一網打尽
Side シャルミナ
「怪しい匂いがぷんぷんするわね……異能の気配もダダ漏れじゃないの」
幾らあたしが種族柄様々な気配に敏感とは言っても、こんなにも異能の気配をダダ漏れにしていちゃ特異にバレるんじゃないかしら?
……まあ、元々人通りの少ない場所ではあるし、近くまで行かなきゃ気配を感じることはできないものね。ますますボスの情報筋が気になるところだけれど……。
「──この仮面凄いわね。まるで透明になったみたいだわ」
あたしはボスから下賜された仮面の効果に驚く。
何が少しばかりの隠密効果よ。途轍もない出来の仮面だわ。
最初はボスとお揃いってところにしか魅力を感じていなかったのに、まさか性能面でも魅力的とはね。どれだけボスは引き出しを持っているのかしら。
「……《感知》」
あたしは自身の三番目の異能《感知》を使用する。
これは異能的な気配を感じ取るのではなく、まるでソナーのように建物越しに人間の気配を感じ取ることのできる異能だ。
それゆえに、異能によって気配を消している者には効果を及ぼさないものの、そう言った手段を持たない相手においては絶大な索敵効果を持つ。
……約37人……かなり多いわね。
一人で片付けられるかしら。
「幸いなことにバラけているようだから、各個撃破を目的にしながら進めば行けそうね……一撃で音を立てずに仕留めなきゃ」
あたしが傭兵として過ごしていた頃の戦闘スタイルは、どちらかというと暗殺者に近いと思っている。
足音と気配を消して近づき、手刀で首をトンッとして気絶させる。
勿論単に首トンしたところで気絶なんてさせることはできないから、そこはちょっとしたあたしの"得意技"を使うことで何とかする。不殺主義のあたしにとって丁度良い技をね。
プランを立て終わったあたしは、夜闇に紛れて立ち入り禁止の柵をサクッと乗り越える。
「入り口を張っている人間はいない……杜撰ね」
とはいえあたしにとっては好都合。
ぐるっと外周してみたけれど、ベニヤ板で塞がれていて入り口は一箇所しか無いようだから、気配を消しながら堂々と侵入するしかない。
だからこそ誰かが監視役としていると思ったけれど……そこまで組織立った異能犯罪者では無いようね。
「……《感知》……こっちか」
あたしは呑気に一人で歩いている人間に向かって足音を消しながら近づいていく。
「ふわぁ……一体いつまで飲み会やってんだよマジで……大学生かよ……ねみぃよ……あー、トイレトイレ」
どうやらトイレに行こうとしているみたいね。
とはいえ事前情報で中にいる奴らは全員異能犯罪者ということが分かっているから、手加減する必要は一切無い。
あたしは後ろから男に近づき──首を絞めながら後ろから羽交い締めにした。
「──がっっ……!!」
「攫った人たちはどこにいるのかしら? 今すぐ答えないと命は無いわよ」
「──ッッ、し、知らねぇ!!」
「……そう」
「ぐぁっ! ぼ、ボスが全部管理してっから……ッ!!」
締め付けを強くすると、焦ったように男はあっさりと情報を吐き出した。
ふーん……嘘じゃないようね。
推測するに手下たちは烏合の衆のようで纏まりが無いから、きっとボスへの忠誠心なんてものは無いに等しいでしょう。
そして、ボスが全て人質を管理しているということは、すなわち敵組織のボスも手下たちを信用していない証拠だ。
……思ったより厄介なことになりそうね。
「──《峰打ち》」
「ぐっ──!!」
──グキッ!!!
と、あたしが思いっきり男の首を捻ると、明らかに首の骨が折れたような音がした。しかしよく見ると男の首は正常で別に折れているようにも見えない。
これがあたしの4番目の異能《峰打ち》。
傭兵時代に不殺を貫いていたら、いつの間にか発現した後天的に獲得した異能で、これを発動させながら対象に致死級の怪我を負わせると《《怪我が無かったことになり》》自動で気絶するという仕様になる。
これが発現した時、あたしはあまりの便利さにニコニコと笑顔が止まらなかったものだ。だって手加減しなくて良いんだもの。
しかも気絶時間はきっかり24時間。
それだけ時間があったら、色々と事を終わらせた後での捕縛だったりも可能だから、現場の後処理も非常に簡単になる。
「ふぅ、たまたま周りに敵がいない状況だったから情報を引き出そうとしたけれど……これじゃあ意味が無さそうね」
さて──では、掃討よ。
☆☆☆
「あばっ!?」
刀で思いっきり真っ二つにする。
「おびょ!?」
肘鉄で男の顔面を陥没させる。
「にょいーーっ!!!」
高速の突き技で男の心臓をぶち抜く。
「ヤー!!!」
振り向きざまに男の首を跳ね飛ばす。
──が!! 全員無傷!!
いやぁ、本当に便利な"異能"ね。
どういう仕組みなのかサッパリ分からないけれど。
☆☆☆
「あと六人くらいかしら? 恐らくこの先にボスがいるのでしょうけれど……思ったより烏合の衆で拍子抜けね」
全員が異能者であることに間違いは無いけれど、あまりに戦いに慣れていなさすぎてそこらのチンピラでしか無かった。
裏社会で戦い続けてきたあたしの敵では無いわ。
まあ、犯罪において数は正義とか抜かすヤツもいるものね。
実際一般人を対象にした犯罪の場合は、規模がデカければデカいほど人数が多いほうが良いことに間違いない。
……雑魚ばかり。けれど油断しないで行きましょう。
この世界で油断は絶対的な禁忌。常に全力で事に当たるのよ。
あたしはふぅ、と息を吐いて落ち着かせる。
そして人の気配がする扉の先の部屋に入る。
──パチパチパチ、と拍手が聞こえる。
視線を向けると、そこには一人の男がいた。
でっぷりと太った小汚い十円ハゲが目立つ男だ。
おまけに上半身には何も纏っておらず、下半身はパンパンでキツそうなジーンズを履いている変態っぷりだ。
……こんなのが敵の首魁なのね……。
これをボスとは呼びたくないわ……うちのボスがあんなんじゃなくて本当に良かったわ。見た目って割と大事なのね。
「やるじゃなーいか。仮面のお嬢さん。誰かが侵入してきたのは知っていたけど、まさかものの数分でここまで辿り着くなんて」
もっと人選はしっかりしておくべきだったかな、と男は呟いた。
「あんたが誘拐犯のボスかしら?」
ニタッ、と男は笑った。歯は黄ばんでいて、心なしか吐息すらも腐っているようにも見える。
「そうともそうとも。この僕こそが一連の誘拐劇の犯人だとも。そういうキミは特異の連中かね? こんな奇抜な仮面を被っている記憶は無いがね」
「あたしは……ただの異能者よ。あんたをぶっ飛ばして、誘拐された人たちを救うね」
「なんだ、ただの正義の味方気取りか……」
男は残念そうに呆れたように笑って首を振った。
正義の味方気取りで結構。それで誰かが救えるのなら、あたしは幾ら道化になったってバカにされたって構わない。
あたしの行動の先に誰かの笑顔があるなら、あたしはそれで構わない。
「気取りかどうか確かめてあげる。あんたを倒して、あたしはハッピーエンドを掴み取ってみせるのよ。──《コネクト》」
桜花の閃剣を抜き放ち、すぐさま異能と同期させる。
刀の錆が青く光輝き、戦闘準備は完了した。
「物騒じゃないかお嬢さん。少し落ち着くと良い──《イカヅチ》」
刹那、膨大な黄金色の光があたしに向かって迫ってきた。
「くっ……!! 雷……ッ!!」
間一髪で避けることができたものの、あたしが今までいた地面には無理やり膨大な物量で抉り取ったような跡があった。
……威力が尋常じゃない……!! 当たれば終わりか。
こんなナリして強いのはちょっとムカつくわね……!!!




