試し切り
翌日は、昼頃になってようやく起きた。
「……すう……すぅ……」
肌に触れる暖かさと、人肌の感触に気付いて少しずつ意識が覚醒する。
穏やかな呼気と共に、触れている男性の胸部らしき部分が上下するのを見た。
顔をあげて気づいたけれど、眠る銀の髪の魔王に正面から抱き寄せられている。
お仕着せは脱がされたままだから、ベッド下に転がってた。
でも裸の胸には聖剣を抱いてるし、布団の中では薄く剣が光っている。
幼い頃に聖剣を欲しがったティーカーに何度か貸し出したけど、私の起床が近くなると勝手に剣自体が空間移動するらしい。
レムスにも「起こすなら聖剣持ってる間だね」なんて笑われたっけ。そのほうが目覚めるまで早いから。
もしかして……先に起きている今が、好機かな?
ちょうど手元には聖剣の柄がある。
見咎められても寝起きで当たったことにしようって、試しに握ると魔王にそっと剣先を触れさせた。
前魔王は背後から不意打ちして、第一形態を突破した。
魔族への闇討ちは勇者の正当な権利だって分かってるけど……穏やかに眠るオルディア相手にはちょっとだけ罪悪感も感じながら、そろそろと聖剣を動かした。
魔王の肌の上を、聖剣が滑る。
普通なら神の光で傷口が焼かれて、回復を妨げられるはずだ。
でも、魔王は薄皮一枚切れなかった。
悪しき者が握るとそれだけでも大火傷する聖剣なのに、史上最強の魔王相手では聖剣もやっぱり刃が立たないんだって、切先を滑らせたはずの部分を触って確かめちゃった。
肌を軽く剣先で叩いたけど、当たらない訳じゃないみたい。殴打は出来る。
でもただの棍棒と同じじゃ、すぐに魔王に回復されるよね……。
もう少し場所を変えながら叩いてみたけど、聖剣がいくら光っても当たった跡すらつかなかった。単独で戦うのはやっぱり難しそうだって諦めて、顔を上げた。
「……」
「え、あ、おはよう。いやあ、ごめんね、起きた拍子に聖剣が当たっちゃったみたい? まっそういうこともあるよねっ」
深緑の瞳がいつの間にか開いていて、見咎められたことに気づいた。
平気な顔をして起き上がったし、何事もなかったかの如くお風呂場に逃げ出そうとした。
でも裸の魔王が後ろから手を伸ばして、布団を弾き飛ばした。
あっという間に聖剣を叩き落として、勇者をベッドに引き摺り込んできた。
踏ん張っても組み付かれて、背中も足も密着してるから大暴れする。どうしよう、壁に貼り付けられたくらい動けないかもしれない。
「フルル。どうすれば僕を倒せるのか、試したかったんだろう。
……しかし寝ている間に襲ってくるとはな……僕よりよほど魔族らしいのではないか、勇者は……」
「あ、ちょっと、囁かないでっ……うぁっ」
せっかく寝起きで正気に戻れてたのに、耳元で囁かれたから状態異常に陥ったのが眩んだ視界で分かった。
「待って、先に食事……っ魔王のために食堂の皆が作ってくれる、美味しいご飯が待ってるよ。
オルディアは少食かもしれないけど、絶対に食べた方が良いっ……」
魔族を大切にする男だから止まってくれると思ったんだけど、耳元で小さく笑う声にゾクゾクして、全身が思わず震えてた。
「今、遅れることは料理長に伝えた。悪い勇者へのお仕置きが先だ。……逃しはしない」
「ちがうっ、油断してたオルディアが悪い、のに、っ……っ」
試し切りしたせいで、また勝負が始まった。
オルディアが名前を呼んで抱きしめてくるのに、魅了の状態異常のせいで抵抗できない。
一緒に過ごす時間が増えるごとに、体を重ねることまで自然になっていく気がした。
後ろから抱きしめてくる手を触ったら、そのまま繋がれた。
指も絡めて握った状態で、体を揺らされる。
見上げたら恋しそうに唇を重ねてくるから、まるで愛されてるみたいだって感じるのも……魅了のせいで混乱してるんだ。
勝負は今日も、私の負けで終わった。
終わったのに……私を包む魔王が後ろから頬を擦り合わせてくるから、思わず身体が跳ねちゃってた。
「フルル……」
甘やかな声が、また理性を溶かしていく。
何も考えられないまま、魔王オルディアの唇が体にたくさん触れるのを感じていた。
寝室の鏡に映る表情が、やっぱり私を大切にしてくれている気がして……聖剣を試したのを当然だって言いながらも少しだけ悪く思ってた気持ちもあったから、勇気を出して振り返った。
「……ね、オルディア」
「ん?」
「不意打ちして、……ごめん……」
私の正当な権利なはずなのに、ばつが悪くて、目も見られずに謝ってた。
魔王の手が顎に触れたって思ったら、引き寄せられてキスされてる。
優しく目を閉じて唇を吸う魔王が許してくれてる気がして、私からもオルディアに唇を合わせた。
……なんで、ドキドキするんだろう。
合間に漏れるお互いの吐息が肌にかかるのが心地よく感じちゃって、……私も抵抗なんて忘れて、目を閉じてた。




