勝負
オルディアと一緒に、肉団子が乗ってたお皿の後片付けをした。
終わったら厨房から寝室まで、魔王に空間移動で連れ帰られた。
私は今、魔王の部屋になしくずしに泊まっている。
けれど夜の私は基本的に野宿で、毎日倒れるまで『サイクロプスの棍棒よりも重い武器』を振っていた。
……どうしよう。
今日は厨房のお手伝いをしただけだから、体力が有り余りすぎて寝られないかもしれない。
「先に風呂に入るか、勇者フルル」
「うーん、ちょっと考え中……魔王が先に入っちゃってよ。どうせ異空間にいて逃げ出せないんでしょ?」
「そうだな。では僕がお先に」
オルディアが素直にお風呂に入ったから、私も聖剣に一番重そうな花瓶を刺して、負荷をかけながら素振りを続けた。
飛ばさないようにするのが、意外に難しくて良い。
でも経験値稼ぎか……今から魔王城内の魔族と戦っても、どれだけ倒せばいいのかわからないし、真面目に働いてる魔族が勇者に仕事の邪魔されちゃったら可哀想だよね……。
万が一、核とかに攻撃当てて灰にしちゃったら、今の私は後悔するだろうし……困ったな、しばらく経験値稼ぎ出来る気がしない。
考えながら天井の隙間に両足を入れて、一番重そうな魔王の机を掴みながら腹筋で起き上がった。
けれど、こんな軽い運動じゃ何百回やっても効かない体になっていた。
経験値、経験値か……。
今度は天井に指をかけながら体を何度も持ち上げたし、魔王の机も足先で挟んで一緒に持ち上げたけれど、五百、六百と続けても汗ひとつかかない。全く強くなれる気がしない。
ふと、強さと経験値で引っかかることがあった。
魔王が私を倒したことで強くなったって、昨日聞いたばかりだった。
もしかして。
私も今なら、魔王を倒せるんじゃない?!
試したいことが出来たから、ひたすら剣の基本修練を続けながら魔王を待った。
お風呂から上がってきた魔王が意外にも普通の黒の前開きパジャマだったのには驚いたけど、私は着替え忘れたお仕着せの腰に手を当てて、オルディアを前に威張った。
「魔王、今日はお前を倒してやる!」
「聖剣を取り上げなかったからか。さすが勇者フルル、懲りないな……ん?」
腰につけた聖剣は抜かない。
魔王の胸をベッドに押していくと、腰掛けてくれたからそのまま押し倒した。
給仕のお仕着せ姿のまま、私もベッドに足をかけて乗り上げる。
不思議そうに深緑の瞳を瞬く魔王オルディアに跨ると、膝の上に馬乗りになってやった。
「昨日、私を倒したことで『強くなった』って、言っていたよね?」
どう倒したのかは私にだってわかっている。
相手の上に乗って屈服させる行為こそが、きっと倒した判定になるに違いない。
勇者を何度も何度も泣かせた魔王はきっと、あれで経験値を得ていたんだ。
「僕を調べた悪魔神官が勇者を襲った通り、祭壇の数値も上方修正されていたが……なるほど、読めたな」
言葉の合間にもズボンと下着を一緒に脱がせた。
倒す方法は、魔王も大体察してくれたらしい。
「現状の私では、やっぱりまだ強さが足りない。
でも私が魔王に一度でも勝てば、より強くなれる。
繰り返せばやがて討伐出来るまでの経験値だって積めるはずって、気づいたんだ……!」
魔族がこぞって勇者の肉を食いに来たくらい、強さに敏感な上級魔族も、私を食べた魔王の増強を感じていた。
だったら、私だって同じく魔王を倒せば強くなれるはず。
「子供が出来たらどうするとは考えないのか……」
「もちろん、冷静に考えたよ。
だけど神の選んだ勇者が戦うための選択をしてるのに、神が授けものをしてる場合じゃないでしょ?
オルディアを討伐するまでは、あり得ないって気づいたんだ」
お父さんが年齢を理由に引退しようと思ってたら私が生まれたみたいに、戦う意志を持たなくなったら、もちろん分からない。
でも魔王城にようやく到着した今、戦う意思のある勇者から聖剣を奪うなんて非情なことを、神は決してしない。
「……ふっふっふ。わざわざ止めてくるってことは、魔王も私に勝たれちゃ困るってことだよね?」
だからこそ、確信した。
銀の髪をかきあげて、天井を見上げながら考えてる魔王オルディアは、私に魔王討伐なんて多大な経験値を得られるのが嫌なんだ!
「今の私では、魔王と剣を交えても勝てない。悔しいけどそれは認めるよ。
聖剣は何度だって砕かれるし、魔族の剣も歯が立たなかった。
でも……これなら、私だって魔王を倒せるかもしれない!」
お仕着せのスカートの中は、薄布一枚しか履いてない。
分かっているけれど、遠慮なく魔王の腰の上に乗ってみた。
……ちょっとだけ「私、何してるんだろ」って思った顔が熱くなったけれど、勝負のルールくらいは理解していた。
「魔王オルディアを、今日は私が倒すんだ。
勇者フルルの実力に、まいったって言わせたら……私はもっと強くなれるっ!」
「勇者が、それでいいのか」
「剣術、槍術、柔術、体術、私は強くなるためなら、どんな鍛錬だって積んできたよ。
こんな方法でも強くなれるとは知らなかっただけ……あ、そっか、ティーカーともすればよかったのかな」
朝は自主鍛錬、日中は魔族を倒し回って、移動は常に駆け足。
夜は聖剣よりも重い剣で魔族と戦って、全力で鍛えて、毎日気絶するように寝てたから知らなかった。
ティーカーも同じ状態だったから……って思い出してると、オルディアに頭を引き寄せられてキスされてた。
唇が離れると、不機嫌そうな深緑の瞳に射抜かれて、囁かれてもないのに変に胸がドキドキする。
「ありえないな。勇者より強いのは僕くらいだ。……分かっているだろうが、他の相手を誘うなよ。
試したいなら付き合おう。実際に強くなったのなら、それも一興だ」
余裕の魔王に負けるものかって、勝負した。
最初は動き方も分からなかったけど、魔王に色々教えてもらえたから努力を重ねる。
雰囲気作りだって魅了もされたけど、強くなるためなら仕方ない。いつもの逆襲をしてやるんだ。
やがて馬乗りになって抱きつく私の前で魔王の表情が切なくなって、苦しそうに歯噛みした。
やった、勝負に勝った!
荒い吐息を繰り返す魔王を喜んで見てると……力がなんとなくみなぎってくるのを感じて、思わず起き上がって両手を見つめていた。
「これが、これが魔王の言っていた経験値なんだ……っすごい、勝った、私は魔王に勝ったんだ!」
「はぁ……僕の負けだ……」
なるほど、魔王の言っていたことはこれなんだって、全ての能力が上昇した感覚に喜んで拳を握りしめた。
魔王は今こそ弱っている。
聖剣を振り抜いたら、もしかしたら刺さるかもしれない。
「っん……」
でも……名残を惜しむように背中を引き寄せられて、ちゅ、ちゅ、って音を立てながら何度も唇を吸われた。
見つめてくる瞳に熱がこもっていて、舌先が絡むたびに力が抜ける。
……むやみやたらに聖剣を振らない約束もしたし、今日はやめてやろうかな……一回だけじゃ、魔法防御を突破出来るくらい強くなったなんて思えないし……。
寛容に考えてると、手を繋いでくるから握ってやった。
すると下にいる魔王が動き始めて……思わず変な声が出て動けなくなった。
「今度は僕も勝たせてもらう。勇者に一人勝ちは、させられないからな」
「っ話が違うっ、魔王っ、私の一人勝ちっ……じゃないとっ……魔王まで強くなったら、意味が、ないのにぃ……っ」
「おかしいな、僕は攻撃しないとは言っていない……」
囁かれて、ますます何も考えられなくなって力が抜けた。
「今日一日、僕に尽くしてきた給仕にも褒美をやらないとな……フルルは気持ちいいことが、好きになったみたいだからな」
魔王が今度は給仕に手をつけてるって、自分の格好も相まって恥ずかしくなってくる。
「誘ったのは勇者だからな……付き合ってもらうぞ」
経験不足な勇者の思惑通りには、残念ながら魔王は動いてくれなかった。




