救われない想い
戦い抜いた、翌朝。
一晩ぐっすり眠ったらしくて、早朝の薄い光が差し込む室内で目が覚めた。
ぐうー。
昨日の朝だけしかご飯を食べられなかったお腹が、盛大に鳴り始めている。
踊り子の服の装飾がベッドに当たってるって、体の感触で気づいた。
瞼を開ければ胸にはいつも通り、聖剣を抱えてる。
寝ぼけてるけど誰かの気配が近くにあるから顔を上げると……まだ淡い光の中に、銀の髪に深緑の瞳の男が……王としての装束に身を包んだ、魔王オルディアがいた。
敵がベッドに座って、しかもすぐそばにいる。
咄嗟に聖剣を掴むと、跳ね起きながら振り抜いた。
けれど刀身を手のひらで受けた魔王が握り込んで、聖剣が全く動かせなくなった。
「このっ……」
「少しは落ち着け。……昨日まではもっとおとなしかっただろう、勇者フルル」
聖剣を取り返そうと暴れるのに、抱き寄せて囁いてくるから、体が緩んで力が抜けた。
状態異常は抵抗して振り切ったけど、腕の中の私が暴れられなくなったって魔王にも分かったのか、小さな溜め息が聞こえた。
「聖剣は今のように、無闇に振らないと約束するなら返そう。
……中庭の乱闘騒ぎは詳細を聞いた。魔族への恨みも改めて募ったことだろう。
しかし襲いかかってくる手合いは切っていいが、大人しく下働きしている魔族には手を出さない。そう誓え」
「嫌だ。……私は人間を食べる魔族に、もう誰かを殺した魔族に襲われたばかりなんだよ?
魔族なんて人も騙す悪しき存在なのに……っ、大人しくしてるからって、全部見逃すなんて出来ない!」
「人を食わない魔族もいるんだ。人間社会同様、大人しく誰も害したがらない魔族もいる。命令されて仕方なく人を襲った魔族もいる。
判断は難しいだろうが、自分から襲わないのなら聖剣も返す。……それとも、このまま今日も砕くか」
魔王の言葉なんて、世界で一番疑わしいものだ。
でも、……魔王は昨日、捕虜にした宣言は守ってくれた。
中庭では私に向かってきた魔族だけが灰になって、見学に来たり必死に頭を下げる魔族は生き残ったのを思い出した。
私も……魔王に回復されたから無事に動けているんだって……仲間の神官でもないのに、傷を癒やしてくれたのを思い出した。
色々考えて敵意がおさまってくると、魔王に離してもらえた。
聖剣を振りかぶらず鞘に納め直したのを見たオルディアが、頷いた。
「今日は勇者に仕事を与える。料理長に話を通しておいたから、朝食後は厨房で調理補助を行え」
「……嫌だ。勇者が魔王城でなんて働けない、って言ったら?」
「食事も警戒しているのだから、自分の目で何を調理しているのか確かめたほうが良いだろう。
常に素材を疑っていたいのなら、僕もこれ以上誘いはしない。
言うことを聞けない捕虜への寛大な処置も、今限りだろうな」
つまり、私に拒否権はないってことだよね?
全部魔王の思い通りなのが悔しくて歯を噛み締めたけど「ほら、早く風呂に入れ」なんてまた耳元で囁いて強制的に動かそうとしてくるから、慌てて精神支配に対抗した。
魔王が服を軽く叩いてるから気付いたけど、私の全身は灰や乾いた血で言葉にならないくらい汚れてた。
動くたびに粉が落ちる状態とか、よく寝かせてたな、って無惨なベッドを振り返っちゃった。ひぃ、高そうなシーツがぁ。
流石にお部屋がこれ以上汚れるのが気になって、お風呂場には静かに移動してしまった。
装備を脱いだら全身を熱いシャワーで流したけれど……体には傷痕ひとつ残っていなかった。
……昨日、私一人で倒しきれなかった魔族を、魔王オルディアは腕の一振りで灰に変えてしまったんだ。
頭から降り注ぐお湯を浴びながら、史上最強の魔王を倒すための方法を必死になって考えていた。
勇者が力不足なんて、認めたくない。
でもオルディアを倒すには、やっぱりティーカーたちと合流する必要があるんだって、改めて思い知っていた。
聖剣で何度も襲いかかったけれど、刃が立たない。
魔族の武器も、刺さらずに砕けてしまった。
攻撃力を上げられる魔法を持つミエットや、弱体化の特技を持ってるウチカゲがいないと、私一人じゃ傷すら付けられない相手……歴代魔王と同じく、仲間に助けてもらいながら戦うべき相手……それが魔王オルディアなんだって分かったことこそが昨日の収穫だって、思うしかなかった。
……ティーカーたちからの連絡は、まだない。
ウチカゲが魔王城に潜入してくれたのなら、無事なことや持参して欲しい装備を伝えられるけれど、今日も朝食後は厨房で働くのなら、私から何か行動を起こすことは難しい。
それに……ティーカーはきっと、仲間思いだから二の足を踏んでいるはずだ。
ウチカゲを失いたくないから、一人じゃ魔王のいそうな城内深くまで潜入なんてさせない。
外で情報を集めてから、少しずつ居場所も探って……やっぱり、全部で十日はかかるかな……。
泡立てた石鹸で髪や体を洗いながら、改めて……今は捕まってしまった私こそが耐え忍ぶべき時期なんだと、小さい頃からずっと一緒だった幼馴染の顔を思い浮かべる自分に言い聞かせるしかなかった。




