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落ちこぼれ勇者は史上最強と名高い魔王討伐を目指す〜なお、魔王の囁きには魅了効果があります〜  作者: 丹羽坂飛鳥
黒い神編

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戻るべき場所

 さて。

 女神エルフェリスに呪われた問題も無事に解決したし、私たち三人は魔石の耳飾りを冒険者ギルドに返しに行った。


「こちらが報酬になります」


 レイクロッグの街の冒険者ギルドで確認してもらって、活躍度に応じて分配された報酬をそれぞれ受け取る。

 プラントスネークがいなくなったおかげで農家も安心してリィゴの実の収穫に向かえるようになったらしくて、追加報酬としてりんごももらえた。

 リィゴは今から収穫だから、すぐに渡せるよう貯蔵してたりんごを持ってきてくれたらしい。


 早速ティーカーがオルディアの肩の上で食べ始めたけど、一口齧っただけで日差しの強い日の海みたいに青い目をキラキラさせた。


『うわこれ、うんまぁっ。蜜みたいに甘いぞっ』


 精巧なお人形にしか見えないティーカーが、自分くらいの大きさのりんごを必死に抱えて齧ってる。

 私も早速一口頂いたけど、ティーカーの言う通り果汁が溢れるくらい入ってて、かなり甘くて美味しかった。

 少食なオルディアは私の持ってるりんごをひと齧りしたけど、同じく目を輝かせて喜んでる。


「ギルドの依頼には、こうした追加報酬もよく出るのか?」


「ううん、ごくまれかな。今回は助けた商人の知り合いの農家さんだって言ってたと思うから、私たちの話を聞いて預けておいてくれたんじゃないかな。

 森の中、すっかり魔物消えて綺麗になってると思うし。驚いたのかも」


『オルディアもその功績で、俺より冒険者ランク上になってたよな。

 昼から仕事だって聞いてるから、巻き返しておくぜ。次に会った時は俺のほうが先に中級になってるかもなっ』


「僕は式典で、暇して座るしか出来ないんだぞ。

 ……いいな……僕も一緒に冒険に行きたい……」


「副官さんに『今日は遊びに出るより式典にご出席ください』って言われてたもんね。

 なけなしの午前休かぁ。お休みもなかなか取れないなんて、魔王も大変だね」


 悲しむオルディアの背中を撫でてなだめながら、新しい依頼をどれにするか、三人で掲示板を見に行った。


「さてと、午前中に終わりそうな依頼はあるか、な……、っ!?」


 隣に来たオルディアに自然と手を繋がれたから、肩が跳ねる。

 見上げると、魔王は私が指につけたままの聖銀の輪を触って、微笑んだ。


「もう書庫に入る用事もないと思うが、外さないのか」


「う、うん。オルディアが作っただけあって頑丈そうだし、つけておこうかなって。

 ……外したら一生外して生活しそうな気がするんだ。

 でも戦い慣れたら、多分つけてることも忘れると思うよ」


「そうか。なら……今後、結婚指輪を贈っても付けてもらえるな」


 結婚指輪。

 言葉だけでも不思議と胸が落ち着かなくなって、オルディアと繋いだ手を見ていた。


 指輪をもらった時には魔王妃になっている。

 ……つまり、オルディアとは正式な夫婦になってるんだよね。


 私は冒険の旅に出るから、魔界で生活するオルディアとは今まで通りのはず。

 でも隣に立って微笑んでる幼馴染が、今度は結婚式して旦那さんになるんだって、想像しただけで顔が熱くなってきた。


「駄目か」


 手を引かれて、オルディアが返事を待つみたいに私を眺めるのと目が合った。

 ……勇者も指輪をくれた魔王の真摯な気持ちに応えなきゃって、改めて指を絡めて繋ぎ直した。


「婚約指輪にも、ちゃんと慣れるように練習しておくよ。

 だから、その……いつか……結婚指輪も、もらえる日を、楽しみにしてるね……っ」


 言いながら照れ臭くなっちゃって、繋いだ手ばかりを見ていた。

 熱くなった頬を手の甲で冷ましながらオルディアを盗み見たけど、銀の髪の魔王は口元を覆って嬉しそうに頷いてる。

 りんごを遠慮がちに齧りとった音に気づいてハッとしたけど、オルディアの肩の上のティーカーが『何も聞いてないぜ』ってそぶりしながらりんごを味わってるのに気づいて恥ずかしくなっちゃった。


「はいっ、この話終わりっ!

 依頼探ししようっ。オルディアの予定もあるけど、早く終わりそうな依頼があったら受けちゃってもいいよねっ」


 勇者は気を取り直して、改めて掲示板と向き合った。

 ……その後もしばらく探したけど、レイクロッグの掲示板は細々とした日常系のお手伝いが多くて、魔物関連が少ない。

 報酬が安い依頼も真剣さが少ない感じで、ティーカーと二人で何を受けるのかも悩んじゃった。


「うーん……どうしようティーカー、もう次の街に行った方がいいかな」


『残る依頼はこの辺りの冒険者でも対処出来そうなやつばかりだし、その方が良さそうだな。

 オルディアがいるうちに移動しようぜ。フルルの足跡を辿るなら、南の街道沿いに進んだ方が良いよな』


 ティーカーとは相談し終わったけど、オルディアからは何も意見がないことに気づいた。

 不思議になって見上げたけど、魔王は鋭い目をしながら、心ここに在らずでうつむいている。念話で副官さんから連絡が入ったのかもしれない。

 ティーカーも気づいた頃には終わったらしく、深緑の瞳が私を向いた。


「フルル。僕の机の上に『見慣れない手紙がある』と急ぎの連絡が来たんだが、何か知っているか。

 宛先が勇者宛になっているが、差出人が不明らしい。魔王城では『勇者狙いの不審物ではないか』と騒ぎになっている」


「えっ、もうきたの!? 嬉しいっ……。

 ごめん、今日の冒険一旦終わりにしよう。すぐに戻らせてっ」


 時間かかるって言われたのに、急いで対応してくれたんだ。

 興奮してオルディアの神官服を掴んだけど、驚いて目を見張ってる。

 ティーカーも突然の提案に目を丸くしたけど、拳を手のひらにぽんって打ち付けた。


『あっ、わかった。エルフェリスに頼んだご褒美でも来たのか?』


「えへへ、ご明察っ。反応が渋かったし、用意が遅くなりそうだったからまた今度相談しようと思ってたんだけど、実はオルディアにも手伝ってもらわなきゃいけないことがあるんだ。

 だから早めに見てほしくて……ね、お願い、戻らせてっ」


 頷いたオルディアに、空間移動ですぐ魔王城に戻してもらえた。

 執務室に入ると、連絡を受けた副官さんから手紙を渡される。

 浮かれながら開封したけど……中は何枚にも渡って魔法陣と呪文が描かれていた。


「うわ、まさに神の領域……書くだけでも時間かかるって言われたけど、勇者じゃ一個実現するのに一生かかりそうな超難解呪文がきちゃった……」


 肩に乗せたティーカーと二人で予想を立てているオルディアにも見せに行った。

 手紙には大魔法が何十にも重なって書かれている。

 読んでも私では到底理解できそうになかったし、ティーカーもオルディアも紙面を見て目を丸くした。


『なんだこれ、細かっ……大魔導士が使いそうな高度な呪文にしか見えないぞ。

 オルディアにも手伝ってほしいって言ってたけど、フルルはエルフェリスに何を頼んだんだ?』


「これは……まさか、ティーカーの体か?」


 オルディアの言葉に二人で顔を上げたけど、魔王には読めるらしい。

 受け取ったオルディアが真剣に読み込んでくれるから、肩の上で戸惑って動けずにいるティーカーを代わりに抱き上げた。

 正面からお人形みたいに見つめても、まだ状況を理解出来てないらしく、幼馴染は目を瞬いている。


『俺の……体? ああ、強化のための方法ってことか。剣を振りやすいように、一段階進めてくれるって話だったよな』


「ううん、ティーカーの正式な体だよ。

 私の手の中にこうして収まる小さな体じゃなくて、十九歳の男の人の、ちゃんとした肉体が欲しいってエルフェリスにお願いしたんだ」


 聖剣の守護者が青の目を揺らして驚いてるけど、これこそが私の願ったご褒美だから笑顔になっちゃう。


「神が人間として人間界に降りられるってことは、自分の体をどこかで調達してるはずでしょ?

 でも生まれてすぐの体に宿ると何も出来ない期間があるし、子供らしくない行動は騒ぎになる可能性も高い。

 食神なんて人間界で料理を食べたり作ったりしたいから降りてるのに、赤ちゃんの間は何も出来ないなんて、もどかしいはずだよね。

 だから神は『自分の命を収められる新しい体』を作って、人間界に降りてくるのかなって思ってたんだ」


 エルフェリスにも尋ねたけど、大人として現界したらしい。

 魂を受肉させる魔法で人になったんだって、渋々教えてくれた。


「だから試練のご褒美に、同じようにティーカーに体が欲しいってお願いしたんだ。

 でもエルフェリスは自分の体を作って数十年しか経ってないから、魔力の回復量がまだ足りないらしくて。

 せめて魔法だけでも教えてくれればオルディアにもお願い出来るって伝えて、手紙にまとめてもらったんだ」


 別れたばかりのオルディア宛てには気まずくて書けなくても、私になら報酬として授けられる。

 手の中の親友が信じられないみたいに目をぱちぱちさせてるけど、私はこの魔法を誰の手を借りても実現させるつもりだった。


「今みたいにオルディアが作ってくれた体を強化していくのもいいけど、聖剣から離れてティーカーも一人で戦いたいよね」


 プラントスネークの時は、聖剣の範囲外に出られないから私の支援に回ってくれた。

 だけどティーカーは元々、私よりずっと前にだって走って行く勇者らしい戦い方が好きだった。


「私もまた全力のティーカーと、一緒に戦いんたいんだ。だから体を取り戻してよ」


『フルル……』


「転生したリアネさんとも、きっと会える。

 なのにせっかく会えた時に、ティーカーが聖剣を離れられなくてもどかしい思いしちゃうのも嫌だったんだよね。

 今回はみんなで頑張ったおかげで神様からご褒美をもらえるんだから、受け取ってよ。ねっ」


 私が神様にねだってまで欲しかったものを聞いて、青の目を潤ませてる幼馴染と見つめあった。

 胸に飛び込んできたから抱きしめたけど、小さなお人形みたいなティーカーとも、この魔法でお別れだ。

 ティーカーも本当は人間に戻りたかったんだって、握りしめた服に顔を押し付けて隠して……珍しく震える声でもわかる。


『もう二度と戻れないと思ってたし、今のままでもいいって思ってるくらい、幸せなんだぞ。

 なのに、フルルが頑張って乗り越えた神の試練のご褒美まで、俺に使っていいのかよ……っ』


「もちろん。私はティーカーにも幸せになって欲しいんだ。

 だって、私の相棒なんだからねっ」


 聖剣に宿ってるなんて知らなかったのに、ティーカーはそれでも私を支えてくれていた。

 守護者の役割も聞いたけど、魔族と戦う時に神光を放って聖剣の攻撃力が底上げされてたのは、守護者が心を合わせて共に戦ってくれてるからなんだ。

 なのに……冒険を見守って一緒に戦ってきてくれた相棒なのに、ティーカーにだけ何もないなんて嫌だった。


「ずっと見守ってきてくれた分のご褒美、ようやく渡してあげられるね」


 聖剣越しに見ていた世界に、もう一度戻れる。

 いつかオルディアが実現してくれたかもしれないけど、私だってティーカーのために何かしたくて……ご褒美をエルフェリスにお願いした。


 大切な幼馴染の、小さな金色の頭を撫でた。

 聖剣を持って戦いに出てくれた幼いティーカーがいたから、私は今も生きている。

 あの日聖剣の守護者になって陰から支えてくれた幼馴染が、ようやく私たちのところに戻ってこられるんだ。


 大切な気持ちで抱きしめてたけど……ただ実は、これだけじゃ何も解決していない。

 そばで難しい顔をするオルディアを見上げたけど、何度も何度も手紙を見返している。


「えへへ、オルディア。実現するには魔力が足りないでしょ?」


「……残念だが、正攻法では難しい。

 最後に『神の助力が必要』と書かれているが……別の褒美が必要なのか」


「ううん、エルフェリスが来てくれるよ。

 だってそこまでが、ご褒美だからね」


 オルディアが固まってるけど、私も本気なんだって、指を二本立てて示した。


「二人で協力すれば実現する計画なんだ。

 でもオルディアが『協力なんてしない、無理だ』って言うなら、諦めて別の神のご褒美を待ちなさいって言われた。

 オルディア次第だけど、どう?」


「……」


 ティーカーの体は、作ってあげたい。

 でも今更お母さんと会うのも複雑みたいで、オルディアは考えてる。

 ……見守ってたって聞いたのは嬉しそうだったけど、自分が最後にお母さんに見せた失望が、きっと後悔として胸の中に残っている。

 だから何も言えないティーカーをお人形みたいに抱きながら、裏話をしようって決めた。


「エルフェリスさ、聖神だけあって優しいんだよ。

 最初は『私が魔力炉になる』って言ったんだけど、危険すぎるから協力してくれるって話になったんだ」


「……魔力炉?」


「私の精気をオルディアが吸って食べながら、魔法を使ってもらうのはどうかなって考えてたんだ。

 淫魔は触れただけでも精気吸えるの知ってるし。私がポーションで回復し続ければ魔力が足りなくなることもないかなって。

 でもエルフェリスに『死ぬ気なの?』って言われて、止められちゃった」


「『え』」


「実は回復が追いつく保証がないんだよね。

 精気吸われるとどうしたって魅了状態になるし、心の奥深くまで奪われて動き止めちゃったら、場合によっては私の生命力が先に吸い尽くされちゃう。

 でも大丈夫、死ぬ気でやれば大抵のことはなんとかなるよって伝えた。呪いの痛みにも負けなかったんだもん。

 だけど『生贄になるくらいなら、この魔法陣は使わないで』ってきつく言われちゃった」


「……まさか、この魔法を根性論で実現する気だったのか……!?」


『フルル、窮地も全部根性で乗り越えてきたからな……いやいや嘘だろ、内緒で始められてたら暗雲しかなかったんじゃないのか、この計画……!?』


 二人とも驚いてるみたいだけど、私は本気で実現する気なんだ。

 エルフェリスに必死にお願いし続けたみたいに、目の前にいるオルディアにも両手を合わせて、頭を下げた。


「だからお願い、オルディア。お母さんと協力してほしいんだ。

 素直に悪いと思ってたから、エルフェリスは『ごめんなさい』としか言えなかっただけで……言った通り、お母さんは今もずっとオルディアを見守ってる。

 貯めた魔力がまた少なくなるって分かってても協力してくれる気持ちには、謝罪の気持ちも含まれてるんだ。

 仲直りは難しいかもしれないけど、お願い、この通りっ」


 オルディアに頭を下げたままでいると、ティーカーも一緒になって頭を下げた。

 幼馴染ふたりに頼まれた魔王は、渋い顔をしてて……小さく溜息を吐いた。


「聖剣を少し借りてもいいか、フルル。

 僕一人では本当に出来ないのか、少し試させてくれ」


「もちろんいいよ。……はい、どうぞっ」


「ティーカーも来てくれ。聖剣の上に座ってもらおう」


 オルディアに手渡された聖剣は、執務室の床に安置された。

 ティーカーも指示通り聖剣の上に乗ってあぐらをかくと、手紙を手にしたオルディアが魔法を唱え始める。

 床には白い光の魔法陣が広がった。

 聖属性の輝きが中央に置かれた聖剣から、波紋のように広がる。


「すごい……あんなに複雑な魔法なのに、もう理解してる……大魔法が使える魔王って頼もしいね、ティーカー」


『そうだな。人間だと一個使っただけで魔力すっからかんだから、試そうとも思わないよな』


 ティーカーと笑って見てたけど、……執務室の端へ、副官さんが下がって行く。

 聖属性の光が苦手だったのかなって思ったけど、それどころか背後にある窓を開けて、悪魔貴族が逃げ出した。

 ティーカーにも見えてるから、顔がこわばってる。


『と、ところでフルル。魔法を試すって出来るのか? 俺、全く魔法使えないから知らないんだけど』


「えーと、感覚掴んでおこうって、途中まで唱えたりすることはあるよ。私も『詠唱中断』のスキル持ってるから、再開したりも出来る。

 大魔法も途中で止められるけど……あれ?」


 部屋の外が、大騒ぎになってる気がする。

 魔法は中央の聖剣に向かって集中してるから、聖属性の強い光も魔力も周囲には漏れていないはずなのに、空を上級魔族が慌てて飛び去っていくのが、開いた窓の向こうに見えた。


 ……魔族の様子が、何やらおかしい。


 聖剣には二個目、三個目と魔法陣が重なっていく。

 つまりそれだけ魔力消費してるってことだって気づいた私も、嫌な汗が出てくる。

 試すなら一個目だけだと思ったのに、四つ目が組み上がって……手紙をめくるオルディアの顔色がちょっと悪いことにも気づいた。


『これ……止めた方が良いわけじゃ、ないよな?』


「ね、ねえオルディア、魔力使いすぎじゃない? いったん精気吸う?」


「いい。……ちなみにだが僕の魔力が枯渇すると、魔王族として覚醒状態に入る。

 フルルが見たいと言っていた、異形の姿になるぞ」


 ティーカーと二人でまさかの告白に固まったけど、幼少期に覚醒したオルディアの姿は、子供なのに前魔王よりも強大だったらしい。

 弱点探しの時にも誤魔化されたし、大人になった今は一度も見せてくれなかったけど……広大な神殿で三段階変形して回復した魔王を思い出すと、執務室はずいぶん小さく見える。


『え。魔王城、まさか崩れるってこと?』


「そうだな……もし僕を見守っている神がいないなら、城ごと吹き飛ぶかもしれないな」


「『ええええ!?』」


 突然始まった事態に、ティーカーと二人で叫んでた。

 目の前では五つ目の魔法が組み上がって、六つ目が組まれていく。

 短時間での大量の魔力消費のせいで込み上げてくる破壊衝動を耐えてるのか、辛そうな吐息が溢れてる。

 オルディアでも大魔法を連発した後は精気を欲しがって体調を悪くしたし、今度は本当に覚醒状態になりそうだって、心臓が跳ね回ってる。


「フルルは弱化していないから、城が崩れるくらい平気だろう。

 ……それに、僕も確かめたいんだ」


「確かめるって、何を!?」


「僕をずっと見守っていたと言うのなら……今も気づいて、僕が何をしているのか見ている神が、いるはずだからな」


 静かな声に、誰を待って無茶してるのか、気づいた。

 手伝うって言った相手が、呼び出さなくても来るんじゃないか。

 声をかける暇もないほど迅速な行動は、きっと。

 七個目を組み上げるオルディアが苦しそうに体を折って、胸を押さえたのを見た。


 同時に……天から伸びる白い腕が、黒髪の女性が……薄く見えた。

 オルディアに必死に手を伸ばした女性が抱きついた途端、オルディアの呼吸が落ち着いてくる。魔力が注がれたんだ。

 体がないから、お互いに触れることは出来ない。

 それでも手を繋ぐように押さえたオルディアが、背中から我が子を抱きしめるお母さんが、私とティーカーには見えていた。


 二人で、魔法陣を組み上げていく。

 さらに早まった変化から目を離せないでいる私たちの前で、ティーカーの体が光に変わって消えた。

 ……聖剣へ魔力が注がれて、戻っていく。

 エルフェリスとオルディアが唱える魔法は止まらずに、剣から再び溢れた金色の光が静かに形を作り始めた。


『よく頑張ったわね、レムス』


 静かなお告げの声に、優しい母の声に、手を繋いでいたままの姿のオルディアが歯噛みして、透明な涙が溢れた。

 振り返ったオルディアにエルフェリスが微笑んで、再び天界へ戻る姿を二人で見た。


「母さん……っ」


 エルフェリスはちゃんとオルディアを見ていて、呼ばれてないから迷ったけど助けに来たんだ。

 神官装備のオルディアが、祈りを捧げてる。

 私も同じく指を組んだけど、祈り終えた頃には金の光が次第に収まっていた。

 最後に、臍の緒のように繋がっていた一筋の糸が……ふつりと切れた。


 聖剣の前には、背の高い、素っ裸の男性が座っている。


 金髪で、成人男性同様に長い手足をぴくりと動かした。

 自分でも気づいて、信じられないように鍛えられた体に触って、確かめている。

 振り向いた青い目の男を、偽物だけど一緒に成長してそばにいた男を、私はよく知っていた。


「ティーカーっ!」


 思わず背中に飛び込んだけど、十九歳の、スライムの王に奪われた姿そのままのティーカーが目の前にいた。


「え……フルル、オルディア、俺、本当に人間になってる……? 夢でも、見てるのか……?」


「違うよっ、ティーカー、戻ってきたっ、戻って来れたんだよぉっ」


 勇者の腕力で締め付けちゃって「痛い痛い」って言われるくらい抱きついた。

 どう見たって、私の知っている剣士のティーカーだった。

 スライムの王が食べた体の通り、人間として成長した姿の幼馴染が腕の中にいる。

 オルディアが異空間から服を取り出してティーカーに渡したけど、渡された男は呆然として、身動きも取れないでいる。


「聖剣の神もティーカーの背中を押したんだろう。……最後、魂を体に引き戻すための魔法が不要になったんだ。

 人間界に戻れって、聖剣の神に言われなかったのか」


「え、言われた……転生せずとも戻れる場所に行きなさいって、聖剣の神が来て、肩を押されて……じゃああれも、夢じゃなくて……」


「聖剣の神も『帰れるなら帰りなさい』ってしてくれたんだよっ。

 今代の聖剣は十分に役目を果たした……っだってもう、聖剣で戦わなきゃいけない相手は、いないんだっ」


 聖剣はお父さんから引き継いだ時よりも、ずっと弱くなったのが分かる。

 それでも世界のためになるって、聖剣の神もティーカーを戻してくれたんだ。


「おっ、おかえりぃ……っ長い間、聖剣の中、いてくれてっ……本当にありがとぉっ」


 再会が嬉しくて、込み上げてくるものが耐えられなくなってた。

 泣き出しちゃった勇者が背中から力強く抱きついてると、小麦色のおさげ頭にティーカーが手を伸ばした。

 大きくなった手で、昔みたいにくしゃくしゃに撫でてくれる。

 青い目を潤ませて、偽物じゃないから照れ臭そうな、優しい笑顔が目の前で花開いてた。


「ただいま、フルル」


 嬉しくて、肩にボロボロ、涙も落としちゃった。

 指でオルディアを示してるから、一番の功労者にも飛び込んで抱きついたけど、オルディアは受け止めて抱きしめてくれた。


「オルディアもありがとうっ、夢が叶ったよっ、叶えてくれてありがとぉっ」


「僕も、ご褒美をもらえた気分だ。……フルルこそ母さんに交渉してくれて、ありがとう」


 優しい声を聞いたら、余計に涙が溢れてきてた。

 顔を胸に押し付けられたけど、高鳴る鼓動も、震える体も、静かな声も……オルディアが喜んでるんだって、わかった。


「ティーカーも戻ってきた。

 母さんも……神界で、僕のことをまた見守っているって……教えてくれたんだ」


 息子を抱くお母さんの優しい顔を、私も覚えてる。

 悲しい思いを断ち切ってくれた光景に、私も何度も頷いた。


「きっとエルフェリスはまた、お母さんとしてそばにいてくれるよ。

 だって……お母さんはオルディアを置いていったんじゃなくて、守るためにお別れしたんだからねっ」


 新しくたどり着いた場所で、お母さんが幸せになれますように。

 そう祈った小さな男の子が、今は静かに思いをこぼしながら頷いた。

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