記憶の間
声と共に、景色が神殿の中に変わった。
記憶の間の前だって、彫りの美しい白の石細工がたくさん飾られている場所で気づいた。
私だけ部屋の外で、オルディアたちは中にいるはず。
入り口の番をしてる僧兵は、二人。
目を丸くしてるのと向き合ったけど、部屋の中の物音にも気づいたのか、一人が振り向いて扉を開けようとした。
でも鍵を使っても開かないみたいで、何度もガチャガチャ音を立てている。
「中にも誰かいるぞ」
「早く副教皇へお知らせしろ!」
慌てて報告に走って行ったのが見えたけど、一人で立ち塞がる僧兵が杖を構えたまま震えてるから、両手を上げて無抵抗は示した。
「勇者フルル。なぜここへ、どうやって……」
「こんばんは。実はパーティの仲間に聖神の子供がいるから、神と同じ権能で空間移動してきたんだ。
女神エルフェリスの正式な名前を調べにきただけなんだけど、知ってる?」
「女神エルフェリス……いえ……本日、勇者フルルがその名を調べるため記憶の間に入りたい意向があったお話などは伺いました。
しかし副教皇より、今はお通ししてはならないと仰せつかっております。
いくら恩ある勇者フルルであっても、許可なくお通しすることは出来かねます」
「そっか、残念。……じゃあ副教皇と直接話すよ。そのうち来てくれるよね」
緊張感ある僧兵と違って、私はのんびり待つだけだ。
下手にお互い攻撃しあっても何にもならないから緊張感なく立っていたけど、次第に大勢の足音が近づいてくる。
副教皇が現れたから、私も手を振った。聖剣の勇者相手に跪いて祈りを捧げた年配の男性は、立ち上がるとまっすぐな目を向けていた。
「勇者フルル、聖神からも今お告げがありました。
仲間を記憶の間に引き込んでいると伺いましたが……一体何をしておいでなのですか」
「今日はずっとお告げがあるでしょ? 実は聖神の子供が今、記憶の間の中にいるんだ。
女神エルフェリスの子。自分のお母さんの本当の名前を知りたいだけなんだけど、知られたくないみたいで邪魔されてるんだよね」
「神の真名を知って何をするのですか。
……記憶の間に名前を残していただけているのも、トランスべリエだけの特別な扱いなのです。神々の怒りを買ってはなりません」
「私も神の名前を当てないと死んじゃうんだ。
だから……」
胸の辺りに、じわじわと広がる違和感に気づく。
夜か、それとも黒い神の気まぐれか、何がきっかけなのかは結局わからないけれど、痛みが広がり始めてる。
それでも笑った。
副教皇に相対したままで、平然と立ち塞がった。
「私は神の試練に打ち勝つつもりで、仲間を待ってる。
私が死ぬまでに、二人なら絶対に見つけてくれるって信じてる」
身体中に響く痛みに、それでも笑みを崩さずにいた。
込み上げる不純の呪いの情動なんて、培ってきた精神で噛み殺した。
黒い神の手が心臓にかかってる感触も、もう今更だ。
抵抗するほど全身に侵食する痛みがひどくなって、手にも、首にも黒の文字が現れてきた。
「勇者フルル、その、黒い文字は」
「聖神の試練。神の呪いを受けてるって言ってなかった? これが、呪いの一端かな」
二人がきっと答えに近づいてるんだって、細胞の一つ一つが押しつぶされそうな痛みでわかる。
胸から這い上がってきた痛みが広がって、神官たちの慌てる姿でも文字がかなりの範囲になってきたことはわかった。
「このままでは御身を浄化せねばなりません。ひどい呪いが滲み出して……まさか神殿を汚そうと言うのですか」
「まさか。信じられないなら聖剣の神に祈って聞いてみてよ。
聖剣の神は『勇者は今も戦ってる』って言ってくれるはずだよ」
多分神の力で、オルディアが閉めてた扉ももう開けられてる。
それでも無理に記憶の間に入れない副教皇たちを惹きつけて、邪魔させないことが私の使命だ。
……正直もう、体の感覚はない。
だけど精神力だけはそのままだったのが、救いだった。
「入っちゃダメって言われたから、私は仲間が名前を見つけてくれるって信じて待ってる。
呪いで今も激痛なんだ。
でもちゃんと指示に従ってるんだから、神の子と聖剣が入ってるくらい許してよ。ね?」
呼吸がしづらい。声が枯れそう。
全身にひどい痛みが何度だって走る。
それでも平気で立つんだって、笑って見せた。
滲み出た呪いが目に入って、前がよく見えない。
副教皇たちはそれでも立ち止まって、邪魔せずにいてくれた。
『……!』
ティーカーの大声が聞こえてきた。
でも目の前が暗くて何も見えない、澱んだ空気の場所に変わっていた。
神殿ではあり得ない場所で、顔を上げれば黒い球体が眼前に浮かんでいる。
『我が名を答えよ。
ただし答えを口にするのは一度きり。二度は許さない』
仲間の正式な答えを待たずに魂だけ連れてくるとか、聖神なのに随分だなって思っちゃう。
……胸の呪いがますます進んでくる。
魂さえも砕こうって、どんどん侵食してくる。
それだけ、相手も焦ってるってことだ。
私は、まだ答えずにいる。
全身が砕ける音がしようが、気が遠くなりそうだろうが、耐えて口を閉ざして待つ。
『どうした。答えないのか』
不確実な答えをしたって、同じこと。
私は仲間を信じて待つって、決めたんだ。
聖剣を預けた魔王が、聖剣の守護者が、私には信頼出来る仲間がいるんだから。
「『純真!』」
どれだけ痛かろうが。辛かろうが。
信じて待ってた私の勝ちだって、黒い神を前にして堂々と宣言した。
「純真の神エルフェリス!」
前のめりに倒れた体は、オルディアが回復しながら抱えてくれる。
ティーカーが前衛で戦って、守ってくれる。
蝕んでいた呪いが解けた目の前では。
黒い神が被膜を切り裂かれて、姿を現していた。




