あの日には、戻れなくても
『日が尽きるまでに』
その文言に連動しているはずの太陽の刻印は、以前よりもずっと早く薄れ始めている。
死の呪いの成就まで十日って描かれてるわけじゃないけど、十個あったから十日だと誰もが思っていた。
「今朝は残り八つと半分だったから、やっぱり一日一個だと思ってたんだ。
でもさっき脱いだら、残り六つまで減ってて。
半日で二個半だよ、絶対に進み方おかしいよね」
オルディアが胸の真ん中にある文言に触れて、改めて魔力を流しながら状態を確かめている。
だけど、太陽の刻印が変化することはない。
消えたものは消えたままだし、増えたりもしない。
「……おそらく少しずつ加速するんだ。
最初のうちは緩やかに変化させて一日を表現していると勘違いさせておいて、今のように残り時間がなくなったことで慌てさせる作戦だろう」
「じゃあ教皇が三日後戻ってくるって……クラレイアがそれを許してるのは、三日後には勇者の命も終わってるってことだ!」
決して神の名前には辿り着かせないつもりで、黒い神も動いている。
オルディアは減り具合を計算して、刻印の限度も教えてくれた。
「おそらく明日の朝には残り三つになっている。
……黄昏時には、減り切るだろう」
全部で猶予二日とか、早い。
村娘の服を着直したけど、こうやって見えなくなると全然意識しない。隠れたら夜しか見ないから、減りが早いのにも気づかない仕掛けなんだ。
着替えの間は後ろを向いていたティーカーが振り返ると、オルディアのそばに浮かびながら難しい顔で腕組みしてる。
『加速する仕掛けとか殺意高いな……試練が名前当てるだけだから、簡単だとでも思ってるのかな』
「油断してなくてよかったね。でも相手が聖神エルフェリスだってわかったんだから、あとちょっとだよ。
明日は副教皇にお願いして、何があっても聖剣持って記憶の間に入ってもらおうと思ってるんだ。
そうしたら……ねえ、どうしたの?」
作戦を話す私の前で、オルディアが考えてる。
ティーカーもずっと険しい顔で考えてて、勢いよくオルディアの腕に飛びついた。
『なあオルディア、今すぐに聖剣を記憶の間に放り込んで欲しいんだ。俺一人でも行ってくる。
場所変えながら何度でも落としてもらえば、神の名前だって探せるはずだ。頼む!』
「……自分は聖剣の一部だと主張しても、守護者として扱われるのは魂の部分だけだ。
体は魔王の魔力で出来ているなどとエルフェリスに神託を出されたら、壊されて動けなくなるぞ」
「そうだよティーカー、行くならみんなで行こうよ。
魔法防御足りないって話、してたでしょ?
ティーカーの体は切っても壊れないかもしれないけど、魔法じゃかき消されちゃうよ。一人じゃ……」
『副教皇なんて待っていられない。
……俺は死ぬような思いしたっていい、今すぐにでも動きたいんだ!』
小さな体になっても勇敢な幼馴染の言葉に……真剣な表情に、息を呑んだ。
『騙し討ちしてくる相手なんだぞ。
……本当に明日の朝まで、フルルの命があるかもわからないだろ?』
足早に進む太陽の刻印に、思わず手を触れてた。
聖剣になってもずっとそばにいてくれた幼馴染は青の目を少しだけ潤ませて、でも隠すようにうつむいている。
『フルルに何かある方が、俺だって辛いんだ。
このまま待ってて手遅れになったらって思ったら、いても立ってもいられないんだ……っ』
私が呪われたって知ってから、一人でも日記を読み進めてくれた幼馴染が、歯を食いしばってる。
顔を上げて、真っ直ぐに私を見つめ直して……決意を込めて、自分の胸に手を当てた。
『俺は今、この体が壊されたって聖剣に戻るだけだ。
でも、フルルの命は違う。奪われたら終わりなんだ』
斬撃はすぐに修復される。
けど魔法で出来たティーカーの体は、魔力をかき消されたら壊れる。
体が壊れるってことは……ティーカーだってもう一度、自分の体で死を迎えるってことだ。
それが、わかっているはずなのに。
『後悔したくないんだ。やれることも出来ずに、ただ待つなんて出来ない』
昔から私よりも勇者らしい幼馴染は、まっすぐな意思を込めて私を見つめていた。
『俺は何度危険な目に遭ったっていい。
だから頼む、送り込んでくれよオルディアっ』
きっと聖剣から離れられるんだったら、今すぐにでも駆け出していきそうなティーカーを見つめてた。
……大人になったのに、幼い頃のティーカーが重なって見える気がした。
『俺が勇者だって言って、戦ってくる』
過去にも、同じようなことがあった。
暗い小屋の中で、私を押し戻した震える指を覚えてる。
魔王軍相手にだって戦いに向かった勇敢な幼馴染は今だって私を守ろうと、神相手にだって戦いに行こうとしてる。
「僕も行く」
あの日はレムスも一緒に、出て行った。
遠くに輝く月を背景にした部屋の中で、銀の髪に深緑の瞳に変わった幼馴染は、今もまたティーカーに顔を向けている。
「ティーカー単独では、抵抗するのも難しいだろう。
相手は神として手を打ってきたんだ、僕にだってやりようはある」
「待って」
ティーカーは聖剣を持って一人で行くって言ってるし、オルディアも一緒に行くって言い始めてる。
……魔王の部屋なのに、また隠し小屋の中にいるみたい。
弱化した私が置いて行かれたら完璧にあの日の再現だし、私一人じゃ魔王の部屋から脱出すら出来ないなんて、さらに状況は悪いけど……私も勇者としてずっと戦ってきたから、幼い日よりも強い気持ちで首を横に振った。
「行くなら三人で行こう。オルディアはティーカーと一緒に記憶の間に入って。
私は副教皇たちがくるはずだから、扉の外で止めるよ」
『でもフルルは弱化してるだろ』
「大丈夫だよ。『勇者フルル』は教皇にだって信頼してもらえてる。
人間相手なら、どれだけ弱化していたって戦いにはならないんだ」
今まで培ってきた知識と経験、勇者としての信頼の全てが私の力だって、胸を張って言い切った。
自信を持って伝えると、飛び出していきそうだったオルディアとティーカーも言葉を飲んで、勇者に目を向けてくれた。
「私は副教皇の言いつけ通り外にいることで、敵を惹きつけておく。二人の邪魔はさせない。
だから記憶の間には二人が入って、答えを探してきて」
神が襲ってきた場合は、オルディアがいれば戦える。
そもそも私の魂なんて気づかないうちに抜けるような相手だから、弱化していたって関係ない。
なら恐れる必要はどこにもないんだって、笑顔まで浮かんでた。
「ね、みんな。今度こそ一緒に戦わせてよ。私も連れてって」
小屋に押し込められたまま眠って、戦えずに泣いた過去もあった。
今は村娘と同じ体力になっているし、夜になっていつ不純の呪いが発動するかも分からないなんて、あの時よりもずっと状態が悪いかもしれない。
だけど安心させるために両腰に手を当てて、自信を持って胸を張った。
「三人で勇者パーティとして旅立ったんでしょ。
今度こそ、みんなで行こう。呪いを解いて神にも勝とう。
むしろ頼ってよ。私は勇者で、昔よりずっとずっと強くなったんだからねっ」
置いて行かれて泣くしか出来なかった昔の自分は、もういないんだ。
私よりも背が高くなったオルディアが目を瞬いて……納得したみたいで、柔らかな笑顔になってくれる。
小さなティーカーも私の言葉に頷いて、拳を突き出したから合わせた。
『昔はどうしよどうしよって言って、あんなに頼りなかったのにな。フルルが勇者してる』
「へへっ、本当に強くなったんだもん。
というわけで、前衛は私に任せて。後衛での情報収集はオルディアとティーカーが担当ね。
二人なら、必ず答えを見つけてくれるって信じてるよっ」
「……僕もフルルとティーカーを支えるために、全力を尽くす。何があっても任せてくれ」
『昔の勇者パーティに戻れたみたいだな。
答えを見つけたら叫ぶから、待ってろよ』
「了解っ。あ、じゃあ円陣組む? 改めて出発ってことで、やろうよ!」
呼びかけに三人で集まって、拳を合わせた。
……ここは月明かりしかない、隠された小屋じゃない。
もっとずっと豪奢な魔王の部屋だけど……あの日、幼い子供達では出来なかったことが実現した気がした。
三人集まって、円陣を組む。
魔王軍とも戦おうって、揃って出発はできなかったけど。
今は大人になった私たちが集まって、強大な敵にも立ち向かうんだって、拳を合わせてお互いの姿を見合わせてる。
金の髪に青の瞳の小さな剣士と、銀の髪に深緑の瞳の魔王を見て、気合を入れ直した。
「私たちは神の試練にも、絶対に勝つ!
誓い、その一つ! 勇者の名に恥じぬ行いをしよう!」
「『「えい、えい、おー!」』」
三人で、高々と拳を掲げた。
魔王の部屋に元気な声が響いて、ティーカーが弾けるみたいな笑顔で笑った。
『勇者の名に恥じぬ行いをしよう! って言ってるのに、内緒で記憶の間に入るのは勇者としていいのか?』
「確かに。勇者の名に恥じていないのか」
オルディアに聖剣を預けたけど、私にだって言い分はあるから口元がにやついちゃった。
「神の子と聖剣が一緒になって、親の名前を確認してるだけだからいいんじゃない?
止められた『私は』入ってないって、副教皇にもそう言って止めるつもりなんだ」
許可されてないのは、神に試練を受けている勇者だけ。
聖剣と神の子を止められる理由があるなら、ぜひ教えて欲しい。
自信満々に胸を張ったらオルディアもおもしろそうに笑った。
「僕も聖神エルフェリスの子だと名乗るつもりだった。
……神官として考えても、神の意思が最優先だ。フルルは言いつけを守っているのだから、何も問題はないな」
『オルディアの言ってた言い分ってそれか。
へへ、じゃあ心置きなくやれるなっ』
「うん、行こう。呪いなんて今日中に解決しちゃおう!」




