不都合な真実
……オルディアのことも気掛かりだったけど、今はもう魔界に帰っているはずだ。
空間移動できない私に追いかけることは出来ないから、とにかく教皇に会うため歩き出した。
ティーカーがいつも入るカバンがないことに気づいて咄嗟に冒険者服のフードに入ったから、私からも隠し直して前に進む。
聖堂に向かう道には真っ白い石の階段が、天に向かってどこまでも続いている。
登って、登って、登り続けて――やがて目の前に聳える、世界で一番荘厳な大聖堂に辿り着いた。
中は僧兵たちで厳重な警備が敷かれている。
でも腰に携えた聖剣もあるし、以前会った神官たちもいたから、大聖堂に勇者が来たことはすぐに伝わった。
奥から年嵩の大神官が出てきて私の前で跪くと、いつもみたいに神に祈りを捧げる仕草をした。
「勇者フルル、ようこそおいでくださいました。
神の御使いたる御身のため、聖堂でお手伝い出来ることは何かございますか」
「お久しぶりです、ウィート大神官。
今日は教皇に話があってきました。少しで良いので、話す時間をもらえますか」
「教皇猊下に確認いたします。
お話の内容も一部のみで構いませんので、お伺いしたく存じます」
「では……記憶の間に入りたいので、許可を頂きたいです。
教皇にそうお伝えください」
大神官に用件を伝えると、彼は丁重に奥の部屋に案内してくれた。
「こちらで許可を得るまでお待ちください」
応対へのお礼を伝えて、用意された紅茶とお菓子を頂く。
けど……待っても待っても、許可の知らせは来なかった。
「……」
高級なソファに座りながらも、紅茶三杯は飲んだ。
だんだん暇になってきたから出てきたティーカーと『あっちむいてほい』もやり始めて、白熱した。
かなりの時間続けたけど誰も来ないし、予想以上に待たされているから、ソファに改めて掛けながら、ティーカーと二人で扉を見た。
「……ねえティーカー。
もしかしたら、これはまずい状況かもしれないね」
『そう、だな……時間は掛かってるけど……教皇って一番大聖堂で偉いし、ミサとか何か行事とかぶったんじゃないか?
許可もらうにも、教皇に近づけなくてうまく伝えられてないのかもしれないぜ』
「ウィート大神官が教皇の予定と噛み合わなかっただけならいいけど……どうしようかな……魔法防御出来る仲間、今いないのに等しい状況なんだよね」
『え、待つの面倒になったからって突破すんの!?』
「しないよ。……ここに神本人が来たらどうかなって、最悪の事態を考えてたの」
神殿で一番偉いのは、もちろん神だ。
教皇以上の意思決定力もある。
「勇者を手厚く扱ってくれたのと同様かそれ以上に、神も丁重に通されちゃうでしょ?
だから……逃げ方は考えておこうかなって」
聖剣の神に反するから、神官が勇者に戦いを挑むことは出来ない。
だけど神自身が手を下すのは、どうだろう。
クラレイアが聖神として現れたら、大聖堂はそっちにかかりきりになるはずだし……この静けさは悪い予感が働く。
ティーカーも思い至ったみたいで、腕組み足組みしながら宙に浮いてた。
『大聖堂で神が暴れたりはしないと思いたいけどな……もうオルディア呼ぶか。飛んで戻ってくれると思うぞ』
「……お告げだけかもしれないし、まだ大丈夫。
念の為、ティーカーは私の服に隠れておいて。もし何かあったら、オルディアをすぐに呼んで……」
コンコン。
扉が叩かれたから、ティーカーがフードの中に入ってくれる。
開いた扉の向こうからは神官が現れて、私たちに頭を下げた。
「勇者フルル、残念ですが教皇は外出中で連絡が取れませんでした。
記憶の間にお通しすることはできません」
「教皇が外出中? ……まさか副教皇もご不在ですか」
「その……副教皇ですが、許可のためには三日ほど猶予をいただきたいと、申しておりまして」
「三日?」
「教皇がお戻りになるまで、ご自身の教義に背くことは出来ぬ……『神の呪い』を受けた勇者を神聖な場所へ通して良いのか、判断しかねると申しておりました」
隠したいんだろうけど、クラレイアは聖神で合ってることはわかった。
記憶の間に通したくないから、わざわざ副教皇に会いにきたかお告げしたんだ。
自分の名前が刻まれた場所から、クラレイアは遠ざけようとしている。
だって私やオルディアにも見抜けなかった呪いの文言を、副教皇が見てもいないのに知ってるはずがない。
「ですので本日は、記憶の間にお通しすることは適いません。
私よりお伝えに参るよう言付かりましたため、こちらに参じました」
神官が深く頭を下げたから、私も胸の間に少しだけ目線を下げたけど……呪いとはいえ、これは聖剣の神も手出し出来ないって言っていた通り『神の試練』だ。悪いものじゃない。
――でも大聖堂の判断に異を唱えても、今は神の言葉を優先するはず。
指示通り話の通じる教皇が帰ってきてくれるまで待つほうが上策だって分かったから、ソファを立ち上がった。
「わかりました。従いますが、一つだけ質問させてください。
『エルフェリス』という名前の神を誰か知りませんか?
詳しい人がいれば、教えてもらいたいんです」
「エルフェリス? ……申し訳ございません勇者フルル、聞き覚えのない神です。
私の他にも、わかるものはいないかと……」
「やっぱり有名な神じゃないってことかな……うーん……そうだ、記憶の間に入れる人に、エルフェリスの名前だけでも見てきてもらうことは出来ませんか?」
「記憶の間は大聖堂の中でも、特に重要な場所となります。
そのため現在は、副教皇のみ入室が可能となっております。
あいにく神にお声をいただいている様子でしたので、御言葉を書き記すのにも時間がかかるかと……」
神からのお告げを余すことなく理解するために、神官様がお告げを本に起こす姿を見たことがある。
副教皇を引き止めるためにクラレイアが仕組んでることだろうし、神官とこれ以上押し問答しても仕方ないって、私も諦めがついた。
「じゃあ残念ですけど、また来ます。
記憶の間に副教皇だけでも入ってもらえないか、確認しておいてください」
「承知いたしました。
勇者フルルの旅路が、今後も良きもので在らんことを」
深く頭を下げてくれる神官に挨拶して、私たちは大神殿から出た。
……辺りはすっかり、暗くなっている。
街の明かりが賑やかになっている様子に、ずいぶん待たされたんだなってことはわかった。
フードから出てきたティーカーが私の首元を引いて、肩に小さな顎を乗せた。
『なあフルル。記憶の間への正式な入室は三日後って言いながら、クラレイアが許可出さないからってずるずる伸ばされるんじゃないか?
そうだ、聖剣だけでも入らせてもらうってのはだめかな。
神官に抱えて入ってもらって、守護者の俺が見てくるんだ。そうしたら呪いなんて関係ないだろ?』
「なるほど、聖剣は聖神が貸し与えてるものだから、呪いを理由にするのじゃ拒めないもんね。
でも入室許可出来るのは結局、副教皇だけだから……」
『神官に目を瞑って入って……って言っても難しいか。
うーん、悔しいけど今日はもう無理かぁ……』
「そうだね、撤退しよう。クラレイアが記憶の間を見せたくないってわかっただけでも収穫だよ。
それに……時間的にも、もう無理しない方が良いかな」
空には真っ暗闇が広がっている。
呪いは夜に始まるんじゃないかってオルディアとも話してあったし……夜が深まるほど不純の呪いが始まる気がして、胸の内が騒いだ。
『まだあと八日はあるもんな。
じゃあオルディア呼ぶから、今日来た場所に戻ろうぜ』
ティーカーから連絡を受けたオルディアは、すぐに迎えにきてくれた。
食堂にはご飯が出来てるって教えてもらえたから食事しながら話し合いもしたけど、オルディアも魔王城で出来る限り調べを進めてくれたみたい。
「部屋に帰ったら、少し相談する時間をもらえるか」
「もちろん。お互いに結果報告して会議しよう!」
私たちはいつも通りだけど、オルディアは元気がないように見えて、ティーカーと二人で首を傾げた。
食事を終えたら、すぐ部屋に戻る。
私たちがベッドに腰掛けると、目の前に膝をついた魔王の銀の髪が揺れて……頭が下げられた。
「まずは、謝罪をさせてほしい。
今から話すのは、決して……許されて良い話じゃない」
沈む声が告げたのは、私たちでは想像すらつかなかった、過去の話だった。




