神殿
お昼ご飯を食べたら、人間界と魔界を繋ぐ扉を守る神殿に向かった。
元魔王の住んでいた部屋には空間移動でオルディアが入らせてくれたけど、中は想像していたよりも整頓されていて、綺麗だった。
「誰もいない部屋とか、魔族が金品を奪ったり、もっと荒らされてるものかと思ってたんだけど……意外にそのままなんだね」
すでに主人のいない部屋だけど、そのまま物が残されている。
オルディアも管理上知っているらしく、頷いた。
「前魔王としてあれでも配下に慕われてはいたんだ。
……盗みを見咎められれば、仲間同士でも争いに発展する。
何より下手に魔王の私物に手を出せば、呪われる可能性があるからな。誰も手を出したがらないのが正解かもしれない。
フルルたちは好きに振る舞っていい。僕が許可する」
勇者パーティは許可をもらったこともあって、遠慮なく部屋を漁らせてもらった。
――早速、鍵がかかったまま開かない机の引き出しを見つけたから、オルディアの魔法で開けてもらう。
最上段からは、目的の日記が四冊出てきた。
三人でまず一冊ずつ分担したけど……クラレイアの情報は、私が手にした日記の中からすぐに見つかった。
「予想通り、クラレイアはここに忠告に来たみたいだよ」
オルディアが後ろから私を抱き抱えて、身長差を生かして肩の上に顎を乗せて読んでる。
なんだかくすぐったい気持ちになってたら、一冊持ってそばに浮かんでるティーカーが、代わりに声に出して読んでくれた。
『クラレイアがまた戻ってきた。
勇者の訪れを予告しにきたらしいが、魔族の報告と大差ないから追い返そうとした。
しかし自分は女神で、灰になる前に私を救い出したいなどと言い出した。
連れ帰られた息子が私を凌駕する力を持っていたのも、女神の血を引いたせいだったのかと納得はした。
だが私の勝利は確定している、くだらないことを言う女神は必要ない。
計画が崩されても困るから二度と来るなと伝えた』
前魔王の四将の一人だった偽物に、私を後ろから刺すように伝えていたんだ。
でも勇者パーティの一員を演じていたスライムの王は、主人を裏切った。
自分こそが新たな魔王になりたい気持ちを見抜けなかったことで、計画は破綻した。
『結局、日記にクラレイアの本当の名前は書かれてなかったな……答えはおあずけか』
しょんぼり肩を落とすティーカーの言葉通り、残された日記のどこにもこれ以上の情報は載っていなかった。
「自分は女神だって伝えた時に真実味を出すため名乗ってそうだけど、興味がないから前魔王も覚えてなかったのかもしれないね」
……あれ、おかしいな。
興味がないから、覚えていない?
魔族は強さこそが全てだ。
なのに自分の味方に付ければ力を得られる神に興味が湧かないなんて、あり得るのかな。
考えているうちにティーカーが自分の担当する日記を閉じて、残りの一冊も読んでくれているオルディアに振り返った。
『純愛でも報われないんだけどさ。魔族が女性振るのって、こんなもの?』
「そう、だな……魔王であるだけで、取り入ろうとする相手は多いんだ。
そもそも淫魔は興味がなければ、女性だからと見向きもしない。生まれ持った魔性でたぶらかせば、精気もすぐに得られるからな。
食事以上の価値がなければ、そばに置こうとも思わない……そういった種族性はあっただろうな」
『だってさ、フルル』
「えっ、なんで私に言うの!?」
「ん? 日記の話じゃないのか?」
そうだった。興味持って聞いてたから、つい大袈裟に反応しちゃった。
オルディアが真っ赤になった私に気づいて、近づくと……手を繋いできた。
持ち上げた私の指にキスして、美形になった幼馴染が微笑んでる。
「僕にとってフルルは、何より価値がある。
……こうして一緒に過ごせるだけで幸せにしてくれる、最高の女性だからな。
後にも先にも、僕はフルルにしか興味がないし、フルルには永遠にそばにいてほしい」
囁かれてないのに、耳の先まで熱くなってる。
そばで親指立てたティーカーの指はしまってあげた。わざとかはよくわからないけど、いい話聞けたしオルディアも楽しそうに笑ってるし、感謝はしてるよ。うん。
「とっ、とにかく、クラレイアが最後まで前魔王に愛情を持ってたってことは分かったね。
忠告しても聞き入れてもらえなかったけど、それでも諦めきれなくて、勇者を恨むくらい愛してた……ってことだ」
みんなで日記を元の場所に戻して部屋も確認したけど、この部屋にはもうクラレイアを追い返した以上の情報はなさそうだし、手掛かりになりそうなものも見当たらなかった。
オルディアは引き出しの鍵を施錠し直して、他に隠し扉がないことも確かめてくれた。
手詰まりだってティーカーと二人で悩んでたけど、戻ってきたオルディアが小麦色の髪を撫でた。
「配下の魔族も全滅したわけではないから、クラレイアの管理をしていた魔族が生き残っているかもしれない。
前魔王が日記の記述通り、女神に憤りを感じていたとすれば、近しい部下に何か話している可能性もあるな……僕の方で当たろう」
『さすが魔王、頼りになるな。
じゃあ魔族関係はオルディアに任せて、俺たちも書庫に戻るか。
魔界なら魔神の一覧とかあるだろうし、名前探ししながら待ってようぜ』
「魔神……魔神かな……ちょっと待ってね、そこがずっと引っ掛かってるんだよね……」
女神が、やっぱり何度考えても魔神じゃない気がする。
淫魔らしくて結局誰も愛していなさそうな前魔王と、オルディアはそもそもの性質が違うんだ。
言われたくないだろうけど……母親のクラレイアと同じくらい、オルディアは純粋に誰かを愛せてる。
勇者を呪う相手だから魔神だと思ってたけど、最後の日記も魔神相手じゃ、やっぱり対応がおかしい。
同じ属性の上位存在を、力こそが全ての魔界ではもっと大事にするはずだ。
――そう考えてたら不意に閃いて、咄嗟に魔王装備を掴んでた。
「そっか、そうだよ、やっぱり前提条件が違うんだ。
オルディア、私を人間界のトランスべリエ神聖国に送ってもらってもいい?!」
「……トランスべリエ神聖国? 僧侶と神官の総本山に、何かあるのか」
「大聖堂に『記憶の間』って場所があるんだけど、教皇の許可がないと入れない神聖な場所なんだ。
書物とかじゃバラバラに記憶されてる神の名前も、大聖堂の奥なら一覧が石碑に刻まれて厳重管理されてる。
下手に本を探すより記憶の間の方が確実だよ、早速教皇に会いに行こうっ」
『えっでもフルル、クラレイアは魔神だろ? なら神聖国に名前連ねてないんじゃないか?
あそこ、魔神は邪神として『名前すら残さない』って敵視してなかったっけ』
「日記を見てクラレイアが聖神の一柱ってことは分かったんだ。だからきっとあるはずだよ」
「……聖神?」
『あの黒い神、勇者を呪ってきてるのに聖属性なのか?!』
オルディアも予想外だったみたいで呟いたし、そばでティーカーも浮きながら驚いてるけど、自信満々に胸を張った。
「だって魔族は、魔神相手ならもっと丁寧に扱うよ。
オルディアが神の子供だったとして、魔神相手なら自分より強くても仕方ないって喜んでそうだけど『あー道理で……』って苦々しい感じで書いてなかった?
それにクラレイアが魔神なら、息子を上回るため自分に権能を授けてもらうように伝えたり、厳しい意見も取り入れてるはず。
灰にされるって心配して訪れたクラレイアも追い返してるくらいだから、聖属性の敵対神だったんじゃないかな」
自分たち魔族が崇める神ならまだしも、弱い人間の崇める神だから力添えなんていらないって思った可能性が高い。
ティーカーも説明したら合点がいったみたいで、手のひらにポンって拳を打ちつけた。青の目を輝かせる幼馴染の小さな手を取って、お人形遊びみたいに上下に振った。
「だからトランスべリエに行って調べようと思うんだ。
依頼で教皇たちとは仲良しになったし、聖剣の勇者として行けば、すぐに許可ももらえると思う。
ね、どうかなオルディア。魔神じゃなくて聖神だと思うんだけど、違う?」
隣にいる魔王を見上げた。
……けど、銀の髪の王はなぜか口元を押さえて、息を呑んでいる。
深緑の瞳が見開かれて揺れていて……深刻な様子に、思わずティーカーと二人で言葉が出なくなった。
考え込むオルディアが私たちの前で、無意識みたいに、ポツリとつぶやいた。
「エルフェリス……」
『……エルフェリス? 聞いたことないけど、神の名前か?』
私も聞き覚えのない言葉だ。
けど、オルディアには聞こえてないみたいで、ずっと思考に沈んでる。
少しだけ天井を見つめて、まぶたを閉じて……副官さんと念話でもしてるのかな、って思ってたけど……終わったらしく、私たちに目を向けた。
『あ、そっか。オルディアに代替わりしたことを知らなくて、もしかしてクラレイアが魔王城に来て名乗ったってことか!?』
「いや……昔、エルフェリスの名前だけ聞いたことがあるんだ。
秘密の神だって……教わった」
「魔界でも聖神が祀られてるの!?」
「一部地域で、信仰だけならされている。
……僕も考えたが、フルルの言う通り、クラレイアは聖神で合っているはずだ。
もし調べられるのなら記憶の間で『エルフェリス』という神について調べてほしい。重要な手がかりになるかもしれない。
僕もクラレイアの世話をしていた魔族に尋ねたいことがあるから、トランスべリエに到着後は別々に行動しよう」
オルディアは魔界に住んで長いし、魔族に慕われてるから秘密の神を教わったのかもしれない。
詳しくは教えてもらえなかったけど、私たちは空間移動ですぐにトランスベリエの街中に送り届けられた。
「オルディア、あまり無理しないでね」
何か思い詰めてる感じだから帰る前に声をかけたけど、深緑の瞳が弱った感じで細められて……。
「っ!?」
細くてもしっかりした腕に、抱きしめられた。
魔王装備の胸に、顔が押し当てられてる。
密着感が強くて全身包まれてる感じになりながらも、オルディアの様子がおかしいから背中を撫でると、しばらくして離れたけど……すぐに背中を向けられたから、表情はよく見えなかった。
「また迎えにくる。ティーカー、フルルを頼んだぞ」
『お、おう、任せろ』
理由を尋ねる前にオルディアは消えちゃって、街角で別れる形になった。
……抱きしめられたばかりの全身に、まだ体温が残ってる。
なんとなく立ち尽くしてたけど、振り返ったらティーカーも不思議そうにしてた。
「どうしたんだろう、オルディア。……エルフェリスと何か関係があるのかな」
『様子がおかしかったよな。
実は黒い神が、魔界の重大な秘密に触れてるとか?
……んー……考えてもわっかんねえ……。
ただ単にフルルの呪いが発動するか見てたとか、弱化してるから離れるのが心配だったのかもな』
「呪い……そうだね、もうすぐ夜になるんだ」
大聖堂に顔を向ければ、荘厳な神殿や教会が立ち並ぶ景色には、夕暮れが近づいてきている。




