戦い
ダンッ。
石床に着地する激しい音が響いて……食堂でナイフとフォークを動かす魔王の前に、私はいた。
わけがわからないけれど魔王と目が合ったから、再び廊下に出て別の窓を開けると、魔王城の外に繋がっているのを確かめてから足を伸ばした。
着地したし、一歩踏み出せた。
また薄暗い場所になって、食堂の椅子に座る魔王の前にいた。
「あれっ?!」
「城外に一歩でも出ると、僕の元へ戻ってくるように仕掛けてある。
せっかく捕らえた勇者を、簡単に逃がすわけがないだろう」
史上最強と名高い魔王の実力を思い知らされながら、すべての窓を、すべての扉を開けて回った。
どうあっても魔王の元へ戻された。
屋上からも出来るだけ遠くへと駆け出して、放物線を描きながら森の中へ飛び降りたけれど、着地したのは魔王の前だった。
壁一面の本棚が見える。私が抵抗する間に、執務室に移動したらしい。
「懲りないのが勇者らしいな」
これはもしかしたら冒険者食いの森で見た、術者の魔族を倒さないと進めない魔法かも!?
目の前にいる魔王が面白そうに口を緩めているのを見上げたけれど、仕事中らしく書類に目を通して、署名したものを執事に渡している。
「昼食と夕食は鐘が鳴る。先ほどの食堂へ集合だ。来なければ、僕から迎えにいく」
つまり今の私には、見えない首輪が付いているのと同じだってわかった。
外部に出れば、鎖を持つ魔王の元へ引き戻される。
行方をくらませても、首輪を繋いでる魔王には行き先がわかるから迎えに来られるということだ。
「くうぅっ……そうだ! 一応聞くけど、神の力で弱体化してるんじゃない?
神官と交わったら魔属性の者は弱体化するって、ミエットにも聞いたんだった!
あまり食事もしていなかったし、魔王が聖属性の勇者を相手にしたから体調が悪くなってる……つまり今が倒す好機っ!」
「僕は元から少食なんだ。弱体化の期待に応えられなくて残念だが、どうやら昨日は僕が勇者を倒した判定らしい。
むしろ調子が良いから祭壇で確認したが、すべて上方修正されていた」
えー、魔王も勇者を倒せば強くなるなんて、あり得るんだ……。
平然と羽ペンを動かし続けている魔王相手に、武器はない。
踊り子の服だし、脱力して戦う気にもならなくなったから、大人しく執務室を退散した。
……城外に出るには、ティーカーたちの救出を待たなきゃならない。
合流して事情を話して、魔王を一緒に討伐するしかない。
それか単独での討伐が必須だ。……魔王が術を解かない限り城外に助けを求めることも出来ないし、外部に連絡を取ることすら難しい状況だから、私は戦力を集められない。
作戦を考えながら歩いていると、中庭を抜けようとした目の前を屈強な魔族に囲まれた。
「グルルル、勇者、見つけた」
「聞いたかヨ、勇者を食えば強くなれるらしいゾ」
「魔王様も、よりお強くなられたと聞いた」
「ええ。悪魔神官である私は真実見たのです……魔王様のお強さは、勇者を喰うことによって増したのですよ!」
魔王城勤めの上級魔族だ。
祭壇を守る悪魔神官に、悪魔貴族、竜人に剛腕の悪魔、巨人などが行く手を阻んでいる。
……数が多い。勇者パーティ四人で相手してようやく討伐出来る群れを一人で倒しきるのは、流石に難しい。
「ねえ。私は捕虜だって、魔王から言われてない?
勇者に手を出したら、史上最強の魔王の怒りに触れるかもしれないよ。ここは通してもらえないかな」
「骨まで残さなければ良い」
「食おう」
「行方など腹の中に隠せバ、魔王様も気づかなイ」
「みんなで食べれば良いのです。ご馳走は奪い合うものでしょう」
考え方が魔族らしいなー。
とにかく手が伸びてきたのを躱すと、瞬時に気配遮断して隙間を駆け抜けた。
風圧で竜人が気づいて、追いかけてきたから反転した。
「正拳突き!」
体を捻った勢いそのまま振りかぶった拳で、向かってくる竜人の顔面を打ち砕いた。
竜人は灰になって消えたけれど、これで去るような魔族なら今までも苦労しなかった。
「グルァアアアアアア!!」
より血気盛んになった魔族が襲ってきて、乱闘が始まった。
四人で討伐してきた魔族、しかも上級魔族相手に、踊り子の服だけ装備して戦う不利なんて感じている暇もなかった。
聖剣は折れたから、明日の修復待ち。
頼れるものは鍛えてきた己の肉体のみ。
とにかく拳と蹴りで、学んできた武術で、襲い来る魔族を打ち倒すしかない。
肘打ちで背後の敵を弾き飛ばした。
掌底で骨を砕いた。
全身の膂力を乗せた蹴りで、敵の頭を撃ち抜いた。
「っ」
弓の如く突っ込んできたリザードマンに、二の腕を噛みちぎられたのが痛みでわかった。
すぐに回復したけれど、敵が止まってる。
様子を見る私の前では、口にしたものを飲み込んだリザードマンが……舌なめずりをして、歓喜に声をあげた。
「あぁ……うまい……うまい、力がみなぎるぅう!」
「いいナ、食いたイ、俺も食いたイ」
「人間はうまいんだ。勇者は回復する。……そうか、何度でも食えるのか」
「にくだ、肉だ、久しぶりの人間のにくだぁ!」
「……」
なるほど、私が見逃して良い相手じゃなかったんだ。
気づいて拳を握りしめたけど、魔力が尽きるまで回復は出来る。
相手にも悪魔神官がいるから、倒し切るには一撃で灰に帰すことを徹底すれば良い。ダメージを与えても、ちまちま回復されずに済む。
作戦を練りながら、静かに呼吸を整えた。
「……君たちは、人間の味を知っているんだね」
眼前には、焼け落ちて燃えた家がある。
村人だった無数の亡骸を、一人一人、装飾品だけでもいい、分かる範囲で埋葬した。
みんな、食われていた。
殺すだけでなく、魔族は食うんだ。
面白半分にでも、腹を満たすためでも、食うんだって……話に聞いていただけでなく、目の前で私は見た。
「なら二度と、人里に行けないようにしないとね」
この魔族たちは、人の味を知っている。
すでに、誰かを殺している。
……魔王軍の全てを打ち倒す。
そのために魔王城に戦いに来たんだと、拳を握りしめて自分から飛び込んだ。
敵は全員、魔王城に勤務するような上級魔族ばかりだ。
それでも向かいくる敵を、とにかく灰に帰した。
体を回復しながら倒し続けても、立ち向かってくる魔族は減らない。
それでも。
「全員、許すものかぁああ!」
勇者として、人間を喰った魔族にだけは負けない。
悪魔騎士が来たから、倒して剣を奪った。
灰を巻き上げながら、さらに戦った。
ひたすら戦ってきた体から、魔力もついに切れた。
回復アイテムなんてものはない。
だから、仙人に習った気功で止血した。
灰に変えた魔族を蹴散らながら、改めて剣を構えた。
全身は傷だらけ。
失血で目が霞む。
でも……こんなところで、負けてたまるか。
あの日見た炎に、勇者として誓ったんだ。
落ちこぼれ勇者だって言いながら、大切に育ててくれたお父さんに。
平和を願ったお母さんに。
戦い抜いて。勝って。
もう魔族に怯えなくて良い日が来たんだって。
笑って報告するんだ。
気合いを入れ直したのに……何故か魔族が襲って来なくなって、端に控えたのに気づいた。
「……魔王オルディアっ!」
銀の髪に、深緑の瞳。
現れただけで上級魔族を従えた魔王相手に、剣を構えた。
魔族を斬り続けたおかげで、経験値は積んでる。今なら負ける気がしない。
魔王さえ……魔王さえ倒せば、魔族は終わる。
人間界が、平和になる。
魔王さえ倒せば、世界は人だけのものに変わるんだ!
ボロボロの勇者相手だから油断して出てきた魔王を討ち果たすためにも、気を練り上げて一息で近づき、瞬時に剣を繰り出した。
銀の髪の魔王の胸に触れて……硬いものに押し潰されるように、剣が砕けた。
なら顎を砕いてやろうとそのまま拳を打ち上げたのを、深緑の瞳が見抜いて、掴まれて……気づいたら真円の空間に閉じ込められていた。
ガラスのように透明なのに浮いていて、叩いても割れない。
必死になって蹴り続けるけど、傷一つ付かない。
「興奮しているのは分かったが、大人しくしていろ。
……勇者フルルは捕虜だから、丁重に扱え、傷をつけるなと言わなかったか」
魔王が反論する魔族に、軽く腕を振った。
……声もなく、灰の山が出来た。
ひたすら頭を下げている中級魔族や、見学に来ていただけの悪魔が残ったのを見て、気づいたら動きを止めていた。
魔王は静かに、中庭に集まる魔族を睥睨している。
「王は変わった。自由に食う時代は終わった。……生きたければ理性を持てと、僕は布告したはずだ」
魔王が魔族を倒した姿に唖然として、周囲に残る魔族が震えながらかしずくのを見た。
中庭を後にする合間も、立ち上がるものは一人としていなかった。
閉じ込められたままでいたけれど、風景が突然変わって、魔王の部屋に空間移動したことに気づいた。
真円がベッドの上で溶けるように割れて、シーツの上に体が横たえられた。
「っくぁ……っ」
ベッドに乗っただけなのに、圧力がかかるだけで全身が痛い。
戦い終わったから痛みがぶり返してきたんだって、興奮が押し留めていた激痛に体を押さえた。
魔力回復のためにも寝たい。
けれど目の前では最大の敵、魔王がいる。
「窓にでも飛び込めば、僕のところに戻って来れただろうに……戦い抜くとはな」
「……っ魔王に頼れる、なんて……っ思うはず、ない、でしょ……っつぅ……」
安静にして体が休めるようになったら、少しずつでも体が修復を始めるはずだった。
どこか別の場所へ身を隠さなくちゃ、回復しない。
でも……無理して立ちあがろうとしても傷が開いて、赤が漏れ始めた。
痛いけどお風呂場でもいい、傷口も流せるって、ただ一点だけを見つめてベッドから降りようとした。
「寝ていろ。そのほうが回復する」
額を押し返されて、ベッドに押し付けられた。
……温かい光に体が包まれてる、気がする。
全身を覆う回復魔法に気づいて、……悔しくて歯を食いしばっていた。
「今だけは味方だ。仲間の神官だとでも思って……ゆっくり休め」
悔しい。
戦えないことが、悔しい。
倒すはずの魔王に情けを受けるのが、悔しい。
でも……全身傷だらけの状態で、もう戦いきれない。
『フルル、無理しないで』
優しい幼馴染の声が、息も絶え絶えの今は聞こえる気がした。
……敵の施しであっても、今は受けるしかない。
回復魔法の効果を高めるためにも、なんとか力を抜いてベッドに横になる。
全身の傷を癒す魔王が深緑の瞳を細めて、優しく頭を撫でてきた頃には、体がもう動かなくなっていた。
甘えたくない。
なのに目元や頬についた傷も触れて回復されると、温かい光が心地良くて瞼が落ちた。
魔王を警戒していたはずなのに……少しずつ意識が揺らいで、いつしか深い眠りに誘われていた。
『フルルが早く良くなりますように』
レムスが小さい頃、一生懸命、回復魔法をかけてくれたのを夢で見た。
優しい手が、温かな光で傷を癒してくれる。
黒髪に若草色の瞳の幼馴染には、素直に「治してくれてありがとう」って言えるのに……彼を奪った魔族を、魔王を、やっぱり私は許せない。




