幼馴染と、おやつのプリン
休憩した私たちは、日記を他にも読み込んだ。
でも……クラレイアが何の神かは、結局わからなかった。
前魔王もクラレイアを人間だと思い込んでたみたいで、神としての名を尋ねたりはしていない。
私もさっき『クラレイア』って名前を告げたけど当てたわけではないらしく、胸に刻まれた死の宣告は解けていなかった。
「ねえティーカー。神ってもしかして『冒険神カイナス』みたいに、名前と役職一緒に呼ばなきゃいけないのかな」
『俺も聖剣の神とかいつも適当に呼んでるけど、聖剣の神にだって本当は『フルル』や『カイナス』みたいに個人を示す名前があるって聞いたぜ。
でも絶対に教えてはくれないんだよな……フルルの言う通り、神は名前と役職を一緒にされると困るのかもしれないな』
人間界に降りたクラレイアは、神名を誰にも名乗らなかったから、解けるはずないって考えて私への試練にしたのかな。
でも絶対に解けない問題は、試練として課せないはずなんだよね……どこかにクラレイアの名前は、必ず隠されてるはずなんだ。
日記を読みながら手掛かりを探したけど、私もティーカーもついに全ての日記を読み切ったから、手にした冊子を閉じて顔を上げた。
「よし、終わりっ。ここにいてもこれ以上の情報は出てこなさそうだし、そろそろ神殿に移動しようか。
まだ私が討伐する前に、前魔王に危険を知らせたくてクラレイアが近づいてる可能性があるもん。
今まで正体は明かしてないけど、忠告は素直に聞いて欲しいから『自分は神だ』って最後に明かしたりしてないかな」
『そうだな、少しでも可能性がある方に行こう。
でも昼飯終わってから移動にしようぜ。
腹具合からすると、多分そろそろ鐘がなる……ん?』
私のお腹も鳴りそうだからティーカーと同じく撫でてたら、階段を降りてくる足音が聞こえた。
私は弱化してるのが分かってるから、腰の剣に手をかけたティーカーが警戒に出てくれる。
「どうだ、何か見つかったか」
でもオルディアが顔を出したから、二人で肩の力を抜いた。
近づいてくる魔王を前にして、出てきた情報をどう扱うか考えると、つい唸っちゃう。
「見つかったよ。だけど、……うーん、良くない結果になってるんだ」
「よくない結果?」
「うん。……そうだよね、隠しても仕方ないか。
共有しておきたいから、ご飯の前に少しだけ時間もらえる?」
「もちろん。何があったのか、僕も知りたい……ん?」
オルディアの前に、胸を張って立ち塞がる。
こういう時は勇者としての様式美があるって、お父さんから学んでるから魔王を指差した。
「ではまず、勇者として問おう。
……魔王よ、残酷な真実を聞く覚悟はあるかっ」
お父さんがよく『勇者パーティよ、残酷な真実を聞く覚悟はあるか』って言いながら、私たちのおやつプリンを食べたことを報告してきたのを真似した。
指を差しながら胸を張る私の前で、誰の真似か気づいたティーカーが笑ってる。
オルディアも目を丸くしてたけど、思い出したみたいで声を噛み殺しながら吹き出した。
『オルディアから食堂に頼んでもらって、今からプリンの争奪戦でもするか?』
「おじさん、必ず二個は食べていたからな。
懐かしい……残りを三人で分け合うのも僕は楽しかった。
承知した、勇者パーティがわざわざ調べた結果だ。聞かせてもらおう」
「じゃあこっち。まだ片付けてないからわかりやすいよ」
時系列で並べた日記の場所に連れて行くと、魔王装備のオルディアが床に膝をついて、私たちと同じく日記を読み始めた。
ティーカーと二人でページをめくりながら説明して、該当部分を読んでもらったけど……オルディアにとっては残酷な話だってわかってる。
自分の産みのお母さんが黒い神として敵対して出てきて、しかも村を滅ぼした原因かもしれない。
お父さんの神官様もそのせいで殺されてしまったし、今になって婚約者にも呪いを刻んだって知ったら、きっと傷つく。
でも、そんなこと関係ないんだって、なるべく分かって欲しくて……私もティーカーもいつも通りオルディアに接してた。
日記を順番に読んでいくオルディアは何も言わなかったけど、全部終わったら溜息を吐いている。
「……そうか。僕の両親が、何もかもの原因か」
銀の髪で表情が隠れてるけど、悲しんでることなんて声ですぐわかる。
だから魔王の腕の中に飛び込んだ。
弱化してる私の力でも、神樹の床に引き倒されちゃったから……慌てて幼馴染の顔を胸に抱えて、いっぱいに空気を吸い込んだ。
「ちょうどプリンの話が出たから言わせてっ」
抱えている頭が、小さく縦に動く。
間違いなく伝わりますようにって、必死に腕に力を入れながら……目を閉じたオルディア相手に、気持ちを言葉に変えた。
「子供にとって、訓練の後の美味しいプリンは何よりの楽しみだったよね。
みんなで食べる一口目なんて、世界中の何より幸福な瞬間だった」
疲れた体に甘いものが染み渡る。
お母さんが作ってくれたプリンを三人で食べて、喋りながら机を一緒に囲む時間も楽しみだった。
「でもお父さんは平気で子供から奪った。
元勇者でお父さんだから、年上だから、体が大きいからって勝手に食べた。
私たちにとっては大悪魔や邪神と同じ、悪者だった」
搾取する側の攻撃は、お母さんが一個多めに作ってくれるようになるまで何度だって続いた。
食欲魔神のお父さんが罪を告白しにくるたびに、私だって犯人が身内にいるのが恥ずかしくて居た堪れなかった。大人なんだから我慢してよって思った。
「でもお父さんがみんなのプリンを食べたって、娘の私に責任取れなんて、レムスもティーカーも私のこと責めたりしなかった。
遠慮して「私はいらない」って言ったら「譲らなくていいよ」って言ってくれた。
三人で二個を分け合って食べたり、正々堂々勝負して勝ち取るのだって、遊びになって楽しかった」
子供にお互いを思いやる心を教えるとか、勇者パーティとしてどうするのか見てたとか言ってたけど、子供にだって「おじさん綺麗事で誤魔化してるけど、食べたかっただけだよな」ってわかってた。
それでも娘の私を責めたりなんて、誰もしなかったんだ。
「前魔王と黒い神はオルディアの本当の両親かもしれないけど、でもオルディア本人じゃない。
だからオルディアが、親のことで傷つく必要ないからね。
親のことで傷ついたら、私だってプリン取ったお父さんの責任、取らなきゃいけないんだからねっ」
言い切った。
無茶苦茶な理論かもしれないけど、オルディアは静かに考えてくれてる。
微かに震える指に気付いたから、銀に変わった髪を何度でも撫でた。
「黒い神の呪いは、私に神が与えた試練なんだから、絶対に解けるよ。
不純の呪いも、我慢しなくていいって……オルディアが言ってくれたんでしょ?
じゃあ、その……呪いを理由にしてるのは不純だけど……こうして好きな人と過ごせる時間が増えたのと、何も変わらないよっ」
言葉にすると恥ずかしくなってきたけど、それでも伝えなきゃって、ぎゅっと抱きしめた。
「私もティーカーもオルディアのことが大好きで、黒い神のことを知ったって、気持ちが変わったりなんてしない。
だから気にせずいつも通りでいてよ。ねっ?」
必死に言い切って、反応を待つ。
しばらくして……背中に腕が触れた。
オルディアが、抱き返してくれる。
優しく背中を撫でた銀の髪の魔王から、小さく声が聞こえた。
「フルルは、昔から変わらないな。
……僕を責めたりなんて、一度もしないんだ……」
「だって責めるような出来事が、何もないんだもん。
……えへへ、親の悪行を知って、凹む気持ちはわかるけどね。
お父さんが子供のプリンを勝手に取っても、レムスが私に罪を背負わせなかったように……オルディアも自分が預かり知らない親のことなんだから、気にしなくていいよ」
溜め込んでた吐息が、胸の間に当たってくすぐったい。
私がプリンを遠慮しても「フルルと一緒に食べたいな」って言って分けてくれた幼馴染が、静かに頷いたのを感じた。安心して、銀の髪をかき混ぜちゃった。
「ティーカーも、いいのか」
『俺? 慰めるの下手だから黙ってるだけだって。
フルルも言ってたように親は親、オルディアはオルディア。ってことで気にするなよ』
そばにきたティーカーが、オルディアの髪を一緒にかき混ぜた。
わしゃわしゃにされたオルディアが顔を動かして小さな体の幼馴染を見ると、笑い交わして……ティーカーが差し出した握り拳に、オルディアからも拳を合わせていた。
『もう次に目を向けていこうぜ。
ってことで昼からは人間界と繋がる扉を隠してる神殿に行きたいんだ。
日記の続きがそこにならあるかも、ってフルルと話してたからな、行ってもいいか』
「構わない。……神殿に行くなら、僕もいこう。
不用意に誰かが行き来しないように、上級以上の魔族ばかりを配置してあるんだ。
襲い掛かりはしないと思うが、状況の視察もしたいし……一緒に日記探しした方が、すぐに気持ちも分け合える」
オルディアが気を取り直してくれたみたいだから、私も髪を撫でて整えて、離れようとした。
「っ!?」
けど私を抱きしめたまま、背の高い魔王が上半身だけ起こした。
お尻の下に、オルディアの両脚がある。
……あれ? 私、男の人に跨ってない?
経験値稼ぎした思い出が蘇る恥ずかしい格好に気付いたから、慌てて離れようとしたけど……抱きしめられたまま小麦色のお下げ頭に頬擦りされて、オルディアの胸に顔を押し付けられた。
「フルルの呪いは大丈夫そうか。
昨日はここで倒れたからな……状況はあまり変わらないのに、何か違いがあるのだろうか」
「あ、そっか。そういうことか。
……うーん、夜が近かったとか?
魔属性って闇の眷属多いし、冒険終わった後だったから、あの時は黄昏時も終わってたはずだよね」
呪いの発現が、神の属性に関わっている可能性もある。
……でも属性なんて、安易に知らせたりするかな……わかるだけでも半分絞り込まれるから、隠したがりそうな気がする。
抱き込まれたまま考えてたけど、オルディアが頬に口付けたのに気づいて、慌てて立ちあがろうとした。
でも弱化した勇者は魔王に押さえ込まれて、床の上で足を滑らせただけになった。
オルディアが小さく笑って、耳にも軽く唇を触れさせる。びっくりして跳ねるのに、涼しい声が聞こえる。
「フルルとこうしていると、落ち着くんだ。
……呪いが動かないのなら、もう少しだけ、このままでいてほしい」
声だけじゃなくて、心臓の鼓動まで耳の奥でも聞こえ始める。
……子供の頃みたいに慰めたり、抱きしめ合ってるだけなのに、耳まで熱くなっちゃう。
「……オルディアが落ち着くなら、いいよ」
まだ辛そうなオルディアが癒されたい気持ちならって思ったから、腕の中で力を抜くと……不意に上げた目線にティーカーが入ったから、恥ずかしくなって魔王装備の胸に顔を埋めた。
ティーカーも私と目が合ったのに気づいてるから、頭を掻く音が聞こえた。
『なあオルディア。甘そうな雰囲気になってきたら、静かに席外すからさ。
俺の体の構成、もうちょっとならなんとかならない? 聖剣の近くにいないとダメ?』
「それは、僕も考えているが……理論がまだ出来上がっていないんだ。
いずれ離れても動けるようにはするつもりだから、完成するまでは悪いが、諦めてくれ」
オルディアがティーカーと話すのを聞きながら、『甘い雰囲気』って言われたのに真っ赤になっちゃった。
でも、しばらくしてようやく落ち着いたらしい幼馴染には、素直に体を離してもらえた。
私たちはみんなで仲良く話しながら、魔王城のお昼ご飯に向かえたのでした。




