歴代魔王の日記
窓がなくて時間感覚もわからない部屋の中、ティーカーと二人でひたすら手元に没頭した。
読んでて気づいたけど、前魔王は息子に関して思うところがあったらしい。
『人間として育てれば、魔族も人真似をするのか』
『おかしな政策を続けても、そのうち弱い人間を潰す快楽を知る。血と肉の味を知る。衝動にも耐えかねて暴走を始めるだろう』
人間擁護の政策を推し進めるオルディアを決して認めない、魔族らしい王の姿が読み取れた。
しばらくして、ティーカーが小さく溜め息を吐いたのが聞こえた。
床に広げた日記をめくる手が止まってるから、私も気になって見せてもらった。
「何か見つかった?」
『んー……そうだな。でも読んだって、いい気はしないぜ』
表情を曇らせたティーカーが開くページには、前魔王によって行われていた『個人的な実験』に関して書かれている。
……魔王城には昔、人間の女性が常に数人飼われていたらしい。
誰に何をして、どう壊して捨てたのかまで詳細に書いてあった。
人間をなんとも思っていないことも、残虐性が高いことも、オルディアの父親だから淫魔だってことも分かってたけど……読むだけで全身がピリピリするくらいの怒りが湧いてきて、つい指を握りしめてた。
ティーカーは青い目を悲しそうに伏せている。
『オルディア、これ読んだことあるのかな。親父がこんな実験してたとか、衝撃強すぎるんだけど』
「読んでないと思うよ。オルディアは村のみんなを失った時に、前魔王と多分決別してるんだ。
本当の父親だってわかってても、日記にだって興味もなかったはず。そうじゃなきゃ、こんなの読んだら……残さず燃やしてるよ……っ」
私だったら浄化の光に放り込んでる。
今だって大事な資料じゃなかったら、そうしてやりたい気分だけど……前魔王に捕まった女性の記述を指で追った。
「でもさ、ティーカー、これ……捕まってた女性の中に、レムスのお母さんがいた可能性はないかな。
人間界に遊びに来た神は、前魔王の方が強いから捕まって、無理やりされてたんだ。
だから前魔王の子供であるレムスを妊娠して、人間界に逃げ出してから産み落とした……そうなったらレムスのお母さんは被害者で、『魔王の恋人』とは別人なんじゃない?」
『あ、そっか。被害にあった神は行方をくらましてるけど、黒い神は黒い神で前魔王のそばにずっといたから、フルルを恨んでるってことか!』
「そういうことっ。
神官様がレムスを拾ったのも、元勇者パーティの一員だってことを聖神として知ってたから、わざと託したのかもしれないよ。
よし、別人説を信じて追おう!」
情報から希望を得られた私たちは、再び日記に戻った。
没頭して、どんどん年代を遡っていく。
新しい情報がないか、目を皿のようにして探してたけど……またしばらくして小さな手が、私の袖を引いた。
『なあ、フルル。それっぽい人いたんだけど、クラレイアがレムスのお母さんかもしれない』
「えっ、すごいよティーカー、もう見つけたの?!」
『レムスが生まれた時期が、ちょうどクラレイアが放り出されたあとなんだ。
特徴もちょっとだけ書かれてたけど、レムスと同じ黒髪だったみたいだし……生きてこの時期に出られた人、クラレイアだけみたいなんだ』
クラレイア。長い黒髪を云々……は燃やしたくなる内容だったけど、日記には『壊れずに一番長持ちしたけど、だから飽きた』とも書かれている。
確かに魔王城から外に出された日付が、レムスの誕生日の半年前だった。
他の女性たちはティーカーの言う通り死亡したことも書かれていて、レムスの誕生日よりずっと後にしか、再び女性が出られた記録はなかった。
……この人がやっぱり、レムスの……オルディアの、お母さんなんだ。
神だけど捕まって、実験に付き合わされてたんだ。
二人で言葉も失って、……それでも黒い神に関しての記述はまだ出てこないから、続きを調べるためにお互いの日記に戻った。
今から三年、四年、五年、六年……日記を少しずつ前に遡っていく。
かなりの時間をかけて八年前にたどり着いたけど、村を滅ぼした理由は、やっぱり勇者がいることを知ったからだって書かれていた。
読み続けるうちに情報をもたらした相手の名前も、ついに出てきて……何度ページをめくり続けたって頭に入ってこない内容を、なんとか理解しなくちゃって言葉にしてた。
「クラレイアから得た情報で、勇者は消えた。
引き換えにまた愛してほしいと言っていたが、飽きた玩具は飽きたままだ。無理だと伝えた」
『えっ、クラレイア、生きてたのにまた魔王に捕まったのか?!』
ティーカーも私の肩に飛び上がった。
一緒に日記を読んでるけど、もう一つ、もっと重大な記述があったから示したら息を呑んで……それでも声に出した。
『クラレイアに飽きた。
捨てようと思ったが、……息子の住む村には、勇者がいると言い出した』
ティーカーは呆然と、同じ文字を何度も追っている。
『え? 息子の住む村って……クラレイアはレムスの居場所、分かってたのに……村がどうなるかわかってて、伝えたんじゃ、ないよな……?』
私だって何も言えなくなって、力が抜けるまま本棚にもたれかかっていた。
息子がいる村だってわかってても、クラレイアは私たちの住む村の情報を伝えたんだ。
自分を捨てようとする魔王にわざわざ勇者の情報を渡したってことは、書かれているように『捨てられないため』『愛されたいため』ってことだ。
「実験されてたはずなのに、クラレイアは前魔王を、本気で愛してたんだよ……」
勇者が子供だってことも全部、日記には書かれている。
村にいるレムスだって同い年だったから、間違えて殺されていたかもしれないのに……情報を引き換えに、前魔王からの愛情をねだったんだ。
他の神の情報は出てこない。
それらしい人物の記載もない。
あの黒い神がレムスの母親だって説を打ち消したくて、他の神の情報がないか必死になって探した。
九年前、十年前、十一年前……どんどん日記を遡る私の前には、やがて新たな記述が現れた。
今から十二年前の日付だった。
ティーカーにも見せたら、声に出して読んでくれた。
『クラレイアが戻ってきた。
昔と変わらない姿で、また愛してほしいと言い出したのが面白いから、飼うことにした』
広い床の上に日記を引き出して、時系列に追えるように該当するページを開いて並べた。
今更整理したって、もう事実は変わらなかった。
クラレイアは前魔王に監禁されて、関係を持ったことでレムスを産んだ。
飽きて放り出されたけど、前魔王のことが忘れられなくて、時を経てからまた魔王城へ戻った。
今度も数年で飽きられたから、愛情の見返りに将来の敵となる勇者の情報を渡した。
息子もその村にいるって分かりながら……前魔王の寵愛を得るために、私の居場所を話したんだ。
最後は、情報だけ得た前魔王に放り出されて……クラレイアの名前はこれ以上、日記に出てこなかった。
「オルディアが魔王に就任した後、前魔王は魔界と人間界を繋ぐ扉の番人をしてた。
神殿の中に住んでた形跡があったから……もしかしたら、日記の続きがあるかも知れない」
完全に確かめたいから、そこまで追わなきゃいけない。
けど……最悪の事態ばかりが出てくるから、日記を並べたら集中力が一度切れたこともあって、疲れた気分で座りこんじゃった。
『少し休めよ、フルル。弱化の呪いもあって辛いだろ? 今無理したって、どうにもならないぞ』
「うん……ありがとう、ティーカー。
そうだね、少し休憩しようか……」
私のそばに小さな剣士が来て、肩の上で寄り添ってくれる。
胸がチクチク痛むから、押さえて目を閉じた。
「クラレイアは……オルディアの本当のお母さんは、やっぱり、あの黒い神なのかな」
また愛して欲しいと何度でも願ってそばにいた、前魔王を殺された。
勇者に愛する男性を奪われて、恨んでる女性神がいるのは、ここまでの日記を読んでて事実になった。
「何もかも捨ててまで愛した相手を……前魔王を倒して、代わりに幸せになろうとしてる勇者がわかったら……呪いたくも、なっちゃうのかな……」
オルディアを産んだお母さんこそが、私を呪った相手だってこと以外考えられなくて……私もティーカーも何も言えないまま、静かな書斎の中で寄り添いあってた。




