不純の呪い
「フルル!」
オルディアが倒れる体を引き寄せてくれたけど、痛みが楽になる代わりに欲求が胸を焼く。
呪いのある場所を苦しんで押さえてるから、オルディアが服をちぎってでも確かめてた。
私も、呪いが胸へ真っ黒に滲み出て……毒蜘蛛みたいに肌の中を蠢いてるのを見た。
『不純の呪い』……!?
だんだん周囲にも根を張る神の文字が、皮膚の内側に食い込んでいく。
傷口の奥に小型の魔物が潜り込んでくるみたいな、不快な痛みが続いてる。
「あ、ぐ……」
「触るぞ」
オルディアが声をかけながら触れてくれたけど、状態を調べるために魔力を帯びた指が当てられるのを、敏感になった肌が追ってる。
胸の文字をなぞる指に体が反応して、そうすると侵食が止まったのが見えた。
「止まった……? フルル、この『不純の呪い』は何が起きている。
死の呪いよりも先にフルルを食い切ろうとしてるのは、なぜか分かるか」
私にも分からないけど、息が上がる。
湧き上がる欲求を耐えようとすると、胸の奥にまた文字が伸びる。
試しに欲求に流されてやろうとすると、頭がぼうっとして痛みが薄れる。
なるほど……心清くいることすら許さないなんて、聖剣の勇者にとって一番致命的な呪いは『不純の呪い』かもしれない。
オルディアに体を預けると、見上げた先にいる婚約者に笑った。
「体がずっと、オルディアを欲しがってるんだ……」
驚いて見開かれてるオルディアの瞳には、小麦色の三つ編みおさげで、焦茶の瞳の給仕が、情けなく笑ってた。
「欲を耐えようとすると、呪いのせいで苦しくなるみたい。
睡眠耐性も、気絶耐性も持ってるから、落としてももらえないし……オルディア、ごめん、部屋で寝かせておいて……今日はもう呪いで動けない、みたい……」
そばにいる婚約者相手に体が疼くのを、長く耐えられない。
耐えようとすると心臓に指がかかって、少しずつ締め付けられてる感触が続く。
顕になった胸に描かれてる文字が皮膚の内側へ、さらに侵食を始める。
「厄介だけど、効果的だよね……聖剣の勇者じゃなくなるように、魔道に落とそうとしてる、のかな……っん!?」
顔をオルディアに押さえて上げられたと思ったら、唇を塞がれてた。
……舌を絡められるのが、心地いい。
キスで体が甘く疼いてくる代わりに、どんどん胸の痛みは楽になっていく。
精気まで吸われると、体の熱が一気に高まった。
でも文字の動きは落ち着いて、静まってくる。
オルディアが唇の中を柔らかな舌で擦ってくれる刺激にだけ集中して……痛みがなくなったことにも、ようやく気付いた。
「文字が元の場所以外薄れていく……なるほど、仕組みは理解した。
ティーカー、悪いが今日はここまでだ。フルルを連れて帰る」
『いいよ、なんとかなりそうで良かった。
俺だけでも資料探ししてる。聖剣のある範囲なら読めるし、呪いも聖剣には効かないみたいだ。
フルルが起きる頃には部屋に戻ってるから、心配しなくていいぞ』
「食事もしたし、本なんて読んだら余計に眠くなるんじゃないのか」
『俺もそう思ってたけど、魔王の日記が意外に面白いんだよなー。
三代前とか、魔貴族にすげえ文句書いててさ。続きが気になってる。終わったら寝るかもだけどな、読ませて』
「じゃあ置いて帰る。何かあったら呼んでくれ」
聖剣が腰から外されて、日記の続きが近そうな場所に置かれた。
ティーカーが手を振って、見送ってくれる。
先に離脱するのが申し訳ないけど、気付いたら魔王の部屋で、ベッドに寝かされてた。
「胸の文字も、元に戻ったな」
覆い被さったオルディアが、破られたお仕着せから出てる胸に手を置いて……触りながら文字を見てる。
「不純か……ただ愛し合っているだけなのにな」
唇が肌に付いて驚いたけど、胸の合間が軽く吸い上げられて赤い痕がついた。
刺激に体を震わせてたら、魔王が文字に指を滑らせてくる。
「『不純の呪い』が動いたのなら、今度から我慢せずに襲ってくれば良い、フルル。歓迎する」
「……やだ……呪いでなんて、誘いたく、ないよ……」
「誘えば良い。愛した女性と過ごせるのは、僕にとっても至福の時間だ。
フルルから誘ってくれるのなら、僕は喜んで抱かせてもらう。
……悪いが、僕は少し安心したんだ。
不純の呪いなどと言い出すから、体を重ねるのは僕以外しか駄目なのかと思っていた」
意味がわからなくてキスしてきたオルディアを見上げると、深緑の瞳が少しだけ、悲しげに細められていた。
「『不純な行為』の定義の話だ。
……愛した相手と体を重ねることは、勇者であっても不純ではないはずだろう?」
オルディアとの行為が、不純なんて……想いを伝え合う前ならまだしも、今は思っていない。
好きだから相手を欲しくなったり、体を重ねたくなるのは、生物としての本能で……今も唇を吸って愛し合ってるのは、純粋な行為のはず……確かに不純じゃないのに、おかしい。
「それとも本命はティーカーで、僕の方が不純な相手か」
「違う!」
男女の友情を誤解されないのは難しい。
でもオルディアとティーカーだって大切な幼馴染同士なのに、親友同士なのに、少しでも疑われるのが嫌だった。
傷ついた顔すらさせたくなくて、自分からオルディアに腕を回して、引き寄せた唇を必死に吸ってた。
「オルディアが、好き。ティーカーは大切な、大っっ切な大親友だけど、男の人としては、オルディアだけが好きっ。
こうやってしたくなるのは、オルディアだけなんだよ。
なのになんで、今更そんなことっんん」
口の中を舌で掻き回されても、オルディアとなら気持ちいい。
この人を好きになったんだって、強引な、でも大切にしてくれる魔王を見つめてる。
ティーカーとはお互いにそんな気もないのに、って膨れたら、魔王が深緑の瞳を緩めて頭を撫でてきた。
「悪かった、わざと言わせたんだ。
……こうしてフルルが否定してくれるのが嬉しいから、聞きたかった」
「何それ、意地悪」
「フルルがこうして僕を好きだと言ってくれる機会も、なかなかないからな」
魔王に、意地悪されてる。
淫魔らしい綺麗な顔が嬉しそうに笑って、頬と耳に唇をちゅ、ちゅ、って当ててきた。
「そんなに僕のことが好きか……男の人として、ちゃんと見ているんだな」
耳元で囁かれた声に、思わず真っ赤になっちゃった。
「快楽に身を任せるのは、悪いことじゃない。
すべて神が与えた体に起こる変化だから、素直に受け入れればいい」
囁かれると、目が眩む。
……好きな気持ちでお互いに唇を重ねたり、体を重ねるのは勇者としても許されてる。
愛し合う気持ちは自然な行為で、神も認めている。
オルディアとは魔王討伐の旅が終わってからも何度だって体を重ねてきたけど、聖剣はそれでも取り上げられたりしない。
相手が魔王であってもお互いに愛し合ってるんだって、熱い手のひらに身を任せながら感じてた。
「だから……僕との快楽になら溺れていいんだ、勇者フルル。
いつも通り愛し合っていれば、呪いにも打ち勝てる」
淫魔と人間の、愛し合ってても不純な関係。
今も唇を重ねてもらって、囁かれながら行為に至ることが呪いを抑えてるのが、何よりの証拠だった。
「魔王に手をつけられる勇者が、可愛らしい顔で快楽に震える。
そんな姿を見せるのも……僕のことを愛しているからだろう?」
我慢して苦しむ必要はないことを、言葉を尽くして教えてくれる。
そんなオルディアに、呪いじゃないのに胸が甘く疼いて、泣きながら頷いてた。
「不純の呪いなんて、二人で乗り越えて行こう、フルル。
これは半淫魔の魔王なんて相手を選んだ勇者フルルだからこその、特権だ……そうだろう?」
優しいオルディアの腕の中に抱かれて、安心しながら体を重ねて……眠りにつくまで何度も何度も、呪いが鎮まるまで愛してもらった。
蕩けるような夜に溺れる間に、日が変わって刻印が一つ消えても……不安なんて感じないくらい、そばにある温もりと……新しく刻まれる赤い印に、甘えた声を上げた。




