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落ちこぼれ勇者は史上最強と名高い魔王討伐を目指す〜なお、魔王の囁きには魅了効果があります〜  作者: 丹羽坂飛鳥
黒い神編

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魂を壊す手

「フルル!」


『っ』


 響いた声と共に、胸に触れていた手が抜けた気がした。

 鎖が弾ける、音がする。

 剣が振り下ろされた風切音が、近くにあった。


「フルル、しっかりしろ、フルルっ!」


 地面に向かって落ちる体を、抱き止められてる。

 魔法の炸裂する音が弾け始めて、ずっと遠くまで続いてく。


「オルディア、俺が前に出る! そっちは任せた!」


 硬い腕に抱き寄せられて、誰かの胸に顔を埋めてる。

 オルディアが、近くにいる?

 ティーカーの声も、する……?

 剣がぶつかり合う音を聞いている間、体に清らかな力が降りかかって……麻痺した身体中を満たしてた痛みや苦しみが、再び引き出されてくる。ぶり返した痛みに必死で呼吸して、叫んでる。


「フルル、フルル! 目を開けろ、まだ冒険は終わっていない……依頼も受けっぱなしで何一つとして完結してないだろう、先輩冒険者!」


 全身が、痛い。痛いよ。

 息が、苦しい。


 でも……指が、少し動いたのが自分でもわかった。

 少しずつ、痛みも緩和されていく。

 目がようやく見えるようになって……銀の髪に、深緑の瞳の綺麗な顔立ちが……私よりずっと痛くて苦しそうなオルディアが、体を抱き止めてくれてるって気づいた。


「フルル、僕が分かるか!?」


「……オル、ディア……?」


 頬や背中に触れたオルディアから、温かい力がずっと流れ込んでくる。

 ギュッと抱きしめてくれる腕の中で、少しずつ体が楽になって……深く息も出来るようになってきた。


 剣戟の音が、止んでいる。

 前で戦うことをオルディアに伝えたティーカーが、私たちを守るように、青く光る剣を構えている姿が見える。

 黒くて丸い玉が、聖剣みたいな青の光に照らされてたけど……瞬きの間に消えて、さっきまで感じてた気配も無くなった。


「っくそ、逃げられたな……」


「深追いしない方が良い、ティーカー。

 相手は神だ、一人で太刀打ちできる相手じゃない」


 ティーカーが冷静な魔王の声に頷いて、腰に剣を納める。

 オルディアの腕の中で回復されながら見ていると、戻ってくる幼馴染は、想像よりも大きかった。


「え……等身大の、ティーカー……?」


「そうだぞ、フルル。ここは神界だからな。

 魂の姿なのに、ここでも小さいままなわけないって」


 本物、なんだ。

 金髪に、青の瞳の幼馴染。

 今は十九歳って言われても分かるくらい大きくなったティーカーは、冒険者装備を着込んだ姿で、私の隣に膝をついた。


 オルディアを改めて見上げたけど、辛そうに顔を顰めてる。

 でも顔が近づいて……気づいたら、唇を奪われていた。


「んっ」


 キスされると、ドキドキする。

 真っ直ぐ見つめてくるオルディアから、目が離せない。


「今は僕だけを見ていろ」


 優しい声音の命令に胸が浮つくのが恥ずかしいけど、またキスされて、生きてる気がして……安心する。

 そばで私たちを見たティーカーが、笑ってる。


「大丈夫か、フルル。プラントスネーク倒したあと、急に倒れてさ。

 オルディアが『魂抜かれてる』って言い出したと思ったら、神からも『急いで神界へ』ってお告げがあったんだ。

 あの黒いのに、危うく魂、壊されるところだったってことだよな……?」


「うん……突然、襲ってきたんだ。

 助けに来てくれてありがとう、二人とも……おかげで生きてるよ」


 胸に手を突っ込まれて、呪いを全身に幾重にも行き渡らされた。

 今もまだ動けないけど、顔を上げると、回復を続けてくれるオルディアがいる。


「オルディアも、ありがとう。

 えへへ、突然いなくなっちゃったのに……助けに来てもらえるなんて、思ってもなかったよ」


「駆け付けないわけがないだろう。

 ……もう砕ける寸前だったんだ……間に合ってよかった……」


 神相手なのに、私の仲間たちは、臆することなく戦ってくれたんだ。

 幼馴染二人が神界にまで助けに来てくれたのが嬉しくて、「今は休め」って言ってくれるオルディアの回復に身を委ねた。


 ――ティーカーが周囲の警戒にあたってくれてるけど、黒い神は再び現れない。

 そのうち回復が進むと、体も自由に動くようになってきた。


「痕は残っているが、これ以上は回復魔法をかけても変化がないな。

 呪いの気配……相手は魔神の類か……?」


 正体不明の黒い神。

 体には刻まれたままの紋様が残ってはいるけど、オルディアの言う通り正常な状態に戻った気がする。


「私も回復し切った感じ。

 ありがとう、オルディア。ちょっと動いてみるよ」


 足に力を入れたけど、立ち上がれるようにもなっていた。

 実際に体を動かしてみたけど、今は少し動きづらいだけ……な気がした。


「どこか痛む場所はないか」


「大丈夫。おかげで痛くもないし、元気になったよ。

 えへへ、攫われちゃってごめんね。心配かけちゃった」


 オルディアが腕の中に抱きしめてくるから驚いたけど、……ティーカーの目の前だから恥ずかしいってわかってても、私も抱き返してた。


 暖かくて、安心する。

 ……ああ、私、オルディアに会いたかったんだ、って……嬉しい気持ちで胸の中がいっぱいになってた。


 ちょっと見上げたら、深緑の瞳と目が合った。

 魔王の綺麗な顔が近づいたのを見て、私も瞼を閉じた。


「ん……」


 唇が、重なってる。

 小麦色の髪に、細い指が触れた。

 もう離さないって伝えるみたいに、頭まで支えられながら、何度も口を吸われてる。


 ダンジョンから帰った恋人たちが口づけしてるのを見たことあるけど、こういう気持ちなんだ……。

 柔らかい唇に愛されながら、私もオルディアが求めてくれるのを幸せに感じていた。


「次はもう攫わせたりしない。

 ……フルルの魂は、生涯、僕と共にあるんだ。

 神であっても、渡しはしない」


 魂すら魅了された気分で眉目秀麗な婚約者に見入ってたけど、照れくさそうにしたオルディアの指の鳴る音で正気に戻った。

 慌ててそばにいるティーカーにも目を向けたけど、そっぽを向いて見ないふりをしている幼馴染は終わったことに気付くと、私と握り拳を合わせた。


「元気みたいで安心した」


「ちょっと。嫌味?」


「んなわけないだろ、本音だって。

 ……んー、でも身体中の黒い紋様は残ったままか。

 なんだこれ。遺跡とかでたまに刻まれてる、神の言葉に見えるな」


「欠けていて僕にも読めないが、祭事でも使う言葉だ。

 こんなものをフルルに使って、一体何をしていたんだ、あの神は……」


「触られてる間は『体中に呪いを吹き込まれてる』って感じてた、かな。

 魂も砕かれかけたし……これってもしかしなくても……神に恨まれてる、ってことだよね」


 神と人は、ほとんど関わらない。

 私は聖剣を授かった神とは近しいけど、他の神とは顔合わせ程度だ。

 魔神など魔属性の神だとしたって、ここまで深く呪いたくなるほど恨まれる覚えがない。

 ……少しだけ、引っかかることはあるけど……憶測程度だ。


 オルディアも、考えてる。

 ティーカーは肩をすくめて、私を示した。


「とにかくもう帰った方が良いな。空気も悪いし、ここは魂自体によくない気がする。

 回復したてのフルルのためにも、考えるのはあとにしようぜ。元の場所まで送る。

 オルディアの魂も、早く肉体に戻さなきゃな」


「え、あれっ、神界まで空間移動してきたんじゃないの?!」


「おうよ。神界の扉は常に閉じてるから、オルディアが大魔法で穴開けようとしてたけど、俺が止めた。

 聖剣とフルルは繋がってるんだ。だから魂の場所に向かうためにも、俺が聖剣使って引っ張った方が早かった」


 聖剣の守護者が得意げに笑って、腰に手を当てて胸を張った。


「リアネはしっかり者だったから、守護者として独り立ちできるくらいには色々教わってる。

 俺もただ八年、聖剣の中でぼーっとしてたわけじゃないって、改めて分かっただろ?」


 ティーカーは、さっきも敵を近づけずにいてくれた。

 知らない間に遂げられてた幼馴染の成長っぷりに感動して拍手すると、オルディアと同じくらいの背丈のティーカーが、私に近づいた。

 反対に、まるで渡さないみたいにオルディアにギュッと抱きしめられて、腕の中から動けなくなる。


「いいか、フルルと一緒になるよう頼むぞ、ティーカー。

 ……僕はもう、片時もフルルを離したくないんだ」


「分かった、分かった。……ほんっと昔からフルル大好きだよな、レムス。

 安心しろよ、絶対大丈夫だからさ」


 私を抱き込んで離さない親友がいるから、笑ってる。

 二人一緒に返すの大変だと思うけど……離れたくない気持ちが伝わってくるから、私もオルディアと手を繋いだ。


「じゃ、帰ろうぜ」


 ティーカーがぽんぽん、って肩を叩いた。

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