レイクロッグの思い出
お昼ご飯に行きたいお店を探すため、二人を連れて市場に向かった。
冒険中に食べられるような手軽な食事も露天で売ってあるんだけど……八年経っても同じ場所に同じ店があったから、つい声に出てた。
「あっ! あのお店……っ」
市場の端で、隣に石段がある。
看板に『パンにチーズを挟んだサンドイッチ』が大きく描かれているお店に駆け寄った。
冒険者証を見せて、一番安くて量のある『冒険者パン』を頼んだけど……目の前では細長いパンに、たっぷりの野菜と細切れのお肉が挟まれる。
上からそぼろ状の卵とチーズもかけられて、大きな紙でぐるぐる巻きになったら完成だ。
出来上がったものを大事に受け取って、同じお店に来たオルディアと、肩に乗ってるティーカーに見せた。
「懐かしい。初めてレイクロッグに辿り着いた日、この『冒険者パン』を食べたんだ」
一番安くて、でも一番いろいろ入ってて、お腹が満たされそうだった。
今はお昼だけど、あの時は茜色に暮れる空を眺めながら、お店の隣の石段でご飯を座って食べてたのを今も鮮明に覚えている。
「冒険者だけが買えるサンドイッチなんだよ。乾燥して硬いパンだから、必死に噛んで食べたの覚えてるんだ。
……そうだ、花壇も……近くにあるはず……」
街並みは変わってなかったから、思い出の花壇もあった。
オルディアが私の視線の先を追って、ティーカーも肩の上であぐらをかきながらじっと見つめてた。
「……? 随分懐かしそうにしているが、あの花壇に座ったのか」
「ううん。冒険者の登録をするように神からお告げがあったけど、依頼は夜からじゃ受けられないし、お金も泊まれるところもなくてウロウロしてたんだ。
結果、あの花壇の隙間に二人で入って、ティーカーと……偽物だけど。寄り添って眠ったんだ」
見に行ったけど植木も茂っていて、大人になった私じゃもう入れない。
オルディアとティーカーも観に来たけど、狭い花壇の隙間と私を見比べてる。
「なぜ花壇に? 冒険者ギルドには酒場もあったから、夜でも開いていただろう」
「ギルドはお酒を飲んだ冒険者が多いから、荒れちゃってるんだよね。子供だけだと騒がれちゃって、長くはいられなくてさ。
だから静かな街を歩いてたんだ。……けど、落ち着いて休めるところもあんまりなくて。
花壇の合間なら背もたれもできるね、お花も綺麗だし、なんて座って寝たんだけど、ここでもたまに大人がお酒と、美味しそうな食事を持って夜市で騒ぐから起きちゃうんだ」
暗い路地裏は、ネズミ型の魔物が出るから眠るのは危ない。
家の裏は暖かな家族の声がするのが辛くて、すぐに離れた。
一度買い物をした場所だから、人が常に少しだけいるから、市場の花壇の間を選んだ。
「通り過ぎていく大人が、少しだけ羨ましくて……いつかもっと大人になったら、お腹いっぱいご飯を食べられる日が来るかなってティーカーに言いながら、お腹が空いたままでも眠ったんだ。
ここまで歩いてきて疲れてたし、冒険者パンで少しでもお腹が満たされたのも良かったのかな。
朝になったら初級の依頼を二人で受けて、報酬で朝ごはんもようやく手に入れた。
えへへ、偽物との思い出だから、イマイチかもだけど。
当時の私にはそれが精一杯だったんだ。懐かしいな……」
生き残ったティーカーを守らなきゃ、みんなのためにも魔王を早く倒さなきゃって、何をするにも必死だった。
今はあのティーカーが偽物だって分かって、魔王討伐の旅を終えたなんて、驚いちゃうけど……手元には懐かしの『冒険者パン』がある。
「相変わらずお金はないけど。
これこそが、思い出のパンなんだ」
子供だから調理風景はよく見えなくて、紙で巻かれてるサンドイッチを開けて初めて、美味しそうだって感動して……夢中で食べたことも、何もかも。
今も変わらない街の風景と、手にしたパンの重みで思い出せる。
私がつい思い出に浸っちゃうと、オルディアが自分の冒険者登録証をカバンから取り出した。
「僕も頼んでこようかな。登録証があれば良いんだろう?」
『えっ、いいなオルディア、俺も食べたいっ』
「じゃあ共有資金から出すから、二人とも使い方教えるよー……ってあれ、どうしたのオルディア?」
「これは僕の個人資産で出したいんだ。
僕の人形なんだから、ティーカーの分も僕が奢る。
行くぞ、ティーカー」
『さすが魔王様、太っ腹だぜ!』
「あはは、じゃあお願いっ。その方が思い出に残るもんね」
賑やかな幼馴染二人が注文に行ったから、私も後を追って歩きながら、なんとなく市場の景色を見てた。
……レイクロッグは平和な街だったから、すぐに出発しちゃったんだよね。
子供の私が覚えてるのは市場のほんの一部なんだって、白い壁の街並みを眺めてた。
「ねえ待って、待ってよぉ、お兄ちゃぁん」
泣きべそかきながら、小さな女の子がお兄ちゃんを追いかける声が聞こえる。
つい広場を歩く足が止まって、走り去る兄妹が市街に向かうのを眺めていた。
冒険者パンの思い出。
すっごくいい思い出なんだけど、……あれが偽物のティーカーだったって思うと、ほんの少しだけ苦くなるんだ。
兄妹が去ったのを見送ると、私も改めてお店に向かったけど……着いた頃には魔王がいろいろ頼んだらしく、カウンターに積まれ始めた食事を手渡してきた。
「えっ、なにこれ、すごい量!?」
両手を差し出すよう指示されたけど、腕の上にも乗せられていく。
お店の人が二人がかりでどんどん作って、私の腕に、カウンターに、さらに積まれていく。
「すげえよな、オルディア。全種類って頼んでたぜ」
「全種類!? 看板に描かれてるだけでも相当あるよ!?」
「新しい仲間との、新しい旅立ちだろう。僕なりに食事も楽しみにしていたんだ。
フルルとティーカーなら食べ切れると思うし……そうか、店舗ごと買い占めた方が良かったか?」
『ちなみにチップがこの塔だぜ。綺麗な色してるよな』
金貨だ。
しかも数枚積んでるとか魔王様、流石です。贅沢の極みです。
どんどん増えていくサンドイッチを前にして唖然としてると、市場で購入した食事を食べられる机と椅子をオルディアが示した。
「ほら、ティーカーと二人で席を取ってきてくれ。
僕はもう少し買い出しに行ってくる」
「ええっ、もう十分だよこれだけあれば……っむぐ」
両手が空いてないのに、オルディアに出来立てのサンドイッチを口に突っ込まれた。
「僕が知っているフルルなら、まだまだ食べる。遠慮せずに受け取ってくれ。
……幼い頃は、一緒に旅に出られなかったんだ。
なら大人になった今、旅に出るなら大人なりの思い出にしよう」
口が空いてないから何も言えずにいると、笑ったオルディアが次のお店へ向かった。
ティーカーにも出来上がった物を少しだけ運んでもらったから、椅子に座って咥えてたサンドイッチを食べる。
すると、ティーカーが私の肩に座って寄り添ってきた。
「どうしたのティーカー、お腹すいちゃった?
食べかけだけど半分あげようか、これすっごく美味しいよ」
『腹減ったからねだりにきたわけじゃないって。
……俺、知ってるからさ。フルルのレイクロッグの旅立ち。ちょっと話したくて』
あ、そっか。
聖剣の守護者としてずっとそばにいるから知ってるんだって、恥ずかしくなっちゃう。
ティーカーが小さく溜息を吐いて、冒険者パンを指差した。
『初級の報酬で、フルルは冒険者パンを三つ買うんだ』
……初級依頼の報酬じゃ、三つ買うのが精一杯だったな。
『で、偽物の俺に二個あげる。
フルルは一個しか持ってないのに「もう一個はカバンの中にあるよ」って嘘ついて、二個持ってるふりをした』
私たちは二人とも大食らいだった。
ティーカーは傷ついたまま立ち直れていなくて、少しでもお腹を満たせば元気が出てくると思ってた。
……まともなものは、村が燃えてから一度も食べられなかった。
だから明るかったティーカーが、美味しいご飯をたくさん食べれば少しでも笑顔になってくれると思ってた。
『食べてちょっとでも元気出そうよティーカー、ってフルルが言ってくれた。
なのに偽物の俺は『お告げがないなら早く次の街に行こう、レムスの仇を取ろう』って言うんだ。
どの口がって悔しくなったのも……それでもフルルが「のんびりしちゃってごめんね」って受け止めて旅立ったのも、俺、全部見てた』
食べ歩きながら、街を出た。
神からは『街道沿いを進みなさい』って、新しいお告げがあった。
ティーカーに伝えたら「次の町までに少しでも強くならなきゃ」って走り出すから……必死について行った。
聖剣の中で本物のティーカーが見てたなら……偽物に騙されたままの私を見て、辛かったはず。
あの時の気持ちを分け合うみたいに、肩の上にいる幼馴染に手を触れて、寄り添ってた。
『でもさ。フルルは偽物にじゃなくて、本物の俺に『元気出して』って言ってるんだ』
「それは……だって、本物だと思ってたからね」
『だから、ちゃんと元気出たんだよな』
小さな手が、私の髪に触れた。
慰めるような手に、私もティーカーの温もりだけ感じて、目を閉じてた。
「俺はもう動けないし、声もかけられない。食べ物だって食べられない。
でもフルルは自分だって辛いはずなのに「元気だそうよティーカー」って、偽物でも俺に必死に声をかけて、俺のために出来ることをやろうとした。
自分だって大食らいなのに、腹減ってるくせに、俺に一個多く差し出した。
……こんないい友達を俺が支えてやるんだ、聖剣の中からでもいい、俺がまたフルルを支えるんだって……俺にとっても、冒険者パンは良い思い出になってる』
腰につけてた聖剣に、ティーカーが宿っていてくれて良かった。
何度だってそう思いながら……なだめるような小さな手を感じてた。
「偽物の俺は、冷たい奴だったけど。
フルルの言葉も行動も、ちゃんと本物の俺には伝わってたし、俺は覚えてる』
……ティーカーが戻ってきてくれたからこそ、知ることができた思いに、救われてる気がした。
村が襲われた日から、本当に、ずっとそばにいたんだね。
なのに、どんな思いで私と一緒に過ごしてきたのか、言わないまま、誰にも知らさないまま、ティーカーは消えちゃうところだったんだ。
新しい未来への転生じゃなくて『傷ついた幼馴染のそばにいてやろう』ってしてくれた。
もう少し支えるために戻ってきてくれた大切な幼馴染に、込み上げてくるものが溢れて止まらなかった。
『ほら、いい話なんだから、泣くなよフルル。
泣かれると、どうしていいか分からないんだ」
大切な友達がそばにいる幸せに、言葉も出ないまま頷いてる。
一緒に村を出ようって約束したティーカーは、ちゃんと一緒に冒険していた。
今も隣で笑って、不器用でも慰めてくれる。
全部偽物だったわけじゃなくて、本物のティーカーが、ずっとそばで支えてくれてたんだ。
そんな事実が嬉しくて、肩の上にある小さな体をギュッと抱き寄せてた。
「今度はオルディアとも、新しい思い出作ろうぜ。
あいつだけ冒険者パンの思い出ないのも、寂しいと思うからさ。
……って、もう俺は新しいのが出来そうだけど」
目の前に、空間移動で次々に料理が増えていく。
ティーカーは食べなくても良いけど、食べたら体内の魔力に変換されるように作ってあるらしい。
――ドサドサドサドサッ。
だから昔通りの大食らいしてくれる私たちに、オルディアも張り切ってるのかもしれない。
机の上に料理が山のように積み上がっていくのを見て、思わずティーカーと二人で笑っちゃった。
「すごいよ、ティーカー。
大食いの依頼くらいだよね、こんなに自由に食べられちゃうの」
『へへっ。フルルが何に弱いか、レムスは知ってるからなぁ』
「何?」
『美味しいご飯と、たっくさんの料理。あったら幸せになって笑うんだ。
ほら、また増えた』
山が高くなっていくから「こんなの笑っちゃうよ」って吹き出してたら、背中から急に抱きしめられた。
肩に乗ってたティーカーも、大きな手に一緒に掴まれてる。
振り返ったら銀の髪の魔王が膨れて、むっと唇を尖らせてた。
「……二人だけで思い出話なんて、ずるい。
僕も聞きたいから、何を話していたのか教えてほしい」
拗ねて抱きしめてくるけど、ちょうどオルディアのことを話してたところだから頷く。
銀の髪に深緑の瞳になった幼馴染に、空いた席を示した。
「もちろんだよ、ね、座って座って? 一緒に食べようよ、オルディア。
この冒険者パンの話をしてたでしょ?
実はティーカーも、聖剣から見てたらしくてさ……」
思い出話をしながら、山積みになった料理を楽しく食べた。
オルディアが思い出を聞いて、ティーカーを「羨ましい」って指でくすぐってるから、ティーカーが「飯食えねえ」って笑ってた。
――机の上でティーカーが笑い転がされてて、必死に抱いたままのサンドイッチを守ってる。
私も新しく齧ったサンドイッチが美味しかったから、二人に切り分けて差し出した。
同じものを共有して、これも美味しいってオルディアが言ってくれて、ティーカーも夢中になって食べてるから笑い合ってた。
たったそれだけのことなのに楽しくて、最高の気分だった。
……ねえ、小さい頃の私。見てよ。
大きくなったら、頑張って魔王城まで辿り着けたら、こんなに幸せなんだよ。
一緒に冒険者パンを食べてくれる、レムスが、魔王オルディアがいる。
体よりも大きなパンに齧り付いてる、ティーカーがいる。
私も山盛りのご飯を食べながら……新しい勇者パーティの旅立ちは盛大に笑いながら、始まっちゃうなんてさ。
必死に走ってた頃の私は思ってなかったと思うけど……頑張った先にはちゃんと、魔王討伐だけで終わらない人生が待ってるよ。
明るい日差しの下で、新しい仲間と一緒に笑って、美味しいご飯を囲んでる。たくさん食べてる。
かぶりついた自分よりも大きいサンドイッチに目をキラキラさせてるティーカーと、美味しそうだからわざと奪って反対側に噛み付いちゃってる私と、見守って穏やかに笑ってる魔王。
三人で一緒にいられるだけで、新しい思い出なんていっぱいになってた。




