冒険者ギルドの掲示板
街の人が冒険者ギルドに出した依頼は、壁に設置された巨大な掲示板に追加される。
初めて見るオルディアは、貼り出された文字を興味深そうに追っている。
「初級依頼の薬草摘みは分かるが、犬の散歩まで冒険者に仕事がくるのか……。
ん? フルルは特級で選び放題だろうに、古そうなものばかりを見ているな」
紙でいっぱいの掲示板は、上から新しいものが貼られる。
私がわざわざめくって古くなった依頼ばかり見てるから、オルディアに首を傾げられた。
でも、実はこの行動にも意味がある。
「下の方は料金が安かったり、魔物が強すぎて放置されたりしてるけど、誰かがお願いしたくて貼らせてもらってる物が多いんだ。
例えば『お父さんの様子が最近おかしい』って子供が書いた依頼を受けたら、密かに活動してる魔族が見つかった。
勇者や聖騎士に来られても困るから、魔族は表立っては動かない……つまり小さな異変こそが魔族探しには重要なんだ。
だから私はなるべく、誰も受けないやつを受けるようにしてるよ」
子供のいたずらみたいに書かれた文字だって、冒険者にお願いしたくて書いて、わざわざギルドに依頼料まで払って掲示されたものだ。必ず意味はある。
熱意がこもってるかどうかは文字の丁寧さからわかったりするから、真剣な依頼でも放置されてる物は、私が出来るだけ受けるようにしてきた。
聖剣の中から見て知るティーカーも、青い目で遠くを眺めている。
『フルルは安いの受け過ぎて、宿にも食費にも困ってる極貧勇者だったからなぁ』
「うっ。でもこの辺りだと美味しい雑草があるから、食事には困らないよ?
北の方は雪で全部消えちゃってたから、雪だけ食べて生活してたあの時が一番辛かったけど……せっかく依頼を受けるなら、私は誰かが喜んでくれる方がいいって思ってるんだ」
装備が必要な時は大きく稼げる討伐依頼に行くけど、次の街までの旅費が必要なだけなら、困った人を助けることこそ優先したい。
これは私の望みなんだから、雑草が勇者の食事になってもいいんだって、誇らしく掲示板を見続けて……。
ぐー。
「ご飯の話してたから、お腹空いてきちゃった……。そろそろお昼だよね?」
走ってきたこともあって、正直に訴えてくるお腹を撫でてた。
少食なオルディアも、実は食べなくても良いティーカーもお腹が鳴らないのに、私だけ主張が激しいから恥ずかしい。
昔から大食らいなのを知ってるから、二人とも何も言わないけどニヤニヤしてるのを指でつついた。
「依頼を決めたら食事にしよう? 移動する間に食べられる食事を楽しむのも、旅の醍醐味だよね。
実は依頼にもさ。たまに『料理の試食してほしい』とか『たくさん食べるのが見たい』ってあるんだ。冒険者にとっては大事な生命線になってる」
『たくさん食べるのを見ることに興奮する依頼主がたまにいるんだよなぁ。
冒険者が飛びつく人気依頼だから、すぐになくなるけどな』
「僕も二人がたくさん食べてくれるのを見たいから、同じか。
……そうだ、フルル、ティーカー。夜は僕も執務室へ報告を受けに帰るから、一緒に戻って食事をしよう。
宿を取る必要がなければ、そのまま僕の部屋に泊まれば宿代も浮く。
朝食後は同じ街に戻すから、どうだ」
空間移動出来るからこその提案に、掲示板の前で微笑むオルディアを見上げた。
「フルルがレミンと約束したことも聞いた。
……僕一人で寂しく食事はさせないはずだ」
真っ直ぐお誘いしてくれるオルディアと目が合うと、胸がきゅっと締め付けられる感じがして、恥ずかしくなってうつむいちゃってた。
オルディアのお仕事がない日は、一緒に冒険出来る。
だけど公務で忙しい時は不参加だから、その時はティーカーと二人で世界中を巡る予定にしてる。
参加出来る日はオルディアの魔力で繋がるティーカーに連絡が来て、一緒に冒険するけど……こうやって一緒出来る日の方が貴重なんだって、改めて考えてた。
今日はせっかく一緒してるんだから、甘えたっていいよね。
意を決して隣に立つ魔王を見上げたけど、目が合うと照れ臭くてはにかんじゃった。
「えへへ、じゃあ……夜間の依頼もなさそうだし、泊めてもらおうかなっ」
返事を聞いたオルディアの、深緑の瞳が嬉しそうに緩められる。
たったそれだけなのに変に顔が熱くなって、慌てて掲示板に向き合ってた。
ドキドキ言ってる胸の鼓動と一緒に、肩の上にいるティーカーが、うーんとうなってるのが聞こえる。
『聖剣の中で見てたけど、フルルは飲まず食わずも根性でゴリ押しして進むからなぁ。
たまにフルル一人だったら本当に魔王城に辿り着けるのか、疑問に思う時があったんだよな』
「くぅっ。さっきからなんなのティーカー、仕方ないでしょっ!?
早く先に進もうって、偽物のティーカーがずっと急かしてくるんだもんっ。
毎日続くと習慣づいちゃって、ハシリトカゲみたいにずっと走ってるのが普通になっちゃったんだもんっ」
「そうだぞティーカー、フルル一人なら問題ない。自分で仲間を集めて、僕の元へも真っ当に辿り着いたはずだ。
偽物たちだったから苦労させられて、資金も足りなかっただけだ」
『……まあ、あいつら使い込み凄かったからな……。特にミエット。
ん? でもオルディア。
フルルが普通の仲間といたなら、もう別の恋人がいた可能性もあったんじゃねえの?
偽物たちはフルルに興味がないから、そんな雰囲気なかったけどさ。男女の仲になる冒険者って結構多いぜ?』
確かに。旅の間に恋人ができる人、多いんだよね。
ティーカーのおじさんとおばさんも冒険中に恋仲になったって言ってたし……私ももしかしたら仲間に恋する可能性、あったのかな。
でもそれ以上考える間もなく、オルディアが私の手を握った。
肩が跳ねちゃったけど、しっかり繋いだ幼馴染の綺麗な眉間には、皺が寄っていた。
「その時はその時だ、……僕はそばにいられなかったから仕方ない。
でも僕はフルルが誰と来ようが、必ず奪い取るつもりだった」
え。
実際に初めて魔王と戦ったときを思い出したけど、奪ってきた相手は私をまっすぐに見ている。
「僕が遠慮する相手はティーカーしかいない。
でもティーカーはもういないと思っていたから、誰にも負けるつもりはなかった。
スライムの王がティーカーのふりをしてそばにいたのを知った時には衝撃を受けたが……だからこそ、フルルのことは僕が必ず幸せにすると、そう決めていた」
魅了されてないのに、だんだん恥ずかしそうになっていくオルディアを見つめてばかりになっちゃう。
初めてオルディアの部屋に空間移動で飛ばされた後、魔王に組みつかれて囁かれたのを思い出しちゃった。
『種族差があっても僕のように、人型を取る者もいる。
勇者が女性なら、魔族の子も宿るはずだ。……確かめさせてもらう』
偽物のティーカーはスライムの王で、人型になった魔族だった。
確かめるって言われたけど、偽物と『そういうこと』してないのを確かめられた。
……初めて会った時からオルディアに色んなことされたのを思い出して、顔が熱くなってくる。
そうだよね、奪うためにも自分の子供を宿してやろうって思ってたのかな。最初、すっごく激しかった……。
……ってだめだめ、ここは冒険者ギルドの中なんだよ、依頼探しに集中! 集中っ!!
慌てて頭を振って想像を払うと、同じく色々思い出していそうなオルディアも手を離してくれたから、頬の熱を両手で冷ました。
改めて掲示板に向かい合ったけど……何かに気づいたオルディアが、私たちから離れていく。
気になって見てると、綺麗な指が伸びて依頼を一枚取った。真新しい紙だ。
『あれ? 魔物の群れの討伐なんてあったのか』
「さっき話しているうちに、職員が貼りに来たんだ。
……この時期のプラントスネークの群れなら、一般の冒険者が倒すのは大変だろうな。
被害が出ないうちに対処した方が良いと思うが、フルル、どうだ」
私にも見せてくれたけど、貼られたてのプラントスネークの討伐依頼は中級以上の仕事だし、確かに今は難しい時期だって気づいた。
改めて読んでも、文句なんてない。
「冒険者が苦戦して上級以上にも上がりそうな依頼だし、私たちで今のうちに討伐しておくのも良いね。
じゃあオルディアの加入後初依頼は、自分で取ったこれにしようか」
『賛成ーっ』
こうして、勇者フルルの新しい旅は、討伐依頼から始まることになった。
相手は、プラントスネーク。中級冒険者なら簡単に倒せる魔物だ。
……この、なんの変哲もない依頼で。
『ある人』と出会うことになるなんて、私たちはまだ知る由もなかった。




