まさかの遭遇
あれから、八年。
私とティーカーは仲間を集めて、密かに、でも順調に冒険を続けていた。
強大だと思っていた魔王は、さらに強大な力を持っていた魔族の王子オルディアに代替わりを迎えた。
前魔王は四将の一人になって、魔界に続く扉の門番に降格されていた。
魔王軍は、そのぶん強大になっている。
けれど私は、前魔王を死闘の末に打ち倒した。核も砕ききった。
「勇者、が、生き残っていた、など……嗚呼、殺しておけ、と、言った、のに……」
幼い私たちを狙って魔族を動かした、憎い相手は灰になって消えた。
……お父さんの、お母さんの、レムスの、村のみんなの仇は取ったんだ。
魔王の間を開く鍵も、宝箱から手に入れた。
私たちは魔王城にも乗り込んで……今は一番立派な部屋の、扉の前にいた。
装備は全員、最強装備。
私は勇者の兜に鎧、その他一式全て神に授かったものを着込んでいる。
神に鍛え直してもらった青く光る聖剣を腰につけて、気合い十分だった。
仲間もみんな、前のめりだった。
……気持ちの話じゃなくて、息を荒げながら、真っ青な顔で自分の武器や壁に寄りかかっていた。
世界最高の切れ味を誇る魔剣を持って、魔法の青鎧を着るティーカーが、はあはあ言いながら剣を杖にしていた。
「ついに来たと思ったら、緊張してきたな……武者震いで、腹が痛いぜ……」
「情けないこと言わないでよ、ティーカー。
……あれ、ミエットも。意識遠のいてそうだけど、どうしたの?」
白い僧侶服に全身を包んだミエットも顔を真っ白にして、杖を支えにガクガク震えている。
「フルル、その、あの、お花摘みに行っても、いいかしら」
紫色の忍者装備のウチカゲなんて、壁にもたれかかりながらお腹をギュルギュル言わせてた。
「拙者も腹具合が悪い……先ほど食べた何かに、当たった気がするでござる……」
勇者パーティーは、いつの間にか壊滅していた。
幼馴染の剣士ティーカーが、僧侶のミエットが、忍ばない忍者のウチカゲが、みんなお腹を庇ったりさすったりしていた。
「え。もしかして私以外全員、お腹壊してる……の?
さっきまで、なんともなかったよね?!」
「毒耐性持ちのフルル以外、みんな、なんて……お昼に食べた、きのこ、かしら……っごめんなさい、もう無理、一旦離脱させてっ」
魔王城二階の窓から慌てて飛び降りていくくらい、みんな切羽詰まっていたらしい。
仲間たちはあっという間に離脱して、勇者は一人で廊下に取り残された。
……どうしよう、私も後を追いかけようかな。
少しばかり悩んだけれど、魔王城の魔族はほぼ全滅させたから、周囲には誰の気配もなかった。
待っていればみんな戻ってくるだろうし……今はおとなしく、私も気配を消して待つことにした。
『気配遮断』。
ウチカゲの『身隠しの術』の上位技を使えば、私は視覚ですら気取られることがなくなる。
人間にも、魔族にも私はもう認識出来ないから、魔王との戦いの前に兜を外して、腰まで伸びた小麦色のおさげを二つ編み直した。
勇者として長年戦ってきたことで、私は多くのスキルを身につけてきた。
前魔王と戦う時にも不意打ちに使ったスキルで慎重に待たなくてはならないくらい、現魔王は強力だと知っていた。
魔王の子として育ち、代替わりを迎えた魔族の王オルディア。
身長はアーチ状に誘引された蔓薔薇と同じくらい高く、短い銀の髪に深緑の瞳で瀟洒な出で立ち。
そうそう、情報で聞いたのは今目の前を通っていく、何も知らなそうな貴族のお坊ちゃんくらいの感じ……って、眺めてたら。
振り返った男と、目が合った。
「……仲間はどうした?」
独り言。きっと独り言。
流石に一人で、廊下で魔王っぽい強者と鉢合わせなんて状況に跳ねそうな鼓動を抑えたけれど、私の気配遮断スキルは前魔王すら騙せた。
見え見えの私にも気づかず背後に回られて、初撃を深くまで受けた前魔王を考えれば、新魔王だからといって見破られるはずがない自信があった。
「勇者フルル。剣士のティーカーと、僧侶のミエット、忍者のウチカゲはどうした」
いない仲間が的確なんだけど、これ見えてるっぽいかなぁ!?
魔王が近づいてきた。
流石に離脱しなきゃって、急いで脱出呪文を唱える。
魔王城の外にいる仲間も引っ張れるから、状況が不味くても「魔王に会った」って言えば許してくれるはずだって、すぐに唱えきった。
でも。
発動するはずの魔法が、打ち消された。
咄嗟に剣を抜いたけれど、魔王軍の誰もを切り伏せてきた聖剣が、目の前の男には簡単に掴まれた。
「仲間はどうした、と聞いているのに。……そんなに僕が怖いか」
新魔王オルディアは確かに前魔王よりも強大だって、刺さりもしない聖剣を目にしていた。
神の試練で磨き直したはずの聖剣が、より強く掴まれる。
砕けた。
最強装備なんてものに頼るなってお父さんに言われた通り、体術でもいいから打ち倒してやろうと拳を顔面に打ち込んだ。
その腕が、簡単に捻りあげられた。
背中に回られて、外そうともがいても簡単にいなされて、あっという間に締め上げられて身動き出来なくなった。
「っ……」
「勇者フルル」
耳元で囁かれた涼やかな声に、力が抜ける。
魔王オルディアが状態異常を付与してくるなんて情報は、どこにもなかったのに……淫魔と戦った時みたいに足が勝手に震えて、頭も心もふわふわする。
意識を保つために舌を噛もうとして、……口の中に入ってきた指が、いとも簡単に舌を摘んだのに気づいた。
なら代わりに指を噛み切ってやろうと顎に力を入れるのに……魔王の指に、力いっぱいの歯は刺さりもしなかった。
「少し話をするか」
「っ、しないっ、魔王と話なんか何もない……っえ!?」
転移魔法が使われたんだって、背中が柔らかなベッドについたので気づいた。
咄嗟に体を返そうとしても「勇者フルル」と名前を囁かれただけで、全身の筋肉が弱る。
「僕にはあるんだ。大事な話が。
……魔族から報告を受けるたび、勇者が辿り着いたら必ず確かめると決めていた」
前魔王の攻撃にも耐えた鎧が、オルディアに掴まれるだけで、簡単に弾け飛ぶ。
神から授かった装備が無力化されるのを見る間にも、下に着ていた帷子も全部取られて裸にされた。
装備はおさげを纏めるリボンくらいになったのに、頭がふわふわして、抵抗する指に力が入らなくて、魔王の胸の上を滑る。
「っ、離してっ……えっ、ま、待って、何してるの!?」
魔王が、自分の腰にある装備を緩めてる。
ズボンや下着をくつろげる音まで聞こえてきた。
「勇者に尋ねておく。……魔族が人を襲う際に、食うことがあるのは知っているな」
のしかかる魔王が耳元に囁く声で、体が熱く変化していく。
闘争心で燃えているわけじゃないって、淫魔戦よりずっと強い支配に動けなくなっていく。
「種族差があっても僕のように、人型を取る者もいる。
勇者が女性なら、魔族の子も宿るはずだ。……確かめさせてもらう」
待って。
待ってよ、まさか。
まさかだよね!?
少しでも我に返ったうちに、急いで状態異常回復の魔法を唱えた。
効果がなくたって、何度だって唱えた。
けれど魔王の部屋にいるせいか掻き消されて、魔法が発動すらしない。
「フルル」
「っ……!」
代わりに私は囁かれるたびに目が眩んで、魅了状態の体から力が抜ける。
魔王の下でもがいて時間稼ぎしか出来ないのに、肌を撫でられるたびに変な感覚が、ゾクゾクが全身に走っていく。
「変態魔王っ、私は勇者、っ前魔王も倒してきた勇者なんだってっ!
なのに……っはぁ、どこの世界に、勇者とねんごろになりたがる魔王がいる、の……っだめ、触らないで……っ」
「勇者とはいえ、過去に魔族と出奔した者はいるはずだ。おかしなことはない」
嘘でしょ!?
あ、でも勇者装備もらった時に神が言ってた気がする。
「……っっ」
思い出しているうちにも、魔王が見つめてくる。
顔が近づいたから必死に逸らしたら、耳たぶを舐められた。
鼓膜の向こうで、濡れた音がぴちゃぴちゃ続いてる。
体に舌が触れるなんて、普通は気持ち悪いはずなのに……囁き声で魅了されてるせいか、舌先でなぞられるのが変にくすぐったくて、目の前が滲む。
柔らかい舌が耳の骨を刺激するたび、体がびくつく。
組みつかれた体が脱力して、いくら動いても抜けないのを知って、魅了がかかっていても必死に叫んだ。
「はっ、早く戻ってティーカーっ! 腹痛とか言ってる場合じゃないってぇっ……!」
ピンチの時には、一番親しい幼馴染を呼びたくもなる。
勇者の代わりに戦うほど勇敢だったティーカーはレムスの死後は慎重派に変わったけど、それでも旅の合間、何度も私を助けてくれた。
けれど。
私に覆い被さったままの、銀の髪に深緑の瞳の、淫魔くらい顔の良い魔王が微笑む。
状態異常で動かせなくなってる体を、魔王が膝の裏に手を入れて、開かせてきた。
脱力してる私じゃ抜け出せないから、必死に金髪に青の瞳の幼馴染のことばかり叫んで暴れた。
「助けてよティーカーっ、こういう時に来ちゃうのが、私よりも勇者らしいティーカーだったでしょっ!?
なのに……っティーカー、ティーカー、助けに来てよっ、ティーカー……っ!」
「残念だが、ここは異空間にある。
僕以外に出入りできないし……そのティーカーは、助けにも来ないだろうな」
身体が密着する。
突き抜ける痛みに、もう手遅れなことくらいわかった。
「……処女?」
当然だ。
私は世界を平和にしてほしいって願ったお母さんのためにも、みんなのためにも、必死で戦ってきたんだ。
最後に、お母さんは私たち三人に平和を願った。
私を残すために戦ってくれたレムスは、もういない。
目の前で魔族に食べられたんだって、生き残ったティーカーが教えてくれた。
私たち幼馴染は、二人になった。
赤に染まった腕輪を泣きながら埋葬して、絶対に魔族を倒して世界を平和にするって誓ったんだ。
「魔族のせいで失った幼馴染のためにもっ、両親のためにもっ、私は魔王オルディアを倒すんだっ」
痛みのおかげで正気になれたから、覆い被さる魔王を押し除けようと必死になった。
ティーカーはお腹を壊して今は不在だけど、一緒にここまで戦ってきた。
レムスを目の前で失って、心に傷を負って苦しんで……それでも魔王を倒したい一心で、旅に出てくれたんだ。
「なのにこんなところで負けて、食われてたまるかぁあっ」
必死にもがく。
体術は世界最強の格闘家に免許皆伝までもらったはずなのに、組みつきから抜け出せない。
暴れてるのに、抱きしめてくる魔王が魔法を唱えた。
「ヒール」
回復された。
……理由なんて、すぐに分かった。
「そうか、僕が初めての相手か……もうティーカーに手をつけられたのかと思っていた。
幼馴染で、ずっとそばにいたからな……確かめるだけにするつもりだったが……ふふっ、そうか、処女か……」
声を吹き込まれる耳が、熱い。
囁かれるたびに、目が眩んで……魅了のせいで、今してることしか考えられなくなる。
息が上がる。
唇が重なって……気づいたらキスされてた。
噛み付くこともできずに、唇を吸われながら見つめあってる。
銀の髪の魔王が深緑の瞳を和らげて、また唇を重ねた。
「フルル……勇者フルル。ようやく僕のところまで来たな」
耳元で囁かれるたびに、魅了のせいで何も考えられなくなる。
脱力してシーツの上に置かれたままの指を、魔王に押さえられた。
両手が、ベッドの上で握られる。
流麗な顔立ちの魔族の王が、勇者を組み敷きながら嬉しそうに深緑の瞳を細めた。
魔王オルディアに、食べられてる。
食事を楽しむ魔王に、負けたくないのに……部屋に短い声をずっと響かせてた。
より激しくなった身動きで、魔王も終わりに近づいてるって、本能でわかる。
恐怖で少しだけ正気も戻ったけど、同じ言葉を繰り返してた。
「っレムス、レムス……っ力を貸して、っ、レムス……っ」
囁きの魅了状態に抵抗するためにも、神官見習いだった勇敢な幼馴染を呼んでた。
必死にベッドの上で押さえつけられてる体を捩って、亡くした大事な幼馴染の名前を口にするのに……魔族の王が一層嬉しそうに微笑んでる。
「そのまま呼び続けろ、勇者フルル……っ」
魔王にかけられた魅了は、深くなって解けないまま。
……結局、抜け出すことはできなかった。
今は息も絶え絶えで、私を食べた相手を見つめていた。
悔しいけれど押しのけるだけの力も戻っていなくて、唇を重ねてくる魔王を噛んでも防御力が高すぎるのか、噛みちぎることもできなかった。
「フルル……はぁ……」
満足そうにする魔王からの魅了が、まだ解けない。
魔族の食事は長いって聞いたのも、耳を舐められながら思い出した。
「勇者を助けにくるまで、どれだけかかるか……試してみるのも一興か……」
囁きに何も考えられなくなって、また目が霞む。
唇の中を、熱い舌で楽しまれて……このまま体を食いちぎられるよりマシだって、思うしかなかった。
命さえあれば、戦える。
最後まで諦めないのが、勇者なんだ。
魔王オルディアが私を弄ぶのなら、疲れ切って寝込んだところを襲ってやればいい。
……魔王城に踏み込んだ昼はやがて朝になって、また昼になった。
汗だくになって、小麦色のおさげも解かれて、終わりがないくらい相手させられて……ベッドに顔を埋めて、全身に響く心地よさに泣き叫ぶ勇者は、悟った。
……あれ。もしかしてこれ、終わらないんじゃないかな……?
異空間には訪問者もないから、誰も止めてくれない。
旅の合間に神から授かった気絶耐性を持っているから、気をやることも出来ない。
魔王オルディアの体力は底なしで、受け止める私の体力も、残念ながら底なしだった。




