囁きに引き出される想い
この後はまた私のお腹が鳴ったから、オルディアと食事をして、仕事に戻るのを見送った。
私も今日は魔王城内の図書室を見せてもらって、魔族に関して勉強した。
人間界に降りている魔族を倒すために、再び旅立つ日までにやることなんてたくさんある。
『ぐー……ぐー……』
ティーカーは本の上で寝てた。
小さい頃から文字を読むのがあんまり好きじゃなかったから、途中から本に寝そべりながら眠そうにしてるのは見えてた。
でも次に振り返ったら仰向けになって栞みたいになってたから、気持ちよさそうに寝てるのを見ながら「やっぱり本物のティーカーだ」って、改めて笑っちゃった。
夜になったら魔王の部屋に移動して、順次お風呂に入った。
ベッドや椅子に座りながら三人で旅立ちの日を決めたけど、やっぱりレムスとティーカーと一緒に村から出たいから、魔王のお仕事の都合に合わせることにした。
寝巻き姿で椅子に掛けるレムスも頷いてくれて、魔王城で旅立ちの準備をしたら故郷まで空間移動で連れて行ってもらえることになった。
『あー……ところでお前ら、今日も同じベッドで寝るの?』
話が落ち着いてきたら、あぐらで浮いてるティーカーが気まずそうに頬を掻いて言うから魔王を見つめた。
前に別の部屋をお願いしたら、監視のため同室にしてるって言われたはず。だとしたら、もう用は済んでるよね。
私とティーカーがオルディアを見つめたら、銀の髪が縦に揺れた。
「そうだな……もしフルルが別室が良いなら、用意させる。部屋自体は余っているからな」
魔王のお部屋で暮らすのも、もうおしまいなんだ。
そう思うと……なんとなく放り出されちゃうのが寂しくて、私の方こそ魔王の部屋に置いてほしくなって、ベッドから立ち上がって腕を掴んでた。
「旅立ちまであとちょっとだし、わざわざ用意してもらうのも悪いからいいよ。
魔王のベッド広いし。今更別の部屋に慣れるのも面倒そうだから、ここに置いてよ」
「……ティーカーもフルルも、僕とは別の部屋の方が良いんじゃないのか」
なんかティーカー慌ててるけど、寂しそうに表情を曇らせてるのは、オルディアも私も同じだ。
「一緒がいいの。放り出されても、魔王城の外に飛び込んで戻ってくるからね」
『あー、まだそっちの魔法も解かれてなかったな。
……えーっと、レムス。ちょこーっと男同士で話があってな』
「安心しろ、理解してる」
『んー……まあ、明日にでもフルルから聖剣もらって、二人で話そう。な』
「ねえちょっと。男同士でなんの内緒話するつもりなの? 私も混ぜてよ」
『一緒が無理だから二人で話すんだろー?
フルルが立ちションにもついてきて焦ったの思い出すよなあ、レムス』
「待ってそれ何歳の時の話してるの!?」
恥ずかしくて膨れちゃったけど予定も決まったし、みんな昨日から寝てないから「そろそろ寝ようか」ってベッドに乗った。
ティーカーも空中で背伸びをして、あくびしてる。
『ふあぁ、俺も眠くなってきた。これって聖剣の中に帰りゃいいのか?』
「ティーカーの体は、作るのにかなり魔力を消費するんだ。出来れば毎日は作りたくないな」
「じゃあティーカー、今日はそのままベッドに寝たら? ハンカチのお布団用意してあげるね」
『十九の男なのに、体が小さいから人形遊びされてるみたいだな。
まあいいか、たまには。三人で雑魚寝も懐かしいよな』
「フルルのおじさんの訓練で疲れて、一緒に寝かせてもらったのを思い出すな」
幼馴染同士の楽しい会話に、全然動いてこなかった表情筋が痛くなっちゃう。
ティーカーが枕の上に陣取ったから、ハンカチをかけてあげた。人間がそのまま小さくなった感じだから、確かに精巧なお人形で遊んでるみたい。
心地いい気分でお布団の中に入って、おやすみーって暗い室内で声をかけあった。
こんなに幸せな日が来るんだ、って嬉しくなりながら目を閉じた。
……目を閉じて、しばらく経った。
徹夜してるからそのうち眠れると思ってたけど、楽しいから目が冴えてるみたいで、なかなか寝付けない。
お布団をかぶり直しながら横向きになったけど、銀色の髪に銀色の長いまつ毛の魔王を見てた。
オルディアと並んで寝てるの、珍しいかも。
いつも夜になったら、体を重ねてた。
黒の前開きパジャマの魔王に「経験値稼ぎだ」って襲いかかったのもなんとなく思い出しちゃって、慌てて仰向けに姿勢を直した。
目が冴えてるから変なこと考えちゃうんだって呼吸を整えて瞼を閉じてると……隣の魔王が起き上がった。
ベッドが軋んで、私の周りがちょっと沈む。
目を開けると、上にオルディアが覆い被さっていた。
「……ティーカー。切実な話をしていいか」
『ん? どうした、何かあったか』
「フルルをどちらがお嫁さんにするか、ティーカーと何度も争ったのは、僕も覚えている」
え。
唐突な言葉に真っ赤になってティーカーを見ても、ハンカチのお布団をかぶる男も真っ赤になってる。
私の上にいるオルディアも赤くなってるけど、……少々様子がおかしい。
ベッドシーツを握りしめて、苦しそうに顔を顰めてる。
少しずつ息が荒くなってきて、自分の目を覆う片手に力がこもってる。
「僕は魔族だが、半分、淫魔の血が入っているんだ」
やっぱり!?
顔も良いし、囁き声に魅了効果あるし、少食だし、って考えてる私の前で、オルディアが苦しそうにしてる。
ティーカーももう起き上がってるけど、浮かび上がってオルディアの肩を叩いてた。
『それで、俺に話があるって何だ。どうした』
「昨日から今日にかけて、大魔法をいくつか使ったから……体内の魔力量が少なくなった」
『おう』
「今は夜になって、目の前にフルルがいる。
このベッドの上でもう何度も食べたのに、近くにいるから、なのか……」
そこまで言われたら、察した二人で息を呑んだ。
月明かりを跳ね返す銀の髪が溜息で揺れて、深緑の瞳が色っぽく細められてる。
黒の前開きパジャマを着てるオルディアの肌は上気してて、顔の良い男が眉根を寄せて歯噛みした。
「フルルを食べたい衝動と、欲求を……抑えきれそうにないんだ……」
淫魔の食事は、体を交えた相手の精気だ。
今日のオルディアは魔族が灰にならないための神聖力の塔を建ててスライムの王と戦い、聖剣の中にいた守護者ティーカーの体を作った。
史上最強の魔王として魔力が大量にあったオルディアでも回復時間は取れなかったし、魔族は魔力が多いほど強い……今日は意思や体が弱るほど魔力を使いすぎたんだ。
「……昨日まで、毎晩のように抱いていたんだ……ここで、フルルを……」
……指がベッドの上で重ねられたから、ゾクゾクしてた。
まだ囁かれてもないのに涼やかな声に体が熱くなってきて、求めてくるオルディアに鼓動が跳ねてる。
『一応、聞いておくな。食わないとどうなる?』
「連鎖的に、破壊衝動があって……山の一つや二つ削ったくらいじゃ、どうにもならない……目の前を全部壊して回ろうか、その方が気分も晴れるか、悩んでる……」
だめだ、魔王オルディアが暴れたら世界が滅びそうな気がする。
「フルル……」
苦しそうに名前を呼ぶオルディアがいて、意識も朦朧としてきたっぽいのに気づいた。
限界を超えてお腹が空いてるのに、目の前には毎晩食べていたご飯がある。
なのに食い付かずにいろって言われてる状態なんだって、ティーカーを見上げた。
「もしかしてティーカー、私のことお嫁さんにしたいの本気だから、レムスも悩んでるの?」
『いや、小さい時にその話してたから、後で言おうと思ってたんだけどさ。
俺、聖剣の中で彼女出来たんだ』
思わずレムスと二人でティーカーを見たけど、本気らしく十九の男は真っ赤になってる。
『スライムの王に喰われる時に、聖剣に宿ってた守護者が俺の手を引いて、魂だけでも守ってくれてさ。
彼女は数年前に転生終わったんだけど、再会も約束してる』
私の聖剣、恋愛も出来るとか中身どうなってるの!?
すっかり彼女持ちで幸せにやってた幼馴染に唖然としたけど、思わず空いた方の手で掴んで目の前で見てた。
「えっ、待って。まさか役目終わったからティーカーも追いかけて転生しようって思ってたら、私が呼び止めちゃったってこと!?」
『そう。俺もレムスとフルルがくっつきそうなの分かってたから、帰ったところで邪魔者になると思って、戻ってくるのも渋ってたんだよ。
でもずっと泣いて呼んでる。言葉も伝わらないし、これは置いてったら心に傷が残ったままになるなーって、気になったから戻ってきた。
レムスも俺のことずっと気にしてくれてたから、今生はそばにいた方がお前らのためにもいいかなって』
ティーカーが仇を打ち果たして眠ろうとしてる時に私がティーカーを必死に呼んでたから、わざわざ戻ってきてくれたんだ。
でも彼女と離しちゃったって衝撃に震えてたら、ティーカーが笑ってた。
『そんな顔するなって。幼馴染との友情を優先したこと、後悔してないし。
レムスには明日、フルルに俺が好きだったこと明かすなよって言おうと思ってたら、もう言われたから今伝えてるだけ』
「ええええ……彼女は今もティーカーのこと待ってるんじゃないの?!
神にお祈りするよ、だから……」
『んー、説明が難しいんだけど、リアネは『待ってる』わけじゃないんだ』
「え?」
『俺は魔王討伐まで何年かかるかも、フルルが一生かけたって終わるかも分からなかったんだぞ』
駆け足で進んできたから、今になった。
けれど歴代の勇者は次世代に任せた人もいるし、お父さんも二十代で魔王を倒したって言ってた。
『守護者として育ててくれたリアネも、俺が最後までフルルを支えたい気持ちは分かってた。
転生したら記憶がなくなることもお互いに分かってて、それでも先に行かなきゃいけないリアネに約束したんだ。
どんな形でも良いからまた会おう、ってさ。
……聖剣の守護者同士、過ごしてきたからこその約束なんだ』
ティーカーは私に掴まれながらも、太陽のように明るく笑った。
『だから最悪、おばあちゃんとその孫になってても良いし、またリアネに会えるだけで嬉しいって思ってた。
でも今はこうやって喋れるし、旅してるうちに転生体と会える可能性があるのが面白いよな。
むしろ今の方が希望がある。ってことで気にするな!』
「ティーカー……」
『うん、でも俺が今、これを言うことでさ。
フルルの目の前に獣を放つことになるとは、思ってるんだ』
オルディアと繋いだ手に、少し力が入る。
改めて男性らしい指を意識して、驚いてる場合じゃないって、覆い被さってる色っぽい魔王を見上げた。
「……僕はもう、ティーカーに遠慮しなくていいのか……」
復活したばかりの親友のためにも自分を繋ぎ止めてたオルディアが、今までになく辛そうに吐息してる。
ティーカーも気まずそうに笑ってた。
『おう。遠慮しなくていいし、あとは本人同士で決めろよな。
レムス、俺やっぱり聖剣で眠ってようか? フルルといちゃついてるの、聞かれたくないだろ?』
「その体は、作るのが大変なんだ……気になるなら目を閉じて、耳を塞いでいてくれ……どうせ今までも聞こえていたはずだ……」
えー!? 聞こえてたの!?
ティーカーは真っ赤になって手の中から逃げ出したし、私も衝撃の事実に声も出ないけど、オルディアが私の頬を撫でてきた。
銀の髪の魔王が、今日は色っぽく深緑の瞳を細めて、肌も上気させて、私を見つめてる。
「僕は、フルルのことがずっと好きで……魔王妃に望んだのも、本気だった」
お風呂で隣り合って、私の肩に頭を乗せながらオルディアは告白してくれた。
結婚するか悩みながら、それでも口付けを受け入れてた。
レムスだって正体も分からないのに、心が揺れて……今だって、目の前で魔族の強い衝動を耐えてる魔王に釘付けになってた。
「……フルル……今日だけで、いいから……受け入れてもらえるか」
苦しそうな吐息が噛み締められてる。
今までのオルディアみたいに、無理やりしないのを見上げながら……幼馴染のレムスだって知られてるから嫌われたくない魔王に、自分から頭を上げた。
「ん」
唇を重ねた。
ただそれだけなのに、ドキドキして……胸の奥が甘く疼いてくる。
……私もオルディアとキス、したかったのかな。
唇が離れたら寂しくて、二回目の口付けも自分からしてた。
動かないオルディアの前で、シーツに体を預ける。
ますますぼうっとして潤んでる深緑の瞳には、小麦色の髪に焦茶の瞳の私が映ってるのが見えた。
「……しても、いいよ」
目の前で苦しんでるオルディアに、言葉にしながらネグリジェの肩紐をちょっと下げて見せる。
ベッドの上で押さえられてる指も絡ませて、自然と握ってた。
「魅了耐性がないから、いつもみたいに囁いちゃったらすぐなのに……しないの?」
我慢しきれなくなったみたいにオルディアが近づいてきて、唇を重ねた。
耳元に唇が来たから覚悟しながら手を握ってたら、色っぽい声が吹き込まれた。
「フルル……好きだ……」
オルディアの鼓膜が痺れるくらい甘い声に、ベッドに横たわる体がゾクゾク震えてる。
強い魅了効果に、目の前が眩んで動けなくなった。
それどころか……唇を奪われて、吸われて……淫魔に精気を吸われる、体が勝手に蕩ける感覚を初めて知って、息が上がった。
口づけのたびに、体が芯から燃えてくる。
唇から舌と精気を吸い出されるのと一緒に、強い欲望を引き出されて……求める表情が色っぽいオルディアとキスするだけで、頭の中が痺れるくらい気持ちよくなる。
淫魔とするのは危険だって言いながら、ボロボロになっても抜け出せなくなってた貴族の言葉を、こういうことかって思い出しちゃうくらい……私もオルディアを欲しくて、手を伸ばしてた。




