あの日の戦い
※
僕とティーカーは、二人で隠し小屋を抜け出した。
眠らせたフルルを残して、魔王軍と戦いに戻ろうって決めて、急いで木立の合間を走り出した。
暗い森の向こう側は、燃え盛る炎で赤く光っている。
魔王の軍勢が影になって、勇者を探す姿が遠くに見えた。
でもティーカーは恐れず、いつもみたいに笑っていた。
「起きたらフルルに怒られるよな、レムス。
勇者を置いてきぼりにしたーって、フルルなら絶対に怒って、殴られるかも」
「僕も一緒に怒られるから、今回はかばってあげられないね。
……いいよ、怒られようよ。二人で生き伸びれば、フルルは怒ってても『生きてて良かった』って許してくれるよ」
軽口を叩いて、ティーカーと笑いあった。
励まし合えば、僕たちは無敵な気すらした。
「勇者メ、どこダ!」
「敵襲、敵襲! こっちに子供がいるぞ! ……ギャァッ」
森の中の魔族を切り伏せながら、二人で進む。
魔族は、まだ勇者を探している。
「村に戻るぞ、レムス!」
「うんっ、行こう!」
フルルのいる小屋から魔族を離すために、僕たちは一気に村まで駆け抜けた。
村の入り口の魔族に真っ先に切り掛かったティーカーは、聖剣を手に、大声で叫んだ。
「勇者ティーカー、ここに見参っ!
魔王軍なんてなぁ、聖剣持ってりゃ怖くもねえんだよっ!」
ティーカーの声に、勇者を探していた魔族が集まってくる。
聖剣は薄青く光を放ち、ティーカーの声に集まる強大な魔族を打ち倒し続けた。
ティーカーが勇者を名乗って戦っても、その強さに、勇気の輝きに、誰も本物の勇者じゃないって気付かなかった。
「ヒール!」
ティーカーが怪我をすれば、僕が癒す。
魔王軍なんて敵じゃないって、声を掛け合いながら二人でひたすら戦った。
「聖剣の輝き……くく、探した甲斐があったな。
わざわざ人間界に降りてきたが、無駄骨にならずに済んだか……」
やがて現れたのは、巨大なスライムだった。
触れただけで消化される溶解液がいっぱいに詰まっている魔族が、家も何もかもを飲み込みながら進んでくる。
見上げるほど大きくて、炎に照らされた体は大人も丸呑みに出来るくらいの量があった。
「魔王様が予見された勇者……子供とは聞いていたが、ようやく出てきたな」
僕たちが見たこともないほど、最後に現れた敵は巨大だった。
……けれど、ティーカーは臆せず聖剣を構えた。
スライムが体をさらに膨らませて、周りにも液体を飛び散らせる。
草木を溶かす音が聞こえて、粘性のある体が波のようにうねった。
「勇者として生まれた宿命を、呪え」
言葉と共に、ティーカー目掛けてスライムが飛び掛かる。押し潰しにきたんだ。
「なに……っ!?」
でもティーカーは、強かった。
戦いの中で、さらに成長していた。
「図体が大きいだけで威張るなよ、魔族っ!」
金の髪を煌めかせて、襲い来る溶解液の塊を何度だって避けた。
今までおじさんに習ってきた剣技で、巨大なスライムだって細かく切り刻み始めた。
「まだ子供だって、勇者は勇者だ!
魔族なんかに、俺たちは絶対に負けないっ!」
「はは、威勢ばかり良いな……お前に、俺が倒せるものか!」
核のある魔族は、核自体を壊さない限り回復し続ける。
でも…… 巨大なスライムの核は、体の中心部にあった。
攻撃したくても、子供の僕たちでは溶解液の奥まで手が届かないことは、明らかだった。
「なら核に攻撃が届くまでっ、お前を小さくすればいいだけだっ!」
ティーカーは諦めずに、何度だって聖剣を振り続けた。
スライムの体を削って、本体からどんどん切り捨てていく。
周りに飛び散った液体が増えるほど、核までの距離が近付いていく。
「……そうだな、足掻け。絶望を思い知らせてやる。
最後までお前が生きていられれば、だがな!」
巨大なスライムの体がひしゃげて、棍棒のように引き絞られた。
目にも止まらぬ速度で液体が振り抜かれても、ティーカーは避けた。
返しざまに、またスライムの体を切り取った。
希望が、見える。
スライムは少しずつ、小さくなっていく。
僕も道具で魔力を回復しながら、媒介の腕輪に魔力を送り続けた。
「っ」
弾け飛んだ溶解液が体についた痛みに、ティーカーが歯を食いしばるのが見えた。
「ヒール!」
でも僕がすぐに回復するって信じてるから、ティーカーは猛然と前に進んでいく。
僕も癒しの力を、何度だって掛け続けた。
ティーカーは勇者として、襲いかかってくる液体を何度浴びても、必死に、勇敢に戦い続けたんだ。
「聖剣、もっと俺に応えろっ!
勇者のために、戦えぇっ!」
呼応するように聖剣が、神の光が、一層強くなった。
まだ小さい体のティーカーが、巨大なスライムに剣を打ち付ける。
魔族の断面を、ついに焼き切った。
一部がすぐ灰になって砕けて、スライムも醜い声をあげた。
動きを止めたスライムが、体を戻そうとして液体を集めて蠢くのに……切り離されたまま戻らない自分の体に、ようやく気づいた。
「あぁ、馬鹿な、回復が出来ない、だと……っそうか、聖剣めっ、小癪な……っ」
「お前は聖剣で切られたことがないから、知らなかったんだろ? これが勇者の力だっ!
俺たちの村に手を出したことを後悔しろ! くらえぇっ!」
ティーカーが自分よりも何倍も大きいスライムを、神の光と共に、横薙ぎに一閃した。
やった。
核にだって届いた。ヒビが入った。
真っ二つに分裂したまま元に戻れないスライムが、……そのまま体を大きく弾ませて、ティーカーを挟み込むようにのしかかった。
「ティーカー!」
ティーカーの小さな体が、スライムの体内に飲み込まれた。
弾力のある体の中で、ティーカーも必死に聖剣を振るけれど――光を発していても、斬りきれない。
すぐにヒールを掛ける。
掛け続ける。
なのに……装備が徐々に、溶けていく。
体が、……ティーカーの崩壊速度に、僕の魔法が間に合わない!
「ひひひひっ、餓鬼が、このまま食ってやる……!
魔王の将を侮った罰だ、溶ける痛みに苦しめ、苦しめぇ……!」
怒りに正気を失った魔族が、ティーカーを溶解液の中に力尽くで押し込める。
ティーカーだって、痛いはずだ。
「負けてっ、たまるかああぁっ!!」
なのにティーカーは、それでも剣を振って、近付いた核に聖剣を突き立てた。
何度も。
何度も。
動きづらくても核を壊そうと、ティーカーは必死に聖剣を振った。
神に祈っても、回復が早くなるわけじゃない。
回復が、どうしたって追いつかない。
ティーカーは痛みに、苦しみに顔を歪めていく。
それでもティーカーは、諦めなかった。
「レムス、力を貸せ! 俺を押し込めぇぇっ!」
勇気の強い輝きに引かれるように、僕も必死にスライムに駆け寄った。手を入れた。
溶解液の中で、血だらけのティーカーを掴んだ。
届けって、力の限り押し込んだ。
聖剣が僕たちの想いに応えるように、もっと強く光り輝いた。
ティーカーが、一番強い気持ちで叫んだ。
「俺たちは、二人で帰るんだ!
魔族、お前を倒して!」
最後まで諦めずに、勇者らしく。
ティーカーはフルルのところに帰るんだって、握りしめた聖剣を、核に突き立てた。
……力足りずに、割りきれない核が残った。
聖剣を握る手も、何もかもが溶けて……目の前で、崩れた。
「……っレムス、あとは頼んだ……っ」
ティーカーは、その言葉を最後に……あっという間に、僕の前からいなくなった。
魔族が核に深くヒビが入ったことで叫んで暴れて、僕は弾き飛ばされた。
血まみれになった僕一人を残して、最後まで戦い抜いたティーカーは……消えた。
「あ……あぁ……あぁああ……」
「はは……勇者も、終わり……もはやいない。
……絶望のうちに、お前も……俺の養分となれ」
魔族が、僕も飲み込もうと近づいてきた。
でも……どす黒く染まった自分の内側に湧き上がる力が、あった。
それは一気に膨れ上がって、初めて知る衝動と共に、爆発した。
――瞬く間に、体が大きく変化した。
目の前にいるスライムよりも巨大になって、憎い相手を見下ろして……生まれて初めて芽生えた感情のままに、小さな魔族を叩き潰した。
……僕だって知らなかった。
両親が僕を拾ったことだけは、教えてもらっていた。
けれど出自なんて、知らなかった。
僕は神官の両親に育てられた。
人間の子供だと、ずっと思っていた。
本当は、魔族の子供だったらしい。
「魔王様! ああ、なんと神々しきお姿……!」
「新たな魔王族が誕生したぞ!
ははっ、ひゃははっ、スライムの王が弾け飛んだ!」
騒ぐ魔族の中で、僕だけは「ティーカーを返せ」って叫んで、何度も何度も目の前にいるスライムを潰した。悪意のままに、手を打ちつけた。
怒りの絶叫が、世界中に響く。
「……」
次に目を開けた時……僕は見知らぬ城のベッドに横たわっていた。
そばにいる魔族たちは目覚めた僕を見て、口々に喜びの声をあげている。
「新たな魔王族、オルディア様!」
「領内は騒然としていますよ……あなたは魔王様の実子であられたとか!」
「子供なのに、強大な力を持つ魔王族として覚醒したのです。
やがて我らを率いる、立派な王となりましょう」
いやだ。
……いやだよ。
ねえ、ティーカー。
こんなの、全部、夢だよね。
僕たちは、今日も村で目が覚めるんだ。
フルルと一緒に「今日は何をしよう」って相談して、おじさんとみんなで鍛錬してから冒険に出かけるんだ。
でも……身綺麗にされた僕の髪は、黒じゃなくて銀色に変わっている。
目も若草色じゃなくて深緑に変わったのが、窓ガラスに映るんだ。
戦いは、本当にあったことで。
僕の信頼する仲間は、目の前で溶けて……消えてしまった。
……もう、二度と、戻ってこないんだ。
「……ティーカー……っああ、ティーカーっ、ティーカーぁあっ、うわぁああぁあっ」
勇敢だったティーカーを、僕は守れなかった。
最後まで戦い抜いた仲間を、僕は目の前で失った。
僕のせいで。
僕がもっと、強かったら。
もっと早く、……魔族にさえ、なれていたら。
悔しかった。
魔族の力に頼ろうとすることが、苦しかった。
泣き濡れながら、生まれて初めて感じる『全てを滅ぼしたくなる衝動』に頭を抱えながら、それでも……僕は歯を食いしばって、耐えた。
諦めるな。
まだ何も、終わっていないんだ。
だって……最後まで戦ったティーカーが、「レムス、あとは頼んだ」って言ってくれたから。
僕たちが守りたかったフルルは、……勇者フルルは、まだ生きているはずだから。
三人で、世界に平和を。
おばさんが託してくれた想いが、願いが、僕にはまだ、残されているから。
そばには、大きな窓がある。
窓枠の向こうには、人間界とあまり変わらない青空が、広がっている。
「……っ」
父さんに教えてもらえたように、遠い空の向こうへ、深く頭を下げた。
指を組んで、神様たちに祈りを捧げた。
ちゃんと任されたよ、ティーカー。
安心して、僕は諦めないよ。
三人に託された願いが、二人になったって……僕が二人分、頑張るから。
だから……どうか、神様の御許で。
僕たちが憧れた、聖剣の神のそばで。
勇者として、安らかに。
これが最後だと、泣きながら……憎い魔族の中で、新たな誓いを心に刻んだ。
僕は魔王としての道を、歩み始めた。
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