襲撃
夕食は魔王とご一緒した。
けれどオークのおばちゃんから聞いたことが気になって、ついサラダのプチトマトをつつきながらオルディアを見つめてた。
「……? なんだ」
「魔王の恋人は、どんな人だったの?」
食堂が、とんでもなく静かになった。
たとえ魔王城であっても、噂の種になるもんね。みんなも興味があるの分かってる。
私も聞きたかったし、首を傾げてるオルディアを見つめた。
勇者は豪胆さが売りだから黙って答えを待ってると、私に引く気がないことがわかったらしく、魔王が淡く笑ったのが見えた。
「恋人がいた覚えはないが、僕に大切な人がいたのは事実だ」
「大切な人」
「ああ。一日たりとて忘れたことはない。
……勇者フルルには、幼馴染がいると言っていただろう。
僕にも同じくらいそばにいて、大切に思っていた友がいたんだ」
大切な人を失った痛みが不意に胸を刺すから、口を閉じた。
レムスが亡くなったのを思い出すたび、埋葬した腕輪を思い出す。
泣きながら、魔王を倒すって誓った村いっぱいの墓標を思い出す。
「明るくて、何があっても前向きな、かけがえのない友だった。今でも鮮明に思い出せる。
……これ以上は話す気にはならないが……いずれ話せる日も来るだろう」
「……そっか。聞いちゃってごめんね」
辛そうなオルディアが首を横に振るのを見て、私もこれ以上の言葉は慎んだ。
魔族に勇者の祈りなんて迷惑かもしれないけど、一人の人間としてお祈りを捧げた。
……魔王であっても失った誰かがいて、スライムの王を許せないでいるんだ。
オルディアは王子から順当に王に上がったって聞いてた。
史上最強って言われてるくらいだから、挫折した経験なんてないって勝手に思ってた。
お皿を下げるレミンにお礼を伝えながらも、つい魔王のそばにいたお友達のことを考えていると、オルディアが先に食事を終えて立ち上がった。
「少し仕事を残してきたから、今日は執務室に戻る。
後で戻る時には声をかけるから、それまで城内で自由にしてくれ」
「うん。……そうだ魔王。一応聞くんだけど、別に部屋は用意してくれないの?
捕虜は普通、牢に入れたりして魔王と同室にはならないと思うんだけど」
「監視を兼ねているから、他に部屋を用意する気はないんだ。それとも牢に入りたいのか」
「……そっか。魔王よりも普通の魔族の方が安全だし、向かってくるなら経験値稼ぎも出来てお得な気がする……!」
「では嫌がらせも兼ねて、僕の部屋のままだ。残念だったな」
何を言っても部屋から出す気はないってことは、よく分かったよ。
諦めて私も椅子から立ち上がると、魔王が通りすがりにそっと顔を近づけてきた。
「入りたいなら今度連れ込んでやる。拘束した勇者と遊ぶのは、魔王の醍醐味だろうからな」
囁かれて湧き上がるゾクゾクした感覚もあって想像が追いついてしまったから、「早くお仕事に行って」って必死になって叱りつけちゃってた。
……耳が、熱い。
でもなんで私、魔王の部屋から放り出されないって分かって、ちょっとホッとしてるんだろ。
よく分からないけど、静かに私の前から離れた魔王の姿はもう、食堂のどこにもなかった。
悲しいことに、現在の勇者は寝床に戻るためには魔王に運んでもらうしかない。
だからオルディアと別れたあとは、広い中庭で鍛錬しようかな……って思いながら廊下を歩いた。
窓の外は、もう真っ暗闇。
でも神の力がこもる柱だけは薄く光っているのが気になって、歩きながらも見ていた。
「フルル、フルル、こちらだ」
……不意に、声がした。
密やかな声は、仲間の声だった。
瞬時に気配を探して、違和感のある壁にさりげなく寄る。
注視してみれば、石模様に同化している忍者のウチカゲがいた。
気配遮断で私も身を隠すと、仲間に安心していつものように接していた。
「ウチカゲ、無事でよかった。みんなは元気? 怪我はない?」
「フルルこそ壮健で何よりだ。
置いて逃げて悪かった、すぐに戻ろう。拙者が通ってきた道が、最も敵が少なく隠れやすい。ささ、ついてまいれ」
「戻れないんだ。
冒険者食いの森みたいに、城外に出ると魔王のもとへ移送される仕組みになっていて……外に出ようとしたら、すぐに魔王のところに飛ばされちゃうの」
「なんと……」
「装備も全て壊されたから、今着てる村娘の服くらいしか持ってなくて。
でも……私は生きてるし、捕虜として城内では傷つけられないように魔族たちにも伝えてくれてる。魔王は話が出来る相手なんだ」
魔王城の魔族たちが尊敬するくらいには、魔王オルディアは理性的な相手だった。
魔族に人間を食わせないように努力もしている。
私たちが追い求めた憎い魔王は、先代で終わってしまっていて……もし今代を屠れば、また新しい魔王が生まれた時に苦しい世の中になる可能性だってある。
「私はこのまま魔王城の情報収集に当たるから、少し時間が欲しいってティーカーにも伝えて。
今のように、連絡が取れるようにさえしてくれれば……」
言葉の合間にも、ウチカゲは厳しい目をして何かを考えている。
懐に手を入れたから、つい警戒心から聖剣に手がかかってしまった。
「街で『魔王のそばでは誰もが魅入られる』などという悪しき噂を聞いたでござる。
案じておったが……フルル、お主も魔に傾いてしまったのか」
私もきっと、何も知らなければ同じことを言った。
勇者にとって魔王は倒すものであって、生かすべき存在ではない。
魔王城に訪れたときも、最初から交渉の余地なんてなかった。
「救出のためにも乱戦になる準備はしてきたでござる。
敵が油断している今こそ好機!」
何か言う間もなく、間近くで轟音が響いた。
炸裂音のする手筒を隠し持っていたんだって、筒と引き縄を捨てたウチカゲの姿で気づいた。
すぐ、外が賑やかになった。
剣戟の音が響き始めたから窓から顔を出したけど、魔王城の裏口に一瞬、金の髪が光って見えた。
真白の僧侶服を着たミエットの姿もあって、光魔法が放たれたのも見えた。
「目も覚めたであろう、ティーカーとミエットも近くにいるでござる。行くぞ!」
青ざめてる場合じゃない。
ティーカーたちが戦う音がする。
あそこは調理場の勝手口が近いって、お昼に荷物を運んだばかりだから廊下がすぐに思い浮かぶ。
先ほど食事を終えたばかりで後片付けをしているから、食堂の皆がまだ働いているのに、勇者パーティが来る!
急いで廊下を駆け出した。
けど、辺りに響き渡るほどの悲鳴が聞こえてくる。
必死に逃げ出す魔族たちにウチカゲが苦無を投げたのを、振り向かなくたって聖剣で叩き落とした。
「ウチカゲ、打たないで! 皆、屋上へ逃げて! そのまま真っ直ぐ前に走ってっ!」
「フルル、魔族など全て皆殺しにするものであろう!? なぜ邪魔をするっ」
私たちの声を聞いて、ゴブリンたちが引き返そうか迷って狼狽えるのを見た。
ウチカゲから殺気が漏れているから、敵が迫ってる状況になっているんだ。
すぐさま次を打ち込んでくるウチカゲの武器を弾き返すと、忍び装束を掴んだ。
「フルル、何を……っ!?」
敵がいるのなら、一箇所にまとめた方が良い。
もう議論する間も惜しくて、ウチカゲを窓の外へ放り投げた。
私は出られないけど、ウチカゲは着地してティーカーたちと合流するはずだ。
魔王城内の間取りを思い浮かべながら走るけど、厨房に近づくほどさらに悲鳴が上がる。
「勇者だ、勇者がきたぞ!」
「敵意なんてない、中級以下はそのまま走って逃げて、上級は逃げる誰かの壁になって!」
近づくほどさらに悲鳴が上がるのを、反対へ逃げかけるのを、腰に聖剣を収めて飛び越えた。
上級魔族が咄嗟に他を私から守ろうと、壁になって立ちはだかる。
その上を高く飛んで魔族たちを躱しながら、天井を蹴り、壁を蹴って、誰もいない場所を弾くように飛び抜けた。
城内は入り組んだ構造になっているから、着地後は必死で走る。
厨房に到着した頃には、ティーカーが金の髪を乱して狼男の料理長に剣を振り抜くのを、逆に私が切り返した。
「全員逃げて、早くっ!」
震えて縮こまっているオークのおばさんが、腕に傷を負っている狼男の料理長と共に出ていくのに回復魔法をかける。
逃げ遅れた給仕のレミンや、守ろうとしたのか覆い被さってゴブローが倒れているのを見て、お願いだから生きていてって、回復魔法をいくつもかけた。
ティーカーに向けて聖剣を構えたけど、灰になりそうな魔族たちを前にして切先が震えてしまう。
「ティーカー……弱い魔族にまで、どうして手を出したの?
襲わなくてもよかったはずだよね。ここにいた魔族はみんな、逃げ惑うばかりだったはずだよね!?」
久しぶりに会った金髪の幼馴染は、でも青い目を驚きに見開いて、小さく首を横に振っている。
「フルルこそ、何言ってるんだよ……今までの俺たちは弱い魔族でも倒して、経験積んできただろ?
なのに今更魔族を庇って、俺たちと戦おうって……正気じゃないのか?」
鎧にも剣にも返り血を浴びているティーカーが、信じられないように見つめてくる。
ティーカーなら真剣に伝えれば分かってくれるはずだって、聖剣を構えたままで対峙した。
「私は何日も魔王城で暮らすうちに、見たんだ。
魔王城でも人のように魔族が生きて、日々の生活を営んでいるんだって。
向かってくる凶暴な魔族もいるけど、それ以外は良い魔族だったんだ」
上級魔族でも、自制心を持っていた。
全員悪いと思っていた魔族も、中には平和を望んで穏やかに生活してる魔族もいた。
敵の勇者であっても、温かく仲間に迎えてくれた。
小さく息を吹き返したレミンに気づいて、ミエットが神聖魔法を唱えるのをすぐに防御魔法で庇った。
ミエットが僧侶の杖を振りかざして、魔法で攻撃し続ける。
何度でも光魔法が打ち込まれるのを魔法壁で打ち消すと、ミエットはついに青ざめて私を向いた。
「どうして、フルル。プチオークもゴブリンも、私たちたくさん倒してきたよね。
なのに……魔族を庇うなんて、おかしいよ!」
「街で噂されてた『魔王のそばに行くと魅入られる』って話、本当なんだな……。
騙されてるんだよ、フルル。
魔王はいい話を演じて見せて、勇者を魔族に肩入れさせようとしてる。今までの冷静なフルルなら気づいてたはずだ」
ティーカーが、剣を下ろした。
金の髪に青の瞳の、私よりも勇者らしい幼馴染が、手を差し出している。
「魔王を倒して、魔族を全滅させて、今度こそ村に帰ろう。
もう誰も魔族に怯えなくて良い平和な世界を一緒につくろうって、俺たち二人で約束しただろ」
「ティーカー……」
「今のフルルは魔王に攫われて、一時的に混乱してるだけだ。
魔王がいいやつなら、人間界は今も魔族になんて脅かされてない。
突入して、倒せるだけの準備はしてきた。もうフルルが迷う必要はない。魔王を倒して全部終わらせよう」
忍ばない忍者のウチカゲも、外から戻ってきたのが見えた。
「拙者まで投げ飛ばすとは、酷いことを。やはり魔に魅入られてしまったのでござるよ、フルル。
戻れない魔法をかけたのは、我らと言葉を交わして正気にされては困るからでござる」
「そうよ、フルル、魔王はすぐそこよ。一緒に倒しにいきましょう」
私の前には幼馴染のティーカーが、差し出したままの手がある。
でも、……取れない。
僧侶のミエットが優しく諭してきても答えられないまま、私は共に戦ってきた人間の仲間に剣を向けて構えていた。
「う……」
灰にならずに息を吹き返してくれたゴブローが呻いたから、すぐにまた神聖魔法が降るのを魔法で弾いた。
飛び道具も、ティーカーの剣も、ゴブローの前に立って全て私が受け返していた。
「ゆ、勇者……」
「ゴブロー、動けるようになったらレミンを連れて逃げて。ここは私が相手するから、お願い」
「フルル、どうして逃すんだよ……っ魔族なんて逃したら、今度はそいつに背中を刺されるかもしれないんだぞ?
おばさんとの約束、忘れたのか?!」
お母さんが三人に託してくれた願いを、忘れた日なんてない。
最後にみんなの頬に口付けて、笑顔を見せてくれたお母さんを、忘れるものか。
『フルル、レムス、ティーカー、あなたたちこそが魔王への対抗策……みんなの希望なのよ。
生きて、平和な世界を作ってね。約束よ』
レムスを失って、それでも二人で戦ってきた。
お母さんの遺言を叶えるんだって、何があっても立ち上がってきた。
それでも、私の胸には……もう確かな思いがあるんだって、魔族を倒そうとする仲間を前にして、ようやく分かった。
「お母さんは……っお母さんは、全部倒して平和にしろなんて言ってない」
魔王城に辿り着いて、魔王と戦って、負けて。
多種多様な魔族たちと生活してみて、ようやく分かったんだ。
魔族の全てが悪いわけじゃない。
毎日平和を望んで生きている魔族もいる。
罪を犯した同族のことだって反省する魔族もいる。
弱者を守ろうと、勇気を持って立ちはだかれる魔族もいた。
良い魔王になって……世界を平和にしようとする魔王もいるんだ。
「村のみんなの仇を取ろうって、魔王を倒そうって誓った。
前魔王は倒したから、新魔王が最後だ、倒そうって魔界まで来た。
でも、もう私たちが倒すべき魔王は倒した、私たちの旅はもう、終わってたんだ!」
勇者を炙り出すために村を焼き、みんなを、レムスを奪った憎い相手は倒した。
魔王オルディアは人間に危害なんて加えてない。
魔界を平定し、『人』を教えて、賛同する者を増やしている王を相手に倒したら、きっと……今の私みたいに、勇者パーティにだって立ち向かう相手は出てくる。
「冒険で倒した相手に後悔なんてしてない。人間界に降りて、悪さをしていたのは自業自得だ。
でも、ここで働いてる彼らは、人間を守るべきだと思ってる。悪さなんてしようとも思ってない。
善良な私の仲間たちなのに、これ以上手を出さないで!」
ゴブローが動けるようになって起き上がると、すぐにウチカゲから不意打ちの攻撃が入るから弾き返した。
ティーカーの剣も切り落として、ミエットの強力な神聖魔法にも何度だって壁を張り続けた。
動けないレミンを抱えて、痛みに歯を食いしばりながらでも逃げるゴブローを後ろにして、守った。
追いかけようとするティーカー相手にだって体当たりを入れると、ついに跳ねるように下がるのにも剣を構えた。
「魔王オルディアを倒したって、また新しい魔王が生まれるだけ。……かりそめの平和しか来ないんだって、私は教えてもらえたんだ。
だから一度引こう、ティーカー。
私たちの村を襲った魔王は、もう倒した。復讐の矛先は『前魔王』であって、今の魔王じゃない!」
「本当に、……俺たちよりも、魔族を信じてるのかよ……」
一緒に冒険してきた仲間に、悲しい顔をさせたいわけじゃない。
それでも、譲れないものがある。
扉を抜けないよう背後にして守っていると……突然光が切り立つように溢れた。
厨房の光景が、月夜の下に変わった。
「ようやく捕らえた」
魔王城の内門広場だ。
堅牢な城を背景に、冷たい目をした魔王が、ティーカーたち三人を光の壁の中に閉じ込めている。
思わず聖剣を構えて、魔王に立ち向かった。
夜風の中、銀の髪を揺らした魔王が深緑の瞳を細めた。
「魔王オルディア、ティーカーたちを解放して。
私が説得する。勇者として、仲間にも魔族の話をするから」
「いいや、勇者フルル。……僕はずっと、この時を待っていたんだ」
「フルル、魔王は俺たちの敵だ! 一緒に戦ってくれ……っぁあああ!!」
ティーカーが私を呼んで……ミエットが、ウチカゲが、ティーカーが、悲鳴をあげて石床に膝をついた。
魔法で押し潰されているんだって、体をかきむしっているのでわかる。
「フルル、魔王は勇者パーティを狙って、誘き寄せていたんだ……っくそ、助けてくれ……っ」
「オルディア……っ」
「ふっ、ティーカーの顔をして情けないことを言うな、偽物」
小馬鹿にした笑い声が、神官の杖を持つ魔王から響く。
深緑の瞳に油断ならない光を宿した魔王が、近づいてくる。
「僕の知るティーカーは、勇敢だった。
ティーカーは、最後の瞬間まで……誰よりも誇り高かった」
……ティーカーの、最後の瞬間?
ティーカーは、今も生きている。
村を共に出て、私の仲間として冒険を共にした。
目の前で、今も私に呼びかけている。
それでも、魔王は淡く笑った。
「僕の前にようやく来たな、前魔王の四将の生き残り……スライムの王」
逃げ延びた……魔王オルディアの、大切な人を奪った相手。
「お前こそが僕たちの仇……村を焼き、ティーカーを食い、その姿までも奪った大罪人だ」
誰に語りかけているのかなんて、光の中にいる相手しかいない。
あの日生き残った私の幼馴染は、苦しみに声をあげていた。




