弱点探し
結局、レミンたちには魔王から「人間界には公衆浴場があって、誰とでも風呂に入る」って話をしてもらえた。
なんとかなってよかった。
紆余曲折あったけどお部屋に帰れたから、ご褒美として早速、お風呂場に二人で入った。
異空間にある魔王の部屋は、隣接するお風呂場に温泉がひいてある。
最初に入った時には驚いたけど、栓を開ければシャワーもすぐに温水が出た。
冷たい井戸水や川、湖などが冒険の最中はお風呂がわりだったから、魔王は贅沢だって最初はますます憎くなったのを思い出しながら、まずは桶にお湯を貯めた。
「よし魔王、体を洗わせて。せっかくの機会だからねっ」
素っ裸で仁王立ちした私は、裸の魔王に背中を流す宣言をした。
弱点探しに燃える勇者の前で魔王が抵抗することもなく風呂椅子に座ってくれたから、石鹸を手に泡立てる。
私は目的のために、手段を選ばない。
とにかく今は魔王を倒すために必死なんだ。そのためにお風呂をご褒美に頼んだんだから……まずは銀の髪を洗った。
頭皮などに、硬い核の感触はない。
……ない、よね?
洗いながらこっそり髪をめくり続けても、豊かな銀色の髪を育む健康な頭皮が出てくるだけで、何もなかった。
髪を洗い流したら、今度は体を洗い布で擦りながら見た。
……うーん、どこにも核はないか……。
脇の下とかの滅多に見ない場所も洗って見つめたけど、ない。
もはや恥ずかしげもなく体の前に陣取って色々触ってみたけど、硬い玉は二つ見つけた。
もしかしてこれが魔王の核かなって、全力で握りしめた。
けど、普段ならハイオークの頭蓋骨すら砕ける私の握力でもまったく潰れなかった。やっぱり防御力が高すぎる。
「他の誰かにやるなよ……」
「わっ、わかってるよ。ティーカーが昔、振り上げた聖剣に当たったらしくて、押さえて悶絶してたもん。
レムスが必死に声かけてヒールしてたし、本当は痛む場所なんでしょ?」
潰れないし痛くないから魔王もしたいようにさせてくれたけど、……正直、どこを洗っても嫌がらないし、お湯で流しても綺麗な肌が出てくるだけだった。
洗い上がった魔王を立ち上がらせて、ぐるりと一周して見せてもらったけど、正面に立つと改めて降参した。
「ねえ。魔王の核はどこにあるの?」
「ない。残念だったな」
悔しいけど本当に普通の体だったから、力が抜けて魔王の胸にもたれかかってた。
魔王の体をずっと観察してたけど、裸は闘技場などにいる格闘家と同じく、普通の男性体みたい。
胸に耳を当てると鼓動らしきものは感じるから、体内の構造も人間と同じかもしれない。
私も最初は魔王オルディアを『貴族のお坊ちゃん』って思ってたくらい、改めて見ても、人間と見た目の違いを感じなかった。
……前魔王は三段階も肉体を変形させることで、全ての傷を塞ぎながら戦ってきた。
オルディアも人間に近しく見えるけど、魔王族なら変形した姿を隠しているはず。
回復もしてくるなら、戦いは長期戦になっちゃうかな……前魔王は変形時に魔力も全回復してたから、どんどん強力になってく魔王オルディア三人分以上を相手にするって考えないといけないなんて……。
腕が背中に回って、ギュッと抱きしめられた。
魔王の鼓動を聞いてたのに私の鼓動まで混じっちゃって、また囁かれちゃうって必死になって胸に顔を埋めた。
「今度は僕が洗おうか。
それとも……触ってきたし、抱きついてきたから襲ってもいいのか」
「ちっ違うよ! 自分で洗うし襲わなくて良いからっ、ほら、お風呂に入ってて!」
慌てて指示すると、面白そうに笑った魔王は何人も入れそうな豪華な湯船に入ってくれた。
銀の髪を掻き上げて、深緑の瞳を細めてお湯を楽しんでる。……弱った様子はやっぱりないなぁ……。
ん? 待ってよ。異形になってから核が露出することも、ありえるんじゃない?
前魔王の二段階目は赤い核が見えてた。
肌を洗いながら振り返ると、私を観察中の魔王と目があった。
「聞きたいんだけどさ。オルディアも異形になれるんだよね?」
「異形?」
「前魔王は三段階変形したんだ。オルディアも魔王族なら、異形になった姿を魔族に見せたことがあるはずだよね?」
どれだけ強くても、魔族は『魔王族』として覚醒しなければ王として認められない。
つまり大きく膨らみ、別の存在に変わった姿をオルディアも見せたことがあるはずなんだ。
最強の魔王は唇を笑ませると、頷いている。
「魔族が僕を見て、前魔王を下ろしてでも早く王に据えたくなったのは事実だ。……人間の言う異形にもなれる。
しかし、それ以上は言えないな……勇者が僕を倒す気であれば、隠しておくべきだろう」
「つまり、さらに強くなれるってこと?」
「勇者には残念な話だが、そうだな」
現在の人間体ですら突破出来ないのに、魔王オルディアはどうやって倒せば良いんだろう。
防護を破る何か特別なアイテムがあるのかな。
それとも……自分でも言ってたけど、史上最強の言葉通り、倒す方法すらないってこと?
考えながらも、全部洗い切ったから湯船に浸かった。
……波を立てて隣に来た魔王に、腰を抱き寄せられていた。
しかも私の肩に頭を預けて、重みをかけてくる。
驚いて身動きが止まった私に、オルディアが静かに笑った。
「朝は不意打ちしようとしてきたな。僕をどうしても倒したいのか」
「それは……倒したいに決まってるでしょ……」
お母さんが、平和を願ったように……私は勇者として、魔王を倒さなくてはならない。
レムスの、両親の、村のみんなの無念を晴らすためにも、どれだけ強大な相手であっても負けられない。
たとえ仮初の平和だとしても、今までの勇者と同じように、魔王を倒すべきだって……思ってる。
「頭が固いな、フルルは。……僕は良い魔王になって、世界を平和にしようとしているのに……それでも倒そうとするなんて」
目を閉じて笑ったオルディアを見ていると、私だってほんの少しずつ顔を出してきた思いに胸を刺されちゃって、何も言えなくなってた。
……ねえ。
魔王オルディアを倒した先に『本当の』平和なんて、ないんじゃない?
厨房の皆も言うように、人間に好意的な時代が長く続いた方が、よっぽど平和になる気がしちゃって……勇者の使命を考えるたびに、正解が分からなくなる。
人間界には、まだ魔族がいる。
でも魔王オルディアに人間界と繋がる扉の封印をしてもらえば、それ以上は増えないはず。
魔界に帰れって声をかけてもらって、それでも残った魔族は私たち勇者パーティが殲滅すれば、やがて人間界には真の平和が訪れるんじゃないかな。
ティーカーと一緒に、魔王を倒すために戦ってきたはずなのに……討伐じゃなくて共存の道を考えちゃうのは、私が落ちこぼれの勇者だからかな。
全てを打ち倒して世界に平和を取り戻せる力ある勇者じゃないから、何度も迷っちゃうのかな。
「……オルディアの寿命は、あと何年?」
魔族の寿命は、人間よりも長い。
史上最強と名高い魔王は、言葉もなくお湯を楽しんでいる。
私も頭突きだって言い訳しながら頭を預けてみたけど、驚いたらしくて深緑の瞳が瞬いた。
次第にやわらかく笑った魔王から、小さなため息が聞こえた。
「一千年はあるらしい。まだまだ先の話だ」
悪魔族とかと同じなんだ。
あ、でも……他の種族であっても、魔王族になると伸びる可能性もあるのかな……。
あと、一千年。
私が、魔王オルディアと協力さえすれば。
数十年から数百年単位でしか訪れなかった平和が、一千年以上の平和に……なるのかな。
人間擁護の精神さえ定着すれば、もっと長く平和な世界が続くのかな。
考えながらも頭を預け続けてたら、お湯の中で手を握られた。
胸の奥が、くすぐったい。
触れ合ってる腕も、頭のてっぺんまでも、全部くすぐったくなってきたから顔を上げると、魔王が私を見て淡く笑っていた。
「妻になるのなら、歓迎する」
息が止まった。
心臓が締まって、次第に鼓動が跳ね始めた。
顔が熱いのはお湯のせいだって思ってるのに、……目を閉じた銀の髪の魔王と唇が重なると、何も考えられなくなる。
「僕の妻になれ、勇者フルル。
……僕はずっと、フルルがくるのを待っていた」
囁き声に、目が眩む。
大切に抱き寄せる魔王が、熱く唇を吸ってくる。
だからこそ本気で伝えてるってわかっちゃって……何も言えないまま、のぼせるくらい唇を交わされてた。




