魔王族
今日は洗濯されたての村娘の服に着替えた。
腰に聖剣をつけてから食堂へ向かったんだけど、すぐに用意された山盛りの食事を次から次にお腹に迎え入れた。
今日のお肉は鹿肉だ。
私が疑ってると思ったのか証明書も出てきたけど、鹿も増えると害獣になるから、人間界でも捕獲対象で捕まえたことがある。
でもやっぱり一頭ごとの販売価格が高いなぁ……鹿捕まえてくるから、魔王城に『勇者印』って売りこめないかな……って私は何を考えてるんだろう。
素材も良いって分かってたけど、なんでも調理出来て美味しいのがさすが料理長だった。
今日の鹿肉も噛むほどに力強い旨みが溢れてきて、体に染み渡る気がする。ベリージャムで仕立てたソースが濃厚なのにさっぱりしてて、お肉がいくらでも食べられちゃう。
食堂で誰かに話を聞こうと思ってたけど、最初に出てきたのはオークのおばちゃんで知らない人だった。
どうやら魔王城には従業員ごとに休日があって、交代で働いてるみたい。
でもおかわりを頼むと、今度は給仕のためにプチオークの女中、レミンが来てくれた。
聞きたいこともあったから、お皿を置いてくれたらすぐに声をかけた。
「レミン、中途半端な時間なのにご飯用意してもらってごめんね、ありがとう。
みんなも、もう休憩終わった……よね?」
「魔王様の準備もありますから、大丈夫ですよ。
ちょうど休憩明けですけど……フルルさん、何かありましたか?」
手招きすると、近づいてくれたプチオークらしい小さな三角耳に、こっそりお願い事を吹き込んだ。
「魔王オルディアの種族名が何か、もし知ってたら教えて欲しいんだ。
お礼に、出来るだけ食堂にも一緒に連れてくるようにするから。お願いっ」
人間は国が違っても『人間』しか存在しない。
でも魔族には、数多の種族とさらに多数の亜種がいる。
例えばオーク族にも、レミンのようにプチオーク族という小さいまま成長が止まる種類がいたり、他にも分類がさまざまになされている。
魔王の種族名さえわかれば、弱点にも近づける。
お風呂を嫌がった理由が、実はアイスマン族出身の可能性もある。火属性が弱点で、熱いお湯が苦手なんだ。
期待に目を輝かせる私の前で、レミンは嬉しそうに笑った。
「魔王様は、魔王族です」
「……ん? 魔王族?」
「魔族の王として、体を巨大に変化させることが出来る特別な種族なんですよ」
前魔王が三段階変形したのを思い出した。
あの変形こそが、魔王族の証ってことだ。
「歴代の勇者が魔王を倒しても、魔王は何度も復活して世を脅かしてきたんだけど。
もしかして『魔王族』って種族自体が残ってるから、いつまでも戦いが終わらなかったの!?」
「あ、いえ、違います! 魔王族には、誰だってなれるんです。ゴブローでもなれますよ」
誰でも?
初めての話で混乱していると、レミンが大きく手を広げた。
「魔族の中には戦って覚醒すると、体が大きく膨らむ者が出てくるんです。
覚醒するとゴブリンであっても、プチオークであっても『魔王族』という別の種族名になるんです」
「……ええと、つまり覚醒さえすれば、レミンも魔王になれる、ってこと?」
「はい。もしフルルさんが魔王様を倒すと、次の王様選びが魔族の中で始まります。
人間界から全ての魔族が一度撤退するのは、次の魔王を選ぶためなんですよ」
勇者によって魔王が倒されると、一時的に平和になる。
数十年後、数百年後、しかし再び魔王が現れれば世界は危機に陥ってきた。
その歴史には裏側があったって、レミンは身振り手振りも加えて、詳しく教えてくれた。
「魔王族に覚醒するには、強い相手との戦いが必要なんです。
でも、最初から人間界で勇者相手に戦っても倒されてしまうので、全魔族が集まって魔界で戦います。
体を変異させた魔王族が出たら、私たちは新たな魔王様に従います」
「……待って。今の魔王は、前魔王がいても新王になったんだよね?
魔王がすでにいるのに、他の魔族も魔王族になれちゃうの?」
「強い相手との戦いこそが、覚醒の条件なんです。
命懸けの戦いをした魔族なら、誰でも覚醒することはありますよ。
魔王様が倒れてもすぐに次の魔王族がいるので、人間界では平和が訪れずにもう一人の魔王も倒したとか、多分歴史に残ってる……と思います」
魔王を倒して、すぐに現れた『真の魔王』も倒して、ようやく平和になった歴史が壁画になってたのを、私も遺跡の探索で見つけたことがある。
すでに魔王族がいる状態だから、次の魔王が引き継ぎを繰り返していた……ってことだったんだ!
「オルディア様は、前魔王様と戦うことで王位を得たいと望まれました。
けれどオルディア様があまりにも強大な力をお持ちなので、前魔王様は戦うまでもなく四将に落ちることを望まれたそうです。
強きものに従うのが、魔族ですからね。オルディア様は、それだけ凄い方なんです!」
人間界では魔族と親しく言葉を交わすことなんてなかったから、全く知らない情報だった。
レミンはプチオークらしく可愛い瞳をキラキラさせて、オルディアを誇らしげに思い浮かべている。
「前魔王様の時代は弱い者から奪うことが当たり前で、魔族同士で争うことも多かったんです。
でもオルディア様が魔王になられて、弱い魔族も、強い魔族も、みんな一緒に生活出来るようになりました。
今の魔界はすごく素敵で……私はオルディア様に、ずっと魔王でいてほしいって思ってます」
笑顔のレミンに、言葉も出なかった。
……私がオルディアを、もし倒したら。
次の魔王が選ばれて、また新しい魔王が世界を脅かすことになるなんて……かりそめの平和しか訪れないなんて、知らなかった。
勇者は天災だって言いながら温かく受け入れてくれた魔族たちも、魔王選びの戦いに巻き込まれる。
……生き残っても、新しい魔王の思想に染まっちゃうのかな。
何より……レミンみたいに、尊敬して大切にしてる魔王オルディアが倒されれば、魔族は勇者や人間への怒りと憎しみに染まるかもしれない。
大切な家族やレムスを奪われた私とティーカーが、全ての魔族を倒すと誓って……魔王討伐を夢見て、今まで戦ってきたように。
「あ、魔王様! すみませんフルルさん、お給仕に戻りますね」
考えていると、レミンは仕事に戻っていった。
魔王装備を身につけているオルディアに、つい目を向けた。
椅子に腰掛けた魔王は、じっと見つめる私に気づいて不思議そうに銀の髪を揺らしている。
「浮かない顔だが、何かあったのか」
「……魔王は、自分の他にも魔王族がいるか、知ってる?」
私がオルディアを倒しても、平和にならない。
それどころか新たな軋轢を生むかもなんて、知らなかった。
オルディアを倒してすぐに、他の魔王が選ばれたら……歴史にも出てきた『真の魔王』という名の二代目とも、私は戦うことになるんだ。
オルディアは私を見ていたけれど、唇を淡く三日月の形に変えた。
「僕の他に魔王族がいるかは教えられない。
しかし一緒に食堂に行こうと話していた相手は気になって、食事も満足に出来ないようだな」
「う」
「仕方がないな。悲しむだろうが……真実を教えてやろう」
やっぱり、もうすでに他の魔王族がいるんだ。
机の下で指を握りしめる私に、オルディアが深緑の瞳を細めた。
「フルルには、僕を倒せない」
……ん?
「勇者でも魔族でも、僕は誰にも倒せない。
だから次の魔王の話をしても仕方ないんだ。これ以上は気にするな」
……ぽかんとした。
けれど堂々たる宣言を理解出来たから、面白そうに笑う魔王相手に立ち上がって、腰に手を当てて、失礼だろうが指を差していた。
「絶対に倒すって言ってるのに、私には倒せないって何。勝手に決めつけないでよねっ」
「そうか。もう倒す算段はついたのか?」
それは、ついてないけど。
言い返せず膨れた私に、オルディアが立ち上がった。
「フルルが今、考えるべきなのは……自分を捕らえている魔王、僕のことだけだ」
私の隣にまで来るから何かと思ってたら、淡く微笑まれた。
「次の魔王だなんて、余計なことを考えている暇はあるのか」
「それは……っ!?」
ほっぺに触れたオルディアに、顔を引き寄せられる。
魔王が、耳元で囁いてきた。
「僕に『次の魔王はいない』と聞いても、今は信じられないだろう?
真実なんて、状況によって簡単に捻じ曲げられる。……今もそうだ」
静かな囁きに魅了されて、目が眩む。
動けないうちに顎を上げられたら、真っ直ぐに深緑の瞳が見つめてきて……見返すしか出来ずに、自分の心臓の音だけを聞いていた。
「フルルは実際の敵として存在する、僕のことだけ見ていればいい。その方が混乱しない」
唇を、柔らかな親指で拭われた。
蠱惑的な表情を浮かべたオルディアが、今日もいっぱい交わした唇を薄く開いて……私に触れた指を舐めてる。
キスしてるわけじゃないのに間接的にされてる気がして、変にドキドキしながらその姿を見てしまった。
「ベリーのソースだな。……ほら、大喰らいの勇者は僕と一緒に食事をしてくれるはずだ。
十分な食事をせずに魔王城に辿り着いたことも聞いたから、今は溜め込んでおくといい」
オルディアが頬になんて口付けてきたから、ここは食堂なのにって、ようやく正気に戻ってキスされた場所を押さえた。
魔王のための準備が忙しくて誰もいない隙間だったみたいで、ほっとしちゃった。
オルディアも踵を返して、何もなかったかのように席に戻っていく。
……そうだ、迷うな勇者フルル。
史上最強の魔王も倒せないくせに、次なんて考えてても仕方ない。
私だって今からオルディア対策くらい見つけてやるんだって、椅子に座り直して楽しそうに微笑む男を睨みつけた。
オルディアを倒すのは私の使命なのに、まだ『仲間を待つ』以外の倒し方も見つけられていない。
もし防御力を下げても聖剣が効かなかったら、ティーカーたちが来てくれても全滅することになる。
まずは目の前の魔王の弱点探しに、集中しなきゃいけないんだ!
おかげで調子を取り戻したから、もう次の候補なんて気にせず、また大食らいを始めた。
銀の髪の魔王は私を見ながら深緑の瞳を細めて、今日も優雅に食事を進めていた。




