勇者クロウ、再来
塔の階層を登るごとに、空気はより無機質に、よりシステマチックになっていった。
まるで俺たちの物語が、冷たい評価のフィルターを通して分析されているかのようだった。
そして──その最上階。
そこに、奴はいた。
「久しぶりだな、フジマ・マコト」
その声は、静かで、どこか正解だけを並べたように歪んでいた。
「……クロウ」
全身を黒いスーツのような金属で包み、背中からは刃のようなエネルギー装置が展開されている。
瞳は光を宿しておらず、感情を失った精密機械のような無慈悲な目。
それが、かつて勇者と呼ばれた男のなれの果てだった。
「お前たちには物語がない。だから、ここで終わってもらう」
そう言うと、クロウは音もなく地を蹴った。
圧倒的だった。
瞬間、ナギが狙撃を試みたが、弾丸は時空の歪みに吸い込まれる。
「俺が相手する!」
マコトが叫び、混沌魔法を展開。歪んだバグエネルギーがクロウの周囲をかすめるが──
「演算済みだ。無意味」
クロウは剣を抜いた。
それは、世界を正すという名の、整合性の刃。
「っ──!」
マコトの魔法が打ち消され、吹き飛ばされる。
ミサトがすかさず駆け寄り、共鳴の音を響かせた。
「立って、マコト!あんた、こんなとこで終わるようなやつじゃない!」
音の波紋が仲間たちの感情をつなぐ。
「お前は正義を語っていた」
クロウが冷たく言う。
「だが、その正義は、世界が与えた台本だ。お前自身の言葉ではない」
マコトの表情が苦しげに歪む。
「それでも、俺は──!」
そのとき、誠が前に出た。
「クロウ、お前は何を守ってる?世界か?秩序か?……それとも、与えられた主人公という役割か?」
クロウの動きが一瞬、止まる。
「……役割を放棄した者に、俺の何がわかる」
「放棄なんかしてない。俺たちは、自分の物語を、自分で書き直してるだけだ!」
誠の言葉が、周囲に響く。
ミサトの音が共鳴し、ナギの記憶映像が重なり、マコトのバグ魔法が収束していく。
そして、シェルターが唸った。
『──不整合、排除対象、再定義』
バグと秩序、二つの矛盾を内包した存在として、シェルターがクロウの演算に介入する。
「今だ!」
誠の叫びとともに、マコトの魔法がクロウを直撃する。
爆発。閃光。
クロウの装甲が剥がれ、仮面が落ちた。
──そこにいたのは、かつての青年だった。
正義に憧れ、英雄に恋い焦がれ、物語を夢見た、普通の青年。
「……俺は、ただ……誰かのヒーローに……なりたかった……」
そう呟いて、彼は崩れ落ちた。
静寂。
やがて、塔の中に再び、機械音声が響く。
「審査結果:対象クロウ、保守機能解除」
「選定者候補、条件達成」
「スカウトマンの起動条件を満たしました」
誠たちは、ただ見つめていた。
壊れた英雄の背中を。
そして、そこに残された誰かの物語のかけらを──