塔の審査開始
塔の中に一歩足を踏み入れた瞬間、世界が反転した。
足元の石畳が透明なガラスに変わり、視界が宙に浮かぶ幾何学図形で埋め尽くされる。壁も、天井も、床も、全てが意味不明な数式と記号で覆われていた。
「うわ……これは……」
ミサトが息を呑む。
「物語の構造式だ。俺たちは今、まさに、物語の中の構造そのものに入ったんだ」
ナギがそう言った。だが、目は笑っていなかった。
「塔の内部は、選ばれなかった人間に課される審査場。ここで、お前らが、物語を紡ぐ力を持っているか試される」
それは、選ばれるための試験じゃない。
選び取るための証明。
「第一審査、開始」
「対象:フジマ・マコト」
「審査内容:自己否定構造の突破」
瞬間、俺の足元が崩れた。
気がつけば、俺は過去の中にいた。
――高校時代。
何もかもが空回りしていた。部活でも落ちこぼれ、クラスでも空気。
誰にも期待されず、誰にも頼られず。
モブとして、ただ在るだけだった日々。
(……嫌だ。戻りたくなんてなかったのに)
だが、目の前に現れたのは、あの頃の俺だった。
「なにやってんの?」
少年は俺を見て、鼻で笑った。
「結局、何も変わってないじゃん。誰かのために動いたとか言って、何も選べてないじゃん」
俺は、言い返そうとした。
だが、言葉が出なかった。
(ああ、そうだ。俺はただ、誰かに必要とされたいってだけだったんだ)
だが、ふと背中に誰かの手のひらを感じた。
振り向くと、そこにミサトがいた。
ナギがいた。
マコトがいた。
シェルターがいた。
「私たちは知ってるよ。あんたが、どれだけあがいたか」
ミサトが、まっすぐ俺を見る。
「もう認められることじゃない。自分で認めることから始めなきゃ」
その言葉が、胸の奥に、静かに届いた。
「……そうだな。もう、誰かの評価じゃなくていい」
俺は、一歩前に踏み出した。
「俺が俺の物語を信じる。だから──」
少年の俺に、真正面から向き合った。
「もう、そこに座ってろ。観客じゃなくて、主役はこっちだ」
その瞬間、空間が砕け散った。
「審査クリア」
「自己否定構造、突破確認」
「次段階へ進行」
目の前が開け、仲間たちの姿が戻る。
「……おかえり、誠」
ナギがうなずく。
「一番きついのを、よく抜けたな」
「次は誰がくるんだ?」
マコトが緊張気味に言った、そのとき。
「第二審査、開始」
「対象:イシドウ・マコト」
「審査内容:“正義の虚構”の崩壊」
彼の足元が消える。
そして、同時に俺たちは気づいた。
この塔の審査は、ただの試練じゃない。
物語になれなかった理由と、真っ向から対決させられる舞台だ。
「全員、自分の終わらせ方を、問われるってことか」
ナギの言葉に、誰も返事ができなかった。
ただ、前を見ていた。
物語に抗い、物語を奪い返すために――