塔の麓で、誰もが待っていた
南の大地に、ひときわ異質な構造物がそびえていた。
ねじれた金属骨格。崩れかけの塔。黒い蔦に包まれたその姿は、まるで世界の遺言のようだった。
「……あれが、南の塔」
ナギが、低い声で呟いた。
「バグの密度が濃い。中は迷宮構造だろうな」
俺たちは歩を進める。風は止み、空気は凍りついたように重い。
塔の前には広場があり、その中心には奇妙な装置が置かれていた。
金属製の椅子と、光学パネルのような何か――
「スカウト評価装置……」
ナギの顔が険しくなる。
「これは、管理AIが転生対象を評価するための端末だ。かつて、俺の仲間も……これで、価値なしと判断されて消えた」
「消えた……?」
俺が尋ねると、ナギは無言で頷いた。
「評価基準は明かされない。数値で測られるだけだ」
周囲にはすでに、何十人もの敗者たちがいた。
元芸術家、元軍人、元YouTuber、元詐欺師。
さまざまな物語にならなかった人間たちが、塔の前で、ただ順番を待っている。
「……これ、マジで面接会場みたいだな」
ミサトが苦笑する。
「誰がスカウトされるかなんて、もう信じてないくせに」
マコトの言葉に、誰かが鋭く反応した。
「信じてなきゃ、ここには来ない」
その声は、やつれた中年男のものだった。
「信じてなきゃ、生きてなんかいられないだろ――!」
空気が一瞬、張りつめる。
そして、始まった。
誰が先に評価を受けるか。誰がまだ価値があるのか。
──誰が、この地獄から抜けられるのか。
誰かが他人を押しのけ、
誰かが他人を売り、
誰かが他人の過去を暴いた。
「……なんだこれ」
俺の中で、何かが音を立てて軋む。
「これじゃ、選ばれなかった理由を、また繰り返してるだけじゃないか……」
俺たちは評価装置に近づいた。
パネルには光が走り、無機質な声が流れる。
「評価条件:記録ログ・行動履歴・対人関係・発話内容より抽出」
「評価開始──対象:フジマ・マコト」
──いやな予感がした。
「やめろ、誠!」
ナギが叫ぶ。
「その装置は、善悪を見てるわけじゃない。物語の整合性しか見ない!」
「評価中……」
「対象:利他行動、共感性、対話ログ確認──」
「判断完了。フジマ・マコト──スコア:78」
「入場許可」
瞬間、塔の扉が、音もなく開いた。
「……!」
その場の空気が凍る。
皆の目が、俺に集まった。
「どうしてあいつが」
「他の奴のために動いてたやつが、なんで……」
「チート能力もないくせに……!」
ざわめきが広がる。
だが、それを振り切るように、装置が再び起動した。
「対象:コウサカ・ミサト──スコア:75」
「対象:イシドウ・マコト──スコア:71」
「対象:ナギ──スコア:79」
「対象:シェルター──非人間。サポート枠として同行可」
そして。
「このグループを、入場対象と認定」
塔の扉が、さらに開かれた。
だが。
「……ふざけるな!」
「俺たちは何年ここで待ったと思ってるんだ!」
「お前らだけ助かるつもりか!」
怒声が飛ぶ。罵声が飛ぶ。石すら飛んできた。
ナギが前に出る。
「誠、行け。ここは俺が──」
「……行かない」
俺は、はっきり言った。
「自分だけ助かるなんて、俺はもうしたくない」
仲間を見た。皆、目を見開いていた。
「この世界に落とされたとき、俺は物語になれなかった人間だって突きつけられた」
「でも……それでも、生きようって思った。選ばれなくても、何かを伝えたくて、生きてるんだ」
一歩、踏み出す。
「なら、俺たち全員が、その物語の続きを選ぶべきだろ?」
静寂のあと――
装置が、予期せぬ反応を示した。
「条件外の発話確認」
「グループ全体に対する再評価を実施」
光が、一瞬、塔全体を包んだ。
「最終判定──物語の同期確認」
「このグループ、入場資格を確定」
次の瞬間、扉が完全に開かれた。
他の者たちは、静かにその場に座り込んでいた。
俺たちの中の誰かが、呟いた。
「……入場じゃない。選ばれたんじゃない。選んだんだ、こっちが」
俺は振り返らず、ただ仲間たちと共に、塔の中へと歩き出した。
次の物語を、掴みに行くために。