スカウトマンを探せ
「で、本気で言ってんの? スカウトマンを探すって」
マコトの声には、明確な呆れと少しの期待が混ざっていた。
「俺は本気だよ。待ってるだけじゃ、何も変わらない。だったら動くしかないだろ」
そう言い切る俺を、ミサトは嬉しそうに見つめていた。
「うんうん、誠くん、なんか主人公っぽくなってきたじゃん」
「やめろ。フラグ立てんな」
三人での旅が始まって数日。崩壊しかけた都市の外縁部、再構築帯と呼ばれる領域を目指して歩き続けていた。
そこには、過去に再スカウトが、現れたという情報がある。
「……でもさ」
マコトがふいに立ち止まった。
「本当に、もう一度選ばれる価値なんて、俺たちにあるのか?」
その問いは、重くのしかかる。
「俺たち、元々落選組だったんだぞ? 異世界転生の選抜漏れ。いわば、使い道のなかった人間だ。そんな連中が、今さら誰かに必要とされるって思うか?」
ミサトが、珍しく何も言わなかった。
俺も、正直、即答はできなかった。
でも――
「……だったら、自分で価値を作るしかないだろ」
そう口にしていた。
「誰かに与えてもらうんじゃない。自分で、自分を選ぶんだよ。そうじゃなきゃ、また捨てられるだけだ」
マコトは目を見開いた。
ミサトが、ぽつりと呟いた。
「……うん。そうだよね。私も、あのとき……ただ待ってたから、選ばれなかったんだ」
「だったら、もう待たない」
そう決意を新たにし、俺たちは再び歩き始めた。
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再構築帯に入ってすぐ、空気が変わった。
荒廃の度合いが一段と進み、現実と虚構の境界が曖昧になる。
「うわ、またグリッチ……!」
ミサトが指差した先では、空間そのものが波打っていた。まるでポリゴンが崩れたゲームのように、現実の地形がバグっている。
「この先、何があるかわかんねぇな……」
「気をつけて進もう」
そう言った矢先だった。
――「ガァァアアアアッ!!」
耳をつんざく咆哮。次の瞬間、廃ビルの瓦礫を突き破って現れたのは――
「……ドラゴン、だと?」
全身に錆びついた金属片をまとった、巨大なバグドラゴン。
皮膚の一部はワイヤーフレーム、目はデバッグモードのエラー表示。明らかにこの世界の破損物だ。
「マコト、火力あるのある?」
「無理! あれ、物理通んねぇタイプのやつだ!」
「じゃあどうすんのよ!」
「走るぞ!」
三人同時に踵を返し、全速力で逃げる。
背後からは、爆風。鋭利な尾の一撃が建物ごと地面を抉る。
「くそっ、逃げ切れない……!」
――そのとき。
「下がってろ、落選者たち」
声と共に、世界が反転した。
ドン、と重厚な着地音。次の瞬間、空を割るようにして一閃の槍がバグドラゴンを貫く。
「な、なに……!?」
瓦礫の上に立っていたのは、一人の男だった。
光を帯びたロングコート。無表情。だが瞳だけが、異常なほどに熱を持っていた。
「お前……誰だよ……!」
マコトが言うと、男は静かに答えた。
「元・スカウトマン。コードネーム、ヴァル」
「スカウトマン……!?」
ミサトが驚愕する。
男――ヴァルは槍を引き抜き、ドラゴンの亡骸を見下ろして言った。
「探してたんだろ? 俺を」
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廃ビルの隙間に潜り込み、一時避難。
焚き火の明かりの中、ヴァルは語った。
「俺は昔、正式な異世界スカウトチームにいた。役割は、物語を動かせる核を見つけ出すこと。いわば、プレイヤーの選定だ」
「でも、今は違うんだろ?」
俺が言うと、彼は頷いた。
「あるとき、ふと思った。捨てられた者の中に、本当に価値はないのか、と」
「……」
「だから俺はスカウトチームを抜け、ここに潜伏した。落選者の中から、本当の意味で物語を動かせる人間を探すために」
「……そんなこと、できるのか?」
「できないかもしれない。でも、可能性がゼロじゃない限り、探す意味はある」
その言葉に、俺は胸が熱くなるのを感じた。
「じゃあ、俺たちも――」
「そう。お前たちは、再スカウト対象に昇格する可能性がある」
その一言に、空気が張り詰める。
「でも条件がある」
「条件?」
「この世界を一度救え」
「……は?」
「落選者が、破綻した世界を立て直す。それができたら、本物だと証明できる」
「無茶苦茶だろ、それ……!」
マコトが叫ぶ。
でも、俺はもう、逃げるつもりはなかった。
「やるよ。やってやる。だってそれが、自分で自分を選ぶってことなんだろ?」
ヴァルが、初めて笑った気がした。
「なら、まずは、次のバグ生成源を叩く。場所は――旧シナリオ倉庫群だ」
夜の帳が下りる中、俺たちは世界の裏側へ向けて歩き出す。
再スカウトの条件。それは――この崩壊しかけた物語を、一度、救うことだった。