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勇者は俺たちを見ていない

目を覚ましたとき、世界は音を失っていた。


いや、正確には――音が止まっていた。


空の裂け目から落とされた俺、藤間誠は、気づけば奇妙な静寂に包まれた空間に立っていた。灰色の空、バグった建物の残骸、止まった時計の針。


時間すら、ここでは動かないのか。


「……ここは、どこだ?」


声が、やけに響く。


ミサトやマコトの姿はない。俺一人だけ。だが、すぐに気づいた。


――いる。この世界に、何かが。


 


====


 


それは、まるで物語の中心から歩いてきたような存在だった。


長い黒髪。白銀の甲冑。虚無を映すような瞳。


彼は、ゆっくりと俺の前に降り立った。


「君が……観測対象・誠か?」


「……誰だ、お前は」


「クロウ。勇者クロウと呼ばれていたこともある」


「勇者……?」


「誤解するな。これは称号ではない。機能名だ」


目の前の男は、どこか機械めいた口調で言った。


「君のような非採用者が、スクラップ領域に干渉した記録が確認された。よって、この空間の整合性維持のため、対象の削除を実行する」


「……は?」


次の瞬間、俺の背後の空間が爆ぜた。


何かが通った。目に見えぬ一閃。風すらも遅れてついてくる。


反射的にしゃがんだ俺の背上で、バグった鉄柱が真っ二つになっていた。


「な……何なんだよ、お前……!」


「感情的反応、正常。だが不要」


その男は――勇者クロウは、表情ひとつ変えずに剣を振った。


 


====


 


死を覚悟した瞬間。


――「それ以上、動いたらマジでぶっ飛ばすよ?」


その声は、空間を震わせた。


次の瞬間、空気が揺れた。


光。音。振動。そのすべてが共鳴して、クロウの動きが一瞬止まる。


「っ……!」


「間に合った!」


俺の横を駆け抜けたのは、ミサトだった。手には、錆びた拡声器。そこから放たれた共鳴波が、クロウの動きを鈍らせたらしい。


「逃げるよ、誠くん!」


「で、でも!」


「反論は後で!」


俺の腕を引っ張り、彼女は走る。


その後ろを、今度はマコトが続く。


「くっ……奴が出てきたってことは、スクラップ世界が本気で処理対象になってきたってことか……!」


「どういう意味だよ!」


「俺たちはもう、放置していい失敗作じゃないってことさ!」


マコトの言葉に、背筋が寒くなる。


そうだ。勇者――クロウ。

あいつは、ただの敵じゃない。


俺たちの存在そのものを、無かったことにするための、整合性の番人だ。


 


====


 


「くそっ……!」


廃墟を駆け抜け、地下通路へ潜り込んだ俺たちは、どうにかクロウの追撃から逃れることができた。


瓦礫の陰に身を隠し、荒い呼吸を整える。


「アイツ……人間なのか?」


「元はね」とミサトが呟いた。


「かつて、異世界に選ばれた者。でも、役割を終えたあとも捨てられず、管理AIに吸収されたらしいよ」


「……AIの勇者?」


「うん。物語の整合性を守るためだけに動く、無感情な番犬ってとこ」


マコトが、珍しく真面目な口調で言った。


「俺たちが、物語になれなかった存在なら、あいつは、物語に囚われすぎた存在なんだよ」


その言葉に、俺はぞっとした。


物語に、囚われすぎた――?


それは、どこか……他人事に思えなかった。


 


====


 


その夜、崩れた空の下で、俺たちは焚き火を囲んだ。


クロウのこと。世界の崩壊が進んでいること。かつて、この世界に再スカウトが訪れたこと。


「それって……また誰かに選ばれるってことだよな」


俺が言うと、ミサトはかすかに笑った。


「うん。皮肉だけどね。でも、もしそれが本当なら――」


「俺たちにも、選ばれる理由が必要ってことか」


「理由……ね」


マコトがつぶやいた。


「そんなもん、俺には……」


「あるよ」


俺は言った。


「少なくとも今、俺たちは……生きてる。無意味だと思ってたこの世界で、一緒に逃げたってだけで、それはもう、ひとつの物語だ」


ミサトが目を見開く。


マコトが顔を伏せる。


俺たちの名もなき日々は、確かに始まっていた。


 


「なあ、次は……こっちから動かないか?」


「え?」


「再スカウトを待つんじゃない。迎えに来るやつを、探しに行くんだよ」


その提案に、ミサトが笑った。


「それ、ちょっと……バカっぽくていいね」


そしてマコトが、ぶっきらぼうに言った。


「行くなら、付き合ってやるよ。ヒマだしな」


 


焚き火がはぜる音が、夜に溶けていく。


物語の外側にいた俺たちが、ようやく歩き始めた気がした。


たとえそれが、また新たな絶望の始まりだったとしても――


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