選ばれなかった僕たちに、名前はあるか?
「なあ、これ……本当に世界なのか?」
それが、この場所で目覚めてから、俺が何度目かに漏らした疑問だった。
瓦礫、歪んだ地形、ノイズまみれの空、漂う黒い霧。空間は常にバグっていて、遠近感も時間の流れもあやふやだ。ここが、どこかなのかすら、確信が持てない。
そんな混乱のなか、唯一の救いは――人の気配だった。
「まあ、いちおう残滓だって言ってたしな。まともな世界じゃないことは確かだよ」
「残滓って、何の?」
「物語になれなかった人間たちの、さ」
ミサトはそう言って、缶コーヒーの空き缶を蹴飛ばした。
ミサトは、前世(?)でアイドルを目指していたらしい。何度もオーディションを受け、何度も落とされ、家族からも「もう普通に就職しろ」と突き放された。
「結局ね、才能とか努力とか、そういうんじゃないんだよ。使われるかどうか。それだけ」
言葉はどこか乾いていたけど、それでも俺よりずっと、生きてるように見えた。
「で、そっちの君は?」
俺の隣に座る少年――石堂マコトは、無言で顔をそらす。
銀髪にマント、片目に包帯。明らかに中二病ムーブだが、ここではむしろ浮いていない。不気味なくらいこの崩壊空間に馴染んでいる。
「……元は高校生。たぶん、死因は自殺。ゲームで無双したかった。でも、現実は地味だった」
ぽつりぽつりと語るその声は、かすかに震えていた。
「だから、俺は選ばれると思ってた。異世界転生、最強スキル、俺TUEEE……。それが、気がついたらここ。しかも、スキルもステータスもなし。ははっ、笑えるだろ」
笑っていない顔で、彼は笑った。
選ばれなかった者。必要とされなかった者。物語に入れなかった者。
俺たちは今、その残骸の上に立っている。
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「なあ、ここってどうやって生きるんだ?」
ふと気づけば、日も落ちて――いや、落ちたような気がするだけかもしれない。
空がノイズに覆われ、周囲の空間がわずかに揺れている。昼も夜も、時間の概念すらあやふやだ。
「基本は、漂流してるだけ。でも、ごくまれに、出口が見つかるらしいよ」
ミサトが、ぽつんとそう呟いた。
「出口?」
「再スカウト。つまり、他の世界から、拾われるんだってさ」
「そんなこと……あるのか?」
「まあ、都市伝説レベルだけどね。昔、ここに来た人が、何かに呼ばれて消えたって噂はある。詳しくはわからないけど」
そのときだった。
――カシャン。
遠くで、何かが崩れる音がした。
「……今の、何?」
「またあれかもな。崩壊体」
「崩壊体?」
「この世界に残された、“未完の物語の断片”。忘れ去られたキャラの残響とか、設定ミスで消えたサブイベントとか……まあ、よくわかんないけど」
ミサトはそう言って、地面に散らばるガラス片のような何かを拾い上げた。
それは、光る言葉の欠片だった。
『名前』
『役割』
『再構成』
『???』
「……言葉?」
「ここでは、物語の文字や記号が具現化することがあるんだって。意味はバグってるけど」
意味を持たない記号の集積体。
だがその瞬間、俺の中で何かがざわついた。
名前。役割。再構成。
選ばれなかった俺たちにも、そんなものが――まだ残っているのだろうか。
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夜――らしき時間。
俺たちは、瓦礫の隙間に作られた仮設の避難所で眠ろうとしていた。ミサトが他の落選者たちから聞きかじった知恵で作った場所らしい。
「なあ、藤間さんはさ」
ミサトがぽつりと口を開いた。
「もし……もう一度やり直せるなら、どんな物語を生きたい?」
それは、あまりにも残酷な問いだった。
「俺は――」
答えかけたそのとき。
頭上の空間が開いた。
まるでノイズの雲が破裂するように、巨大な裂け目ができたのだ。
そしてそこから、声が降ってきた。
『――記録確認。対象、藤間誠。緊急再構成命令、発動』
「な……っ?」
白い光に包まれ、俺の意識は再び引き裂かれた。
ミサトが何か叫んでいた。マコトが手を伸ばしていた。
けれど、俺の視界はすでに真っ白だった。