転生か、この世界で生きるか
世界が、揺れていた。
白く塗りつぶされていた部屋は崩れ、天井が空へと変わり、壁が大地に融けていく。
まるでここが、夢であり、現実でもあるとでも言うように。
「再構築フェーズに入ります」
スカウトマンの声は、機械的な冷たさの中にも、どこか誇らしげなものがあった。
「この世界は、選ばれなかった者たちが堆積したスクラップの記憶より構成されています。
ですが、あなた方の決断により、この世界は再定義されます」
「つまり……この崩れかけの世界を、もう一度作り直せるってこと?」
ミサトが訊ねる。
スカウトマンは頷いた。
「はい。あなた方の物語はこの世界に意味を与えました。再構築の基軸となる起源因子として、あなた方の意志が選定されます」
「すげぇ話になってきたな……俺たち、世界の神様になるのかよ」
マコトがやや呆れたように呟く。
「違う」
ナギが静かに言った。
「俺たちは、この世界の住人になるだけだ。現実と向き合って、自分の足で立って、選んで……そして、何度だってやり直す」
誠は、その言葉に頷いた。
「そうだ。だから俺たちは転生しない。ここで、生き直す」
だがその時、空間の奥──まだ崩れきっていない白の中から、一つの影が現れた。
「よぉ、みんな。随分、カッコつけた面してるじゃねぇか」
現れたのは、クロウだった。
かつて彼らが倒したはずの、模造勇者。
「クロウ……!」
「へへ、驚いたか? まぁ、死んだっちゃ死んだ。でもな、この世界が意味を取り戻すって聞いてな。ちょいとお節介しに戻ってきた」
クロウの表情は、あの日と違っていた。狂気も、絶望もない。
それは、人間の顔だった。
「誠、お前らの選択……本当にそれでいいのか?
転生すれば、もっと簡単に報われる道もあったはずだぜ?」
誠は、静かに目を伏せ、言った。
「報われることだけが、生きる理由じゃない」
「どんなに泥だらけでも、俺たちがこの世界でやってきたことには意味がある。それを投げ出したくないんだ」
「チッ……らしいな、お前は」
クロウは肩をすくめると、ふっと笑った。
「だったらせめて──俺も、その再構築に混ぜてくれよ」
「……いいのか?」
「ああ。俺もまた、選ばれなかった側の人間だからな。だからこそ、もう一度だけ……この世界を、生き直したい」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
スカウトマンは、満足そうに頷く。
「再構築メンバー、最終承認──」
そして彼は、最後にこう言った。
「──この世界は、選ばれなかった者たちのための、新たな物語となる。あなた方は、意味を創る存在として、歴史の最初のページを刻みます」
彼の姿が、光とともに溶けていく。
辺りは一面、闇と光のせめぎ合う奔流の中へと沈んでいった。
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──そして。
「……おーい! 誠、起きろってば!」
まぶたの裏から差し込むのは、眩しい陽光。
耳元で跳ねるような声。潮風と、草の匂い。
「……え?」
誠が目を開けると、そこには見慣れた顔──いや、見慣れた新しい顔があった。
ナギが火をおこしていて、マコトが村の子供たちと剣の稽古をしていた。
ミサトは浜辺で魚を焼いていて、クロウは焚き火の周囲に即席の講義スペースを作っていた。
「ここは……?」
「オレたちの世界さ。名前はまだないけどな」
ミサトが笑った。
「ゼロから始める人生、だな」
ナギが呟く。
「お前が決めろよ、リーダー」
マコトが誠に笑いかける。
「え、俺が?」
「そりゃそうでしょ? お前が言い出したんだからさ、ここで生きるって」
クロウも口元を吊り上げた。
誠は、ゆっくりと立ち上がる。
目の前には、海と空と──まだ何も書かれていない、大地。
「……じゃあ、始めよう」
「俺たちの、物語を」