スカウトマン現る
塔の最上階──クロウとの戦いが終わったその先に、部屋はあった。
それは、何もかもが白い空間だった。
床も、壁も、天井も、視界すら。現実感が希薄で、呼吸すら忘れそうになるほどに静かだった。
「ここが……核か」
ナギが呟いた。
「何もねぇじゃん。また空振りってオチじゃないよね?」
ミサトが不安げに周囲を見回す。
誠は、ゆっくりと一歩、踏み出した。
その瞬間、足元の床がぼんやりと光り、機械的な起動音が響き渡った。
「転生審査AI、本体プロセス、再起動完了」
「スカウトマン、起動します」
光が収束し、目の前にそれは現れた。
人間のようでいて、人間ではなかった。
アンドロイド然としたフォルムに、スーツ姿。そして表情は──まるで誰かの真似をして貼り付けたような無表情。
「どうも。お久しぶりです、フジマ・マコトさん。他、同等評価群の皆様も」
声は感情に乏しく、どこか間違った敬語だった。
「あなた……面接官……?」
誠の問いに、スカウトマンは小さく頷く。
「はい。前回の不採用判定から、自己物語数値が一定以上に成長したため、再審査のプロセスに移行します」
「成長……だと?」
ナギが眉をひそめた。
「あなた方がこのスクラップ世界にて記録した行動、選択、感情ログ──それらを物語性として評価します。
なお、この審査は数値ではなく、意味を問うものです」
スカウトマンが手を掲げると、空間に青白い光の帯が走った。
「藤間誠──他者の意志を繋ぎ、命を選び取る物語」
「香坂ミサト──喪失を受け入れ、他者と響き合う物語」
「石堂マコト──現実と向き合い、力の意味を探す物語」
声と共に、映像が現れる。
これまでの旅路、仲間との出会い、葛藤、そしてクロウとの戦いまでもが記録映像のように再生された。
「お、おい、なんでこんなに……!? 恥ずかしいんだけど!」
ミサトが顔を真っ赤にする。マコトも目を逸らしていた。
「これは……俺たちのログ……」
誠が、目を見開く。
スカウトマンは静かに告げた。
「審査結果──あなた方の物語は、本採用基準を超えました」
「再スカウト対象として、転生可能と判断します」
一同が、息をのんだ。
「……ついに来たのか。例の転生ルートってやつが」
ナギがぽつりと呟いた。
「でもさ、こんな綺麗な言葉でまとめられるほど、私たちの旅って上手くできてたかな……?」
ミサトがぼそりと呟く。
「それでも、やってきたんだ。……諦めずにさ」
誠が、静かに口を開いた。
だが、スカウトマンはまだ続けていた。
「ただし、条件があります」
「……条件?」
「この世界は、現在崩壊フェーズに入っています。
あなた方だけは転送可能ですが、残された、その他住民の救出には、最低一名が、再起動用キーとしてこの世界に残る必要があります」
「選べってことかよ……!」
マコトが呻いた。
沈黙。
仲間たちの視線が、自然と誠へと集まっていく。
だが誠は──ゆっくりと首を横に振った。
「俺だけじゃない。全員で考えるべきだ。これは、選ばれなかった人間たちの世界なんだから」
その言葉に、皆が目を伏せた。
「……あたしさ、ずっと舞台に立ちたいって思ってた。キラキラして、歓声浴びて。でも今は、ちょっとだけ違う」
ミサトが笑った。
「ここが私の舞台だったんだ。ちゃんと、心で繋がれた気がしてさ」
「……俺も、やっと自分を使って魔法を撃てるようになった。逃げずに、ここで」
マコトも続いた。
ナギは肩をすくめた。
「……ガキどもが先に言いやがる」
そして静かに言った。
「俺も、もう見るだけは嫌なんだ」
「……そうか」
誠は、スカウトマンをまっすぐ見据えた。
「転生は──しない。俺たちはこの世界で、生き直す」
長い沈黙のあと、スカウトマンが僅かに動いた。
「──承認」
「最終決定:転生権放棄、世界再構築プロセスに移行」
「この判断は、記録史上『初』となります」
静かに、白い空間に亀裂が入り、周囲の世界が揺らぎ始めた。
「誠……いよいよ、だね」
ミサトが笑った。
「ここからが、俺たちの物語だ」
誠が、静かに言った。