不採用通知、届く。
目が覚めたら、そこは真っ白な部屋だった。
いや、正確に言えば、真っ白すぎる部屋だった。床も壁も天井も、視界に入るすべてが無機質な白で統一されていて、距離感も方向感覚もまるでつかめない。まるで、ホワイトボードの中に閉じ込められた気分だ。
「……ここは、どこだ?」
思わず漏れた声がやけに響く。自分の声が、自分のものじゃないみたいに遠かった。
立ち上がろうとして、初めて気づく。体が軽い。息苦しさも、腰の痛みも、胃の不快感も、何もない。
――ああ、そうか。俺、死んだんだ。
つい数時間前、俺は会社で意識を失った。締切間近の報告書をまとめていたときだ。デスクに突っ伏したまま、二度と起きなかったらしい。
過労死。文字通り、働きすぎて死んだ。
ブラック企業の中間管理職。朝は始発、夜は終電。部下の責任をかぶり、上司の機嫌をうかがい、休日は、ちょっとだけ出社。俺は、ただ使いやすい人間として生きてきた。
そして今、その結果が――これだ。
「ようこそ、死後審査センターへ」
ふいに、目の前に、それが現れた。音もなく、ぬるりと。
白い空間の真ん中に、スーツを着た男が立っている。いや、よく見ると人間じゃない。輪郭が時々ノイズのように歪む。目元も口元も曖昧で、ピントが合わない。
そして何より――声が棒読みだ。
「こちらでは、あなたの人生を評価し、次のステージへ送るかどうかを判定いたします」
「……次のステージ?」
「はい。いわゆる異世界転生です。勇者、魔王、スローライフ、なろう系テンプレ、何でもござれ。あなたの物語性に応じて、適切な転生先をご用意します」
「は?」
俺は思わず、声を裏返した。
なんだその雑な説明は。死後ってそんなシステムだったのか? というか、物語性ってなんだ。
「では、さっそく評価を開始します」
AI的な何かが手をかざすと、空中に俺の人生がログとして再生され始めた。過労死までの27年間が、秒単位でスキャンされていく。
「……誠実。責任感が強い。対人ストレスに強く、部下からの信頼も……うーん、まあまあ。はい、評価結果、出ました」
男の口元がにやけたように見えたのは、たぶん気のせいじゃない。
「転生審査評価――『ドラマ性なし・展開性なし』不採用です」
「……は?」
その言葉が、頭にすっと入ってこなかった。
「つまりあなたの人生は、起伏がなく、物語的に面白みに欠け、転生先での再利用価値がないと判断されました」
「いやいやいや、ちょっと待て。俺、努力してきたぞ? 無茶な納期もこなしたし、誰かのために、ずっと――」
「他人のために生きた結果、自己を見失い、無個性化。はい、よくあるパターンです」
言葉の刃が、胸に突き刺さる。
何だそれ。何がよくあるだ。
俺の人生は、そんな薄っぺらいテンプレじゃない。何千もの夜をすり減らして、必死に生きてきたんだぞ。
「それでは、こちらへどうぞ。再スカウト対象外の方には、スクラップ世界をご用意しております」
「スクラップ……?」
「異世界にも行けなかった方々の墓場です。がんばってくださいねー」
ニッコリ、と映像的な笑顔が浮かんだ直後、足元の床が抜けた。
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「うおおおおおおおおお!?」
俺は空を落ちていた。
いや、空というより、裂けた空だ。白い世界が剥がれ、ノイズまみれの空間が広がっている。下には瓦礫と黒い霧、歪んだ塔やバグった地形が散在していた。
そして、地面に叩きつけられる寸前――ふわりと、着地した。
……え、痛くない?
周囲を見ると、空間の一部がモザイクのように崩れている。まるで、壊れかけのゲーム世界に迷い込んだような景色だ。
「ここが……スクラップ世界……?」
呆然としていると、遠くから声がした。
「……また来たのか、新入りか?」
振り向くと、ボロボロのコートを羽織った若い女がいた。髪は明るいが、目は笑っていない。
「ようこそ、落選組の墓場へ。こっちは香坂ミサト。元・アイドル志望。あんたは?」
「……藤間誠。元・中間管理職。死因は過労死」
「ははっ、地味だな。私も大概だけどさ」
そう言ってミサトは、どこか嬉しそうに笑った。
そのとき、俺は初めてこの世界に、人間の温度を感じた。
「どうせなら、一緒にいたほうがマシだよ。ほら、あっちにもう一人いるし」
ミサトが手招きした先には、さらに若い少年がうずくまっていた。
「……厨二病系だよ。名前はたしか、石堂マコト」
同じ名前かよ、と思いつつ、俺は彼の隣に腰を下ろした。
ここは、選ばれなかった者たちの世界。
けれど――
どこかで、何かが始まろうとしている気がした。