これは未来のひとつです
「これから見る動画の感想を文章にする時間です」
暗幕を引いた教室で先生が授業内容を説明する。
教室の外では小鳥のさえずりが聞こえてきた。
先生が端末を操作しだす。
生徒たちの目線が黒板に集まっていく。
「それじゃ流すわね」
先生がそう言うと動画が始まった。
☆ ☆
――これは遠い遠い未来の話。
黒い画面の中ナレーションが語りだす。
――幾多もの分岐の果てにある可能性の物語。
場面は教室へと変わり子会話の場面を映した。
『今日から新学期です。自己紹介をしましょう』
先生が機械音声で授業を始める。
『私の親はふたりとも女性です』
名乗ったあと女の子が自分の親のことを話す。
『俺は父親と異性クローンで産まれた子です』
次に男の子がしゃべる。
『僕は細胞を培養して生まれました』
親は二人ともロボットと男の子は言う。
自己紹介は続いていく。
『ありがとうございました。私もロボットです』
自己紹介が終わると先生は身の上を明かす。
『さてご存じの通り今年度で通学制度は終了します』
『来年度からは自宅学習ですか?』
『はい。我々ロボットが個別指導します』
先生役のロボットが淡々と説明していく。
『一人ひとりに合わせた授業になります』
よろしくお願いしますとロボットは頭を下げた。
ロボットが顔を上げほほえむと動画は終わる。
☆ ★
動画が終わると先生はボタンを押す。
暗幕が開いていき、教室に光が差し込む。
その教室では生徒たちのどよめき声が満ちていた。
「え?学校終わるの?」
「なにこれ?科学技術の話なの?」
「わずらわしさから解放されるなら良い未来じゃん」
生徒たちが思い思いに言葉を発していく。
「質問の時間を始めるわね。なにかありますか?」
生徒が落ち着いてから、先生は話を始めた。
「先生、これはなんの動画ですか?」
「科学技術が極度に発達した未来の話よ」
「この動画から感想文を書くんですか?」
「そうね。感想文だから思ったことを文章化してね」
「なにを書けばいいんですか?」
次から次へと生徒が質問を出す。
先生はひとつずつ答えていった。
「動画の素直な正直な感想を先生は欲しいです」
再び教室がざわめきだす。
「なら先生はどんな感想を出しますか」
ざわめく中、クラス委員の子が大きな声で聞く。
「私個人としては真ん中を行ってほしいかな」
教室が静まるのを待ち先生は自分の答えを言う。
そのあと黒板にモニター画面が投射される。
白い画面にタッチペンで線が引かれていく。
「かつてアポロ計画がありました」
引き終えると先生は授業を始めた。
「人々は諸手を挙げて科学技術を歓迎したそうよ」
先生は片側の線の端に科学技術と書く。
「時を経てクローン羊のドリーが誕生しました」
生徒たちは先生の話を注意深く聴いていた。
「人々は猛反発したと記録に残されてるわ」
先生はもう片側の線の端に人の心と書く。
「つまり人の心と科学は直線の端と端にあるの」
「この真ん中にいることが先生の答えですか?」
「そういうことになるわね」
納得したのか、クラス委員の子は席に座る。
「人づきあいが減ってラッキーと思う子もいます」
それを見届けて先生は話を再開した。
「コミュニケーションが減って残念がる子もいるわ」
生徒の何人かが首を縦に振る。
「これら一つひとつが正解なの」
直線の端の下にコミュ増とコミュ増が書かれた。
「ちなみに先生ならやっぱり真ん中を選んじゃうな」
先生はそう言って笑う。
生徒たちの中からも笑みがこぼれた。
(質問の時間は終わってよさそうね)
先生は生徒たちを見る。
早い子は下書きを始めていた。
(教壇からだとみんなの動きよくわかるな)
先生は微笑すると生徒たちに視線を向ける。
「ならそろそろ始めよっか」
一斉に生徒の目が端末に向けられた。
★ ★
「提出期限は明日の朝までです」
この言葉でほっとした様子の生徒が何人かいた。
「それじゃスタート」
みんなは思い思いの感想を文章化し始めた。