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10万人に声かけしたエントナンパ師が明かす 運命を変える異世界ナンパ術

作者: さば缶

1.

 ここは森の入り口にある小さな町。

人と魔物が行き交う通りの片隅で、大きな樹の姿をしたエントが悠然と体を揺らしていた。

たくましい幹にはひび割れが走り、枝分かれした腕に薄緑の葉が揺れている。

そして、彼は静かに人間の女性を見つめていた。


「ねえ、そこのお嬢さん。僕の木肌、ちょっと触れてみる気はないかな。根っこから染み出る樹液より甘い言葉を、君にだけ囁いてあげたいんだ」

「い、いえ。私はそんな…」


 彼女が戸惑う声を上げると、エントはちょっと枝をしならせて優雅におじぎをした。


「慌てないで。君の瞳は朝露に光る花のように輝いている。その美しさを愛でるためには、じっくりと根を張るような時間が必要なんだ。もし良かったら、一緒に少しだけ散策でもどうかな」


「え……そ、そうですね。じゃあ少しだけ…」


 彼女はうっすらと笑みを浮かべ、エントの隣を歩き始めた。

二人は森の小道を抜け、町の広場へ向かう。


「この体は少し大きいから、歩幅は合わせにくいかもしれない。もしつまずいたら、僕の枝をつかんでくれていいからね」

「なんだか頼もしいですね。けれど、あなたエントなのにやけに口が達者というか…慣れてらっしゃいます?」


「ん?それは企業秘密さ。僕は森で生まれ、森で学び、そして森の淑女たちの心を少しだけ研究してきたんだ。もちろん、人間の淑女も同じくらい魅力的だと知ってしまったからには、声をかけずにいられなくてね」


「なるほど…何人の女性を口説いてきたのか、聞くのは野暮かしら」


「安心して。数は数えられないけれど、みんな笑顔になってくれたと信じているよ。僕は決して強引な根の張り方はしない。ゆっくり、優しく寄り添いたいだけさ」


 広場に着くと、彼女は近くのベンチに腰を下ろした。


「ちょっと休憩しませんか。あなたの話、もう少し聞きたいんです」

「僕の話ならいくらでも。けれど、まずは君のことも知りたいな。好きな花はある?森での散歩は好き?」


「そうですね。花はスイレンの香りが好きで、森は子どもの頃から大好きです」


「スイレン。優雅で穏やかで、まるで君のようだね。もし許されるなら、今度はスイレンの咲く湖に案内したい。僕が枝で水をかきわけて、君の足元を濡らさないようにしてあげるよ」


「ふふ…本当に口が上手なんですね。けど、不思議と嫌な感じがしないから不思議です」


 彼はゆっくりと葉を揺らし、女性に向き合った。


「ありがとう。僕はただ、木々と同じようにまっすぐに想いを伝えてるだけさ。君の優しい心を、もっとそばで感じたいんだ」

「…もう。少し恥ずかしいですけど、あなたの言うこと、嘘じゃないって気がします」


 彼女が柔らかな笑みを浮かべたとき、突然通りから別の女性たちが彼に気づき、大勢で駆け寄ってきた。


「キャー!あのエントさん、また来てたのね!」

「前に聞いた森の秘密の場所、教えてほしいわ!」


 女性たちに囲まれ、にこやかに応じるエント。

彼女は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑いながら立ち上がる。


「なるほど、モテるっていうのはこういうことなのね…。でも私、待ってますよ。あなたがもし、またスイレンの咲く湖に誘ってくれるなら」


「もちろんさ。君のことを放っておくほど、僕の根は歪んじゃいないよ。また必ず迎えに行く。何しろ、僕はこの森一番のナンパ師だからね」


 そう言って彼は枝を広げて女性たちを魅了しながらも、ちらりと彼女に視線を投げる。

そして、風が吹いて木の葉がさざめく音と共に、彼は満足げにその場に根を下ろした。


2.

 翌日、町の広場には昨日と同じようにエントが佇んでいた。

彼は周囲の女性から声をかけられながらも、昨日の彼女を一目見つけると風に乗るように近づいてくる。


「待たせたね。君をスイレンの湖へ誘う前に、どうしても受け取ってほしいものがあるんだ」


「え?何ですか…」


 彼女が首をかしげると、エントは枝をしならせて太い幹の奥から丸い果実を取り出した。

光沢のある深紅の皮に、ほのかに甘い芳香が漂っている。


「これ、君のために育んだ森の果実さ。ほら、皮は薄くて指で優しく撫でるだけで甘い汁が滲む。味は熟れた蜜のように濃厚だけど、決してくどくない。ほんのり酸味もあるから、食べ終わった後も爽やかな香りが口の中に残るんだ」


「すごくいい匂い…見た目も宝石みたいで綺麗ですね。まるで熟れたルビーみたい…」


「森の大地の恵みを目いっぱい吸わせた自慢の果実さ。君に一番に食べてほしくて、しっかりと根を張って心を込めて実らせたんだ。受け取ってくれるかな」


「こんなに素敵な贈り物、断る理由なんてありません。ありがとうございます」


 彼女は果実を手に取ると、その艶やかな皮の表面をそっと撫で、エントを見上げた。


「少し一緒に味見してみてもいいですか?あなたも、この果実を育んだなら美味しさを確かめたいでしょう」


「もちろんさ。けれど、僕は自分の実よりも君のほほが染まる姿のほうに興味があるね。きっと果実以上に甘い瞬間だと思うから」


「また、そんな口説き文句ばっかり…。でも不思議と悪い気はしないんですよね」


 彼女が小さく笑うと、エントは満足げに枝を揺らした。


「さあ、スイレンの湖へ出発だ。果実を食べ終わる頃には、ちょうど湖の美しい花が迎えてくれるはず。僕が水辺で枝を差し出すから、思う存分花を眺めようじゃないか」


「ふふ、そうですね。あなたの優しいお誘い、今日も楽しませてもらいます」


 そう言って彼女は果実を抱えたままエントの隣を歩き始める。

森に続く道を進む二人の後ろ姿は、まるで木漏れ日と揺れる葉のリズムに溶け込むように並んでいた。

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