配信者
「フォッフォッフォッフォッ。ところで娘さんの名前はなんと申すのかな?」
サオリはとっさに、先程モーリーから言われたセリフを真似したくなり、実践してみることにしたのであった。
「あのぅ、人になま、」
「わしは、トミゾウじゃ。フォレスト・トミゾウじゃ。申し遅れたわい」
モーリーのマネをして、死ぬ前に一度は(もっとも、リアルライフでは死んでしまったわけだが)発してみたかった憧れのセリフを発する前に、被せるように自己紹介をされたため、その試みは失敗してしまった。
「私はサオリ・ディスティニーです」
「サオリさんか、ではいくぞい、オヂキメラ討伐にぃ!」
「トミゾウさん、よろしくお願いします」
「トミゾウでええぞい。それに、敬語も使わなくていい」
「わかったわ、それで、どうやってオークボパーク内に入るの?」
「いい質問じゃ。このオークボパークに入るためには、北側の扉から入る必要がある。北側に唯一、鍵付きの扉があるのじゃ」
「そこまでいくってことね。でも鍵なんてないじゃあない。トミゾウジジイ、トミ爺は持ってるの?」
なぜか突然、トミ爺と呼びたくなってしまい、サオリはそのように呼称してみた。この命名に対して、なにか言及されるかと身構えていたが、とくに触れられることもなく、このようにつづいた。
「持っておらんわい」
「持ってないの?持っていなかったら、中に入ることが、できないじゃない」
「いまは持っていないが、小屋にいけばわかるて。扉の左側に小屋があるんじゃ」
こうして、時計回りに北側の扉に向かって二人で歩いていった。相変わらず、10メートル程度の感覚で女性が暇そうに佇んでいたり、あるいは、主に壮年の男たちと交渉をしていた。中には、若めの遊び人と言った風情の男がフレンドリーに、自分は他のジジイとは違うとでも言いたげな表情で話しかけていた。会話の内容を盗みぎきしてみると、このような話をしていた。
「さいきんどう?景気いい?はい、このジュースを飲みなよ(牛乳瓶のような容器にコルクの蓋がされたオレンジ色の液体が入ったのを差し出す)」
「えーうれしい、ありがと。全然お客さん引けないよー」
「俺みたいな差し入れしてくれる男、助かるでしょ。それにこの近辺にはろくな男がいないし。差し入れしてくる男、として、覚えておいてね~」
寒気がしてきた。はっきりいえば、こういうのが最も嫌だった。低価格で女性とお喋りして、あわよくばタダで楽しいことをしようと試みているのが見え見えだった。などと考えながら歩き進めると、そのうち、どこからともなく野次が飛んできた。
「おっとっと!交渉成立ですかい!!楽しんで~」
チャラチャラして、とてもオヂキメラを倒せそうもない軟弱者からそのような声を浴びせられたり、あるいは、なにか、魔法で作成したのか、モニタのようなものを眼前に映し出して一人でブツブツ喋っている怪しい男が、このように呟いていた。
「お、どうやら。あのお爺さんと、美女が二人でどこかで消えていくようです。年齢差がすごいです。え、もしかしてあのお爺さんは伝説のフォレスト・トミゾウじゃないですか?え、なんでいるの?皆さん!もしかして、これから、世界が動くかもしれません」
「お~い。そこの、丸聞こえじゃぞ」
「あ~やばいです。配信しているのがバレてしまいました。一旦退散します。(声を張り上げて)失礼しました!オヂキメラ討伐頑張ってください!」
「わかったぞい」
このフォレスト・トミゾウとは一体何者なのか、謎が深まった。
そうこうしながら歩いているうちに、オークボパーク北側の鍵付き扉前に到着した。どうにもその扉は、転生前にサオリが暮らしていた世界で観たのとあまり変わらず、把手を回しておそらく、押すか引くかして開けるタイプだった。
左側に小屋があり、小屋の中をガラスごしにのぞくと、あまり仕事ができそうとは言えない、身長が低く小太りの男がなにか本を読んでいた。
「おーい。わしじゃ!扉をあけてくれんかの!」
トミゾウが小太りの男に声を張り上げると、彼は一瞥した。なんとなく、期待が込もったような顔をしているかのように見えた。