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現在――久々の平穏?

 村が襲われたあの日から数日が過ぎた。

 隼人たちは、ようやく落ち着きを取り戻していた。


 数日間は慌ただしくも充実していた。

 祭りで遊び疲れたり、冒険者ギルドで依頼をこなしたり、いつも以上に忙しい日々を過ごしていた。


 そして、ナノちゃん、ライナー、マリアは、王城の応急修理が完了したとのことで王城へ戻っていった。

 フロリアもバステオン・アークが到着したという事で帰還し、日常の喧騒が戻りつつあった。

 

 彼らと別れを惜しむ間もなく、時間は流れていき、今日ようやく隼人たちは久々に穏やかな朝を迎えた。


「今日はみんな好きに過ごそうか」


 朝食後、隼人が提案すると、リーシャが元気よく賛成した。


「賛成!ハヤトもノアも、たまにはゆっくりしないとって思ってたのよね!」


 リーシャは腕を組んで笑顔を見せた後、思い出したようにノアの手を引っ張った。

 

「よし、早速買い物行こ!ノア、準備してきて!」

「ちょ、ちょっと待ってよ!準備くらいさせて……!」


 ノアは苦笑いを浮かべながら自分の部屋へ戻っていった。


「……さて、俺も少し街をぶらついてくるか」


 隼人は立ち上がり、軽く伸びをしてから玄関に向かった。

 

 太陽が暖かく照らす穏やかな昼下がり、隼人はのんびりと街を歩いていた。

 行き交う人々や店先の賑わいを眺めながら、特に目的地も決めず、ただ気の向くままに足を運んでいた。


「あー、やっぱこういう時間も大事だよな……」


 人混みを避けるように裏通りを歩きながら、隼人はふと呟いた。

 冒険者としての生活は刺激的で楽しいが、たまにはこうしてのんびりするのも悪くない。


 しかし気がつけば、彼の足はある特定の場所へ向かっていた。

 それは小さな看板の掛かった古びた店――呪術屋だった。


「……ん?」


 ほとんど無意識のうちにその店の前に立っていた自分に、隼人は首を傾げた。

 

「なんで俺、ここに……?」


 店の前に立つと、薄暗い窓から漂う独特な雰囲気が感じ取れた。

 どこか懐かしく、それでいて得体の知れない空気。


「まあ、こういうこともあるか」


 自分の行動に疑問を抱きつつも、特に深く考えることなく、隼人は扉を押して店内に足を踏み入れた。


 扉を開けると、鈴の音がかすかに響き、薄暗い店内の空気が隼人を包み込んだ。

 独特な香の匂いと、どこか神秘的な雰囲気は以前と変わらない。


 店内の商品棚には奇妙な道具や、古びた瓶、怪しげな彫像が所狭しと並べられている。

 隼人は思わず目を奪われながら、店内を歩き回った。


「また来たのかい……お前さん」


 背後からしゃがれた声が聞こえ、振り返ると老婆がカウンターの奥から現れた。

 背中を丸めたその姿は以前とまるで変わらない。


「いや、なんでか分からないけど、ここが気になってさ」


 隼人は肩をすくめながら答える。


「ふん、まあいいよ」


 老婆は隼人をじろりと見て、にやりと笑った。

 

「どうせ、今回は依頼で来たわけじゃないんだろう?欲しい商品があるなら持ってきな」


 老婆は隼人に目を細めながら、軽く手を振って促した。

 カウンター越しに肘をつきながら、隼人の動向を観察するような視線を向ける。


 隼人は少し肩をすくめながら店内を見回した。

 棚の隅には怪しげな骨董品や、不気味な模様が彫られた小瓶が並んでいる。

 どれも使い方や効能が想像もつかない代物ばかりだ。


 ふと、隼人の目に小さな瓶が映った。

 以前、依頼で届けた荷物の中に混ざっていたものと同じように見える。

 その記憶が蘇った隼人は、ぽつりと口を開いた。


「実はさ、前に頼まれて届けた『弱いモンスターや獣を遠ざける効果の薬』って、どんな薬だったんだ?なんか懐かしいにおいがしたんだよな……」


 老婆はその言葉に一瞬眉を動かし、興味深そうに頷いた。

 

「……企業秘密なんだがねぇ」


 老婆は笑いながら店の奥へと消え、何かを探し始めた。

 棚の隙間から物をかき分ける音がしばらく続いた後、彼女は小さな瓶を手に戻ってきた。


「ほらよ、これだ」


 老婆は瓶をカウンターの上に置くと、その中身を指さしながら得意げに話し始めた。


「この薬にはね、特別な成分が使われてるんだよ。古い技術から生まれた『蒸留油』って代物だ。聞いたことがないだろう?」


「蒸留油……それが臭の正体か?」


 隼人が問いかけると、老婆はにやりと笑った。

 老婆は瓶を指先で転がしながら、さらに話を続けた。

 

「この調合にはね、特殊な材料と技術が必要なんだよ。だがまぁ、あたしの腕にかかればこんなもんさ」


 隼人は瓶をじっと見つめた。


「なるほどな。懐かしい臭いだと思ったけど……なんでそんなものがここにあるんだ?」


 老婆が口を開こうとしたその時、店の扉が音を立てて開いた。

 冷たい風が店内に流れ込み、錆びた風鈴がかすかに揺れる音を立てる。


 入ってきたのは長い髪を風になびかせた女性だった。

 その顔を見た瞬間、隼人の表情が強張る。


「私も聞きたいわね、それ」


 その女性――アストリスが、何事もなかったかのように呪術屋の中に入ってきた。


「なっ……お前は!」


 隼人は驚愕の声を上げ、反射的に剣の柄に手を伸ばす。


「あら、久しぶりね」


 アストリスは口元に薄い笑みを浮かべ、軽い口調で応えた。

 老婆がふんと鼻を鳴らして呟く。

 

「なんだい今日はお客がよく来るねぇ。珍しいこともあるもんだ」


 アストリスは老婆の方に向き直り、怪しげな薬瓶に視線を移す。

 

「その油、なんでここにあるの?」


 老婆は目を細め、胡散臭そうな笑みを浮かべながら肩をすくめた。

 

「さっきもそこの男に言ったけどね、材料と技術であたしが作ったものさ。企業秘密だよ」


 アストリスはその答えを聞いて一瞬黙り込み、次に薄く笑った。

 

「そう、あなたが作ったのね。……確かに少し成分が違う。残念だけど……、違ったわね」


 どこか落胆したような声だった。

 隼人は必死に冷静を保ちながらも、声を荒げて言った。

 

「なんでお前がこんなところにいるんだ!?」


 アストリスは隼人の言葉を聞くと、首を傾げて小さく笑った。

 

「前に会った時もそうだけど、臭いに導かれたの。だからこの店に私が来るのは自然なことよ」


 その返答に、隼人は前回の戦闘でアストリスが「臭い」に反応していたことを思い出す。

 記憶がよみがえる中、隼人の手は剣の柄に再び力強くかけられる。


 しかしその時、老婆が杖を床に打ち付けて鋭い声を上げた。

 

「暴れるんなら店の外で暴れてくんな!ここでやられたらあたしの商売あがったりだよ!」


 隼人は一瞬言葉を詰まらせたが、確かにその通りだと思い直し、アストリスに向けて低い声で言った。

 

「外に出ろ」

「仕方ないわね」


 アストリスは肩をすくめ、軽やかに店の外に出ていく。

 隼人も後を追い、外に出ると剣を構えた。

 アストリスはそんな隼人の様子を見て、片手を腰に当てながら軽く笑う。


「今日は何もしないわよ」


 その言葉に隼人は動揺したが、警戒を解かずに睨み続けた。


「武器を仕舞ってちょうだい」


 アストリスは隼人を見つめ、まるで平然とした態度で言葉を続ける。

 剣を握る隼人の目は鋭く、アストリスに向けられた警戒心は一切緩むことがなかった。

 

「どうやってここに来たんだ?それに、あの老婆――なんでお前が見えている?」


 アストリスは隼人の剣先に目もくれず、肩を軽くすくめながら答えた。

 

「普通に歩いて入ってきただけよ。王都のセキュリティ網は貧弱ね。拍子抜けするくらい」


 隼人は眉をひそめたが、アストリスはさらに言葉を続けた。

 

「それに、時間軸を少し調整すればこの時間軸の観測者にも認識できるようになるわ。前はその調整をしていなかっただけのこと。『フューエリオニック』の情報収集に不便だったから、仕方なくね」


 その説明に隼人は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに厳しい口調で返した。

 

「前回は問答無用で襲ってきたくせに、今日はどうしたんだ?」


 アストリスはわずかに視線を伏せ、やがて薄く笑みを浮かべながら答えた。

 

「そうね……前回は、『ヴァルゴート』――今はナノちゃんだったかしら。彼女が無理やり服従させられていると思ったからよ」


 隼人の表情が険しくなる中、アストリスは続けた。

 

「でも、前回の戦いのさなかにナノちゃんの制限が解除されたでしょう?それなのに、彼女はあなたたちに加勢した。あれでわかったの。ナノちゃんはあなたたちの意思に従っているんじゃない。彼女自身の意思で一緒にいるんだって」


 その言葉に、隼人は少し動揺を隠せなかった。

 アストリスの視線は冷静だったが、隼人を威圧するような敵意は感じられなかった。


「だから私はもう、あなたの敵ではないわ」

「……フロリアには明確に敵意を向けて襲ったらしいじゃないか。それはどう説明する?」


 隼人の問いかけに、アストリスは「ああ」と短く頷いた。

 

「最後に襲ってきた機動兵器のこと?そうね、あれは敵よ。それは昔から決まっていることなの」

「敵だと……?」


 隼人は警戒心を強め、剣を再びしっかり握り直した。

 アストリスはその様子を見て、わずかにため息をついた。

 

「もういい加減にその剣を降ろしたらどう?聞かれたことには全部答えたわ。私の今の目的はあなたたちじゃない」


 その言葉に隼人は一瞬迷いを見せたが、アストリスの表情には確かに敵意が感じられない。

 しかし完全に信じるわけでもなく、慎重に剣を下ろして鞘に戻した。


「ようやくね」


 アストリスは軽く笑みを浮かべると、視線を隼人から逸らして呪術屋の店先を見渡した。

 隼人はアストリスを睨み続けたが、その剣がもう抜かれることはなかった。

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