過去――時の流れと消えゆく乗組員たち
バステオン・アークが惑星に着陸して数週間が経過した。
艦内では、目の前の危機を乗り越えるべく様々な取り組みが進行していた。
艦長の命令で、惑星およびその周辺宙域を監視するための支援衛星が複数基打ち上げられていた。
衛星群は互いに連携し、高度な監視ネットワークを構築する。
これにより、敵の新たな襲来や未知の宙域現象をいち早く感知することが可能となった。
「艦長、衛星群の展開が完了しました。現在、軌道上で安定稼働中です」
紗良の冷静な報告が艦橋に響く。
「よし、惑星を中心とした半径10光年内の監視を徹底しろ。敵の動きがないとしても油断するな」
「了解しました」
紗良が端末を操作し、監視データをリアルタイムで表示する。
しかし、敵の襲来どころか恒星防衛軍本部や周辺宙域との通信すら繋がらない日々が続いた。
「本部からの応答は?」
艦長が通信士に問うが、返ってくるのはいつも同じ答えだった。
「ありません……依然として沈黙を保ったままです」
「敵の反応も皆無か……」
艦長は額に手を当て、深いため息をついた。
「この惑星が平穏なのは幸運だが、いつまでもこうしているわけにはいかない」
補給問題が顕著になり始めたバステオン・アークでは、支援衛星を活用し、惑星内の資源探索を進めることが決定された。
「紗良、惑星内における資源調査の結果を報告しろ」
「惑星内には十分な量の鉱物資源や水源、さらに食糧として利用可能な植物も確認されました」
紗良は地図上に調査結果をホログラムで表示した。
「これでしばらくは凌げるな……だが、採掘や加工を行うための人員が限られている。紗良、お前が管理している支援機動兵器を稼働させ、資源収集を効率化させろ」
「了解しました。支援機動兵器5体を稼働させます」
紗良のホログラムが微かに光り、地下の格納庫から5体の大型機動兵器がゆっくりと動き出した。
それぞれが採掘用アームや搬送モジュールを装備しており、惑星表面での作業に適していた。
一方で、艦長を含む乗組員たちは、資源収集だけでなく、この惑星に先住している人類との接触を図り、情報収集に乗り出していた。
「艦長、惑星内に存在する小規模な居住地を発見しました」
探査部隊の一人が報告する。
「住民は先に移住していた人類のようですが、こちらを警戒しています」
「無理に接触する必要はない。必要に応じて支援を申し出る形で関係を築いていけ」
「了解しました」
また、バステオン・アーク内部では、紗良の指示のもと、支援用ホログラムが導入されていた。
このホログラムは、艦内の各システムを最適化し、乗組員たちの負担を軽減する役割を果たしていた。
「紗良、支援ホログラムの稼働状況はどうだ?」
「現在、ホログラムの稼働により艦内の稼働率は92%まで回復しました。乗組員の業務負担はおおよそ20%削減されています」
「良い傾向だ。引き続き維持してくれ」
こうして、バステオン・アークは惑星上における拠点を築き、孤立無援の中で着実に防衛体制と自立環境を整えていった。
艦長と乗組員たちは、それぞれが与えられた役割を全うしながら、この新天地での新たな日々を迎えていた。
それでも、誰もが心のどこかで本部からの通信を待ち続けていた。
「いつか、援軍が来る……」
艦長は小さく呟き、視線を惑星の遠い地平線へと向けた。
バステオン・アークが惑星表面に降り立ってから、数ヶ月が経過していた。
その間、艦長と乗組員たちは惑星内の資源を活用しながら生活環境を整え、通信の復旧と敵の襲来に備え続けていた。
しかし、最も重要な問題が浮き彫りになった。
「紗良、現在のワープ用エネルギー残量を確認しろ」
艦長が端末越しに指示を飛ばす。
「ワープ用エネルギーは現在、残量ゼロとなっています」
紗良が冷静に答えた。
「宙域到達時のワープにてエネルギーが完全に消費されたようです」
艦長は眉間にしわを寄せる。
「補充の見込みは?」
「惑星内の資源を調査しましたが、ワープ用エネルギーとして適合する物質は存在しませんでした」
紗良が地図をホログラムで投影し、調査結果を表示する。
「この惑星ではワープが可能なエネルギーを得ることは不可能です」
艦長は椅子に深く沈み込み、ため息をついた。
「つまり、この宙域に閉じ込められたも同然というわけか……」
敵の姿は見えず、援軍の気配もない。
艦内では「母星へ帰りたい」という声が自然と話題の中心になっていた。
だが、現在の宙域から母星までの距離は膨大で、通常航行では到達に数百年を要する。
唯一の希望であるワープも、エネルギーが尽きていたため、乗組員たちの心に影を落としていた。
復旧の兆しが見えない通信。
虚無に包まれた宙域。
進展のない状況が、彼らに次第に不安と焦燥をもたらしていく。
何かが変わるのを待つしかないという感覚が、彼らを縛り付け、孤立感をより強くしていた。
静寂の中に漂う艦は、彼らの精神をじわじわと蝕んでいく――。
「艦長、このままでは乗組員の士気が限界を迎えます」
紗良が疲労の色を浮かべた顔で進言する。
「彼らはこの状況に対する解決策を求めています」
艦長は一度目を閉じ、考え込む。
そして、目を開いた時には覚悟を決めた表情をしていた。
翌朝、艦内の全乗組員が集められた会議で、艦長は新たな方針を打ち出した。
「諸君、この惑星での生活が長期化するのは避けられない。我々はこの状況を受け入れ、生き抜く方法を模索しなければならない」
艦長の力強い声が艦内に響き渡る。
「そこで提案する。我々は惑星のさらなる開拓を進め、ここに住む住民たちとの交流を深める。これにより乗組員たちに休息を与え、少しでも閉塞感を取り除きたいと考えている」
乗組員たちはざわめきながらも、艦長の言葉に一縷の希望を見出したようだった。
「バステオン・アークの維持は紗良と支援システムが担う」
艦長が続ける。
「その間、乗組員たちはこの惑星を探索し、交流を深める活動を自由に行うことを許可する。緊急時には通信で呼び戻す」
乗組員の間から歓声が上がる。
「旅行だ!」
「久しぶりに開けた空を歩ける!」
「ただし、行動には十分注意しろ。未知の脅威が潜んでいないとも限らない」
艦長が念を押した。
その日から、バステオン・アークの乗組員たちは、開拓と交流、そして惑星の探索に勤しむ日々を迎えた。
彼らは初めてこの新天地の自然と向き合い、先住民たちとの会話や共同作業を通じて新しい絆を築いていった。
「艦長、これで少しは皆の顔に笑顔が戻るといいですね」
紗良がつぶやいた。
「そう願いたいものだ」
艦長は遠くの地平線を見つめながら答えた。
「この惑星が、我々にとって新たな始まりとなることを祈るしかない」
その言葉には、今なお彼らの胸に渦巻く希望と不安が滲んでいた。
惑星に降り立ってから、バステオン・アークの歴史は静かに、しかし確実に時の波に洗われていった。
当初、艦内で行われた生活は緊張感に満ちていたが、次第に乗組員たちはこの地での新たな生活に馴染み、艦外で暮らす者も増えていった。
数十年の時が流れる中で、乗組員たちは散り散りになった。
通信も徐々に途絶え、行方が分からなくなった者も少なくなかった。
中にはこの惑星の住民と家族を作り、新たな生活を築いた者もいた。
「ここが私たちの終着点かもしれない」
ある日、艦長が静かに紗良にそう話していたことを紗良は記憶している。
やがて艦長も高齢となり、この地で静かに息を引き取った。
その死は、紗良によって散らばった乗組員たちに連絡され、限られた人数ではあったが、彼らが一堂に会し、艦長の葬儀が執り行われた。
紗良は葬儀が終わると、艦内の記録として艦長の最後の言葉をデータに保存した。
「紗良、君にバステオン・アークの全権限を委譲する。私がいなくなっても、お前がこの艦を守り続けてくれることを信じている」
その言葉は、彼女の記憶の中で今も鮮明だった。
艦長の死からさらに数十年が過ぎ、バステオン・アークの時代は終わりを迎えつつあった。
乗組員のほとんどが高齢化し、次々と亡くなっていった。
家族を残した者もいたが、その多くは艦とのつながりを失い、新たな生活を選択していった。
惑星に降り立った日から数百年が経過した頃、バステオン・アークに残る者はもはやごくわずかだった。
マスターユニットの紗良と、支援用ホログラム、そして稼働可能な状態を維持している機動兵器が1体のみ。
「紗良様、バステオン・アークの最終稼働報告です」
支援ホログラムが冷静に状況を報告する。
「……了解しました」
紗良の声は静かだった。
今やバステオン・アークは、この惑星の大地に埋もれるようにして佇んでいる。
その機能は未だ失われていないが、その中を駆け巡る人々の声はもうなく、冷たい機械の音だけが響いていた。
「記録を続けます」
紗良が艦内の端末に向かい、呟くように言った。
「誰もいなくなっても、この艦が守り抜いた歴史を」
彼女の言葉に、支援ホログラムも一瞬の沈黙を見せたが、深く頷いた。
この惑星に佇む艦は、今や唯一、過去の証人としての役割を果たす存在となっていた。
そしてその静けさの中、紗良は目を閉じ、次に訪れる変化の日を待ち続けるのだった。




