過去――大戦の幕開け
旗艦『アーク・セレスティア』艦橋
旗艦『アーク・セレスティア』はその巨大な艦体を静かに宙域に浮かべ、コロニー群のラグランジュ点を中心に展開された防衛艦隊の中で、その威容を誇っていた。
艦橋内には張り詰めた空気が漂っている。
光のラインが網目のように走る大型モニターには、星系全体を示す戦略マップが浮かび上がり、次々と更新される情報がデータ表示の光点となって映し出されている。
司令官と呼ばれる男――短く刈られた銀髪に深い皺が刻まれたその顔は、何十年も戦場に立ち続けてきた歴戦の司令官のものだった。
彼は艦橋の中央に立ち、鋭い視線でオペレーターたちの報告を聞いている。
「――各艦、最終陣形を確認せよ。防衛網を形成しろ」
「艦隊は現在、戦闘陣形を維持。前衛戦艦群、第三コロニー宙域に位置を固定しました!」
オペレーターの一人が緊迫した声で報告する。
「良し、次の報告を待つ――」
司令官の低い声が響いた直後、艦橋全体に警告音がけたたましく鳴り響いた。
「報告!」
司令官が鋭く指示を出すと、モニターを注視していた別のオペレーターが蒼白な顔で叫ぶ。
「司令官! 前方宙域、エネルギー反応急上昇!」
「詳細を確認しろ!」
「エネルギー反応……、これは――転送波です!」
「転送波だと!?」
艦橋内にどよめきが広がる。
転送波――それは宇宙を越えて戦力や物資を一瞬で送り込む技術。
「転送規模を解析しろ!」
「解析中……!」
数秒の沈黙が艦橋を支配する。
数秒――それは戦場において永遠とも思える時間だった。
「解析完了! 転送反応は……戦艦規模の大規模な反応が複数確認されています!」
オペレーターの声は震え、目の前の数値に信じられないといった表情が浮かぶ。
「数は?」
司令官の声は冷静だが、その眼光には焦燥が滲んでいた。
「――複数の転送波……数百単位の反応が確認されます!」
「馬鹿な……」
司令官が思わず声を漏らした。
数百単位――それはこの宙域に展開する防衛艦隊の数を遥かに上回る規模だ。
「その転送波の座標は?」
「前方、ラグランジュ宙域の外縁部。直径30キロの転送ゲートが発生中!」
「ゲート……だと?」
艦橋内にいる全員がその事実を理解し、息を呑む。
「画面、転送波の発生座標を拡大しろ!」
「了解!」
モニターが瞬時に切り替わる。
そこには漆黒の宇宙空間に、まるで巨大な光の裂け目のように、青白い光のリングが浮かび上がっていた。
その中心部からは明滅する光の粒子が溢れ出し、次第に濃度を増していく。
「これは……間違いない。敵戦力が転送される予兆だ!」
司令官の言葉が重々しく艦橋内に響いた。
「全艦、第一級戦闘配備! 」
司令官の叫びに、オペレーターたちは即座に指示を展開し始める。
「了解、前衛戦艦群、転送座標への火力集中準備!」
「中距離砲台、発射準備完了!」
緊張に包まれた艦橋に、モニターの転送ゲートがさらに拡大表示される。
次第に光の中心から影のようなものが浮かび上がってくる――それは数十、いや数百の戦艦の輪郭だ。
「……見えてきました。戦艦群です!」
「数は?」
「……数え切れません! 視認できるだけで200、いや300隻以上!」
「……全艦に告ぐ」
司令官は艦橋内を見渡し、通信機に手を添えた。
「これより第一防衛線を展開する。敵は圧倒的だが、ここを突破されれば背後の星々は蹂躙される。――死力を尽くせ!」
「了解――全艦、砲撃準備完了!」
オペレーターたちの声が次々と上がる。
大量の戦艦の姿が完全に転送ゲートから現れ、艦隊の真正面に広がる。
「……完全転送を確認!これは……、司令官!転送完了した艦隊のIFFを確認。識別コードは恒星防衛軍のものです!」
通信士の報告に艦橋内がざわつく。
先ほど確認された巨大な転送ゲートから次々と姿を現したのは、恒星防衛軍の艦艇だった。
それらは恒星防衛軍の識別信号(IFF)を発信しており、一見すると味方に見える。
しかし、艦橋内の空気は重く、誰もその出現を喜ぶことはなかった。
「ですが……」
通信士の声はそこで詰まる。
「何か問題があるのか?」
司令官が鋭い声で問いかけると、通信士は不安げに続けた。
「通信を試みていますが、応答がありません!それどころか、艦隊の内部スキャンも全て弾かれています!」
オペレーターたちが慌ただしく指示を飛ばす中、モニターに映る謎の艦隊が徐々にアーク・セレスティアの艦隊に近づいてくる。
「……あれは、攻撃態勢か?」
砲術士官がモニターを見つめながら呟いた瞬間、敵艦隊の砲口が光を帯びた。
「砲撃が来るぞ! 各艦、回避行動を取れ!」
司令官の指示が飛ぶと同時に、謎の艦隊から放たれた光の雨が防衛陣を襲った。
「被害状況を報告!」
「第3、第5防衛艦が被弾、損傷甚大!」
「第12艦が撃沈されました!」
突然の砲撃により避けきれなかったアーク・セレスティアの艦内では、次々と報告される被害状況に、艦橋内の空気が一層重くなる。
「くそっ! 我々を攻撃してくるというのか……!」
「司令官、どうされますか?」
参謀が問いかける。
「迷う余地はない。攻撃を開始する!」
司令官の声が艦橋内に響き渡った。
「 転送してきた恒星防衛軍艦隊を敵艦とみなし、全艦、一斉砲撃を命じる!」
「了解! 全砲門、敵艦隊へ照準を固定!」
艦橋内のオペレーターたちが慌ただしく動き、次の瞬間、防衛艦隊の砲火が一斉に放たれた。
謎の艦隊との交戦が続く中、オペレーターたちはその動きに異変を感じ始めた。
「司令官! 敵艦の動きに精彩がありません……どうも無人で航行しているように見えます」
「無人艦だと? ならば、それらを操作しているのは何者だ?」
「わかりません……ですが、あの規模の無人艦隊を維持できる技術は未知のものです!」
「解析に時間をかけている暇はない! 撃墜するんだ!」
司令官の言葉が艦橋内の緊張をさらに引き締めた。
だが、無人艦隊であることが判明したことで、士気はやや上がったかに見えた瞬間、オペレーターから新たな報告が飛び込んでくる。
「司令官! 新たな転送波を確認!」
その言葉に全員の視線がモニターに向けられる。
次の瞬間、大量の光が転送ゲートから溢れ出し、数千、いや数万に及ぶ小型機の群れが現れた。
「これは……!」
オペレーターたちが驚愕の声を上げる。
「報告! 小型戦闘機と思われる物体が転送されました。その数、膨大!数え切れません!」
「これは総力戦だ……パラディン部隊を全機発艦させろ!」
「了解! パラディン部隊、全機発艦命令を発令!」
旗艦『アーク・セレスティア』を筆頭に、全艦の格納庫が開き、数百機の巨大な機体が次々と発進していく。
その姿は、まるで光の矢が闇を切り裂くかのようだった。
「全パイロットに告ぐ。敵の小型機群は無秩序に動いているが、数の脅威は計り知れない。隊長機を中心に連携を保て!」
「了解! パラディン隊、各小隊ごとにフォーメーションを維持!」
小型戦闘機群とパラディン部隊の衝突は避けられない状況となり、戦場は新たな局面を迎えようとしていた。
「ここが踏ん張りどころだ……全艦、持てる力を尽くせ!」
司令官の声が、激化する戦いの中で静かに響き渡った。
ラグランジュ点に広がる虚空が、無数の閃光で埋め尽くされていた。
パラディン部隊は驚異的な速度と精密さを駆使し、敵の小型戦闘機群を迎撃している。
「第3小隊、左翼を固めろ! 敵の突破を許すな!」
「了解! 全機、フォーメーションCへ移行!」
パラディン部隊の隊長たちが次々と指示を飛ばし、各小隊は連携を維持しながら果敢に敵を迎え撃つ。
しかし、数の暴力ともいえる敵の膨大な群れに押され、徐々に隊形が崩れ始めていた。
「第7小隊、被弾! 機体損傷率40%!後退を要求!」
「後退を許可する。第4小隊、穴を埋めろ!」
絶え間ない指示の応酬が無線を通じて飛び交う中、パラディン部隊の操縦士たちは疲労と焦燥を抱えながらも必死に戦い続けていた。
「司令官、パラディン部隊が敵小型機群を押してはいますが、撃墜率が追いつきません!」
オペレーターが緊迫した声で報告する。
「分かっている! 現状で被害状況をまとめろ!」
オペレーターが次々と報告を上げる。
「第3防衛艦、敵小型機の自爆攻撃により中破!現在、機能停止中です!」
「第10、第15艦が撃沈されました!損失甚大!」
司令官は拳を握りしめたまま、冷静な指揮を続ける。
「各艦隊は極力距離を保ちながら、集中砲火で小型機群を減らせ! コロニー群と惑星の防衛を最優先に!」
「了解!」
司令官は即座に避難指示を出すことを決断した。
「通信士、全コロニー群と惑星の居住地に緊急避難を通達しろ! 緊急事態だ!」
「了解! 各コロニーの防衛網に避難指示を送信します!」
通信士が慌ただしく指示を送り始める中、艦橋のモニターには燃え上がる艦船や爆発する敵機が映し出されていた。
「司令官、コロニー側より応答。避難準備に入ります。ただし、時間が必要とのことです!」
「一刻を争う状況だ。全速で急がせろ! 」
司令官は次の指示をオペレーターに向けた。
「恒星防衛軍の本部に緊急連絡を取れ。敵の戦力が我々の予想を遥かに上回る。即時増援を要請する!」
「了解! 緊急通信を送信中!」
オペレーターたちが緊張した面持ちで端末を操作する。
その最中、司令官の目に移る戦場は、敵の小型機群によって押し潰されそうになっていた。
「司令官、通信は送信しましたが……応答に時間がかかりそうです!」
「くそっ……!」
艦橋内の士官たちは誰もが疲労の色を隠せない所に、更なる急報が舞い込んでくる。
「敵の転送波が再度確認されました!」
「なんだと……。規模は?」
「現在解析中ですが、これまでの転送に比べてもさらに大規模である可能性が高いです!」
司令官はその報告に顔をしかめた。
戦場の静寂を切り裂くように、新たな脅威が迫っていることを彼は確信していた。
「まだ来るのか……!」
旗艦『アーク・セレスティア』とその艦隊は、まさに決死の防衛戦の最中にあった。




