冒険者ギルドへ――再び動き出す一行
陽の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋の隅に置かれた時計はもう昼に近い時間を刻んでいた。
静かな空間の中、ふと隼人は目を覚ました。
普段なら機械的な警告音やシステムメッセージに起こされるが、今日はそれがなく、妙に心地よい――何か美味しそうな香りが漂ってきていたからだ。
「……ん?なんだ、この匂い……?」
寝起きの頭で考えながらベッドから体を起こし、フラフラと立ち上がる。
隼人は軽く伸びをしながら、香りのする方――キッチンへと向かった。
キッチンに足を踏み入れると、そこには意外な光景が広がっていた。
フロリアがエプロン姿で鍋をかき回し、隣にはナノちゃんが得意げに立ち、何やら材料を切ろうとしている。
鍋からは湯気が立ち、部屋中に出汁の香りが広がっていた。
「おはようございます、ハヤト様」
フロリアが穏やかに微笑み、手を止めずに挨拶をする。
「お、おう……何してんだ?」
隼人は少し驚いた様子で問いかける。
「置かれていた食材を使わせていただき、簡単な食事を作っています」
フロリアは鍋を確認しながら、流れるように答えた。
すると、隣にいたナノちゃんが満面の笑みを浮かべて胸を張り、嬉しそうに声を上げる。
「ねぇねぇ!ナノも作ったんだよ!すごいでしょー!」
「おお、そうなのか」
隼人は軽く笑いながらナノちゃんの頭をポンポンと撫でた。
リビングの方から足音が聞こえ、次々と人が集まってきた。
まず姿を現したのはノアだった。
寝ぼけ眼を擦りながら、ふわふわの髪が少し乱れている。
「ん……いい匂い……。何作ってるの?」
「朝昼兼用の食事をご用意いたしました。恐れ入りますが、倉庫にあった食材を使わせていただいております」
フロリアが優雅に答えると、ノアは笑顔で返した。
「気にしないで、全然大丈夫だよ!」
続いて現れたのはリーシャだった。
ノアよりもさらに寝癖が酷く、ぼんやりした顔をしているも、匂いに誘われて出てきたためか、口からよだれが出ていた。
その直後、玄関の方から眠たそうな声が聞こえてきた。
「おいしそうな匂いがしますねー……」
現れたのは、見回りをしていたマリアだった。
少し疲れた様子で欠伸をしながら家に入ってくる。
「マリアさんか。ずっと外にいたのか?」
隼人が声をかけると、マリアはうんうんと頷きながら椅子に座り込んだ。
「まぁ、見張り役ですからね。でも、この匂いには勝てませんでした!」
隼人はふと、ここにいない人物のことを思い出した。
「ライナーさんはどうしたんだ?」
その問いにフロリアが答える。
「早朝に王城へ報告に向かわれました。聞いたところによると、かなりの量の報告書を作成する必要があるようで、今日中に戻るのは難しいでしょう」
「報告書か……大変だな、ライナーさんも」
隼人は肩をすくめ、少し気の毒そうな表情を浮かべた。
「それに比べれば、私たちは随分と幸せですねぇ」
マリアが呑気に笑いながら伸びをすると、キッチンからフロリアが手際よく盛り付けた料理を運んでくる。
テーブルに並んだ料理は、見た目も香りも素晴らしかった。
具だくさんのスープ、焼きたてのパン、そしてハーブで味付けされた肉料理――どれも家庭的ながら、フロリアの腕前が光る品ばかりだ。
「いただきまーす!」
ナノちゃんの声を合図に、皆が一斉に料理を口に運ぶ。
「うまっ!」
隼人が目を見開いて驚き、ノアやリーシャも幸せそうな笑顔を見せる。
「フロリアさん、これ美味しい!料理もできるなんて、すごいね!」
ノアが感心すると、フロリアは静かに微笑んだ。
「ありがとうございます。少しでも皆様の疲れが癒えれば幸いです」
こうして、隼人たちは久しぶりに穏やかな時間を過ごすことができた。
戦いの緊張から解放され、温かな食事と共に心が満たされていく。
食後の余韻もまだ残る中、フロリアはふと立ち上がり、表情を引き締めた。
「そろそろ、私は戻らなければなりません」
その言葉に、リビングにいた隼人やノア、リーシャ、そしてマリアとナノちゃんは一斉に彼女に視線を向ける。
ノアは少し残念そうな顔をして、声を落とす。
「えっ……そうなんですね。残念です……」
「バステオン・アークが王都近くまで移動してきましたので。今のうちに戻っておく必要があります」
フロリアは冷静に返すが、その声には少しの名残惜しさも感じられる。
するとフロリアは、数秒考え込んだようにナノちゃんへ視線を向けた。
淡い光の中で彼女の瞳は真剣そのものだ。
「……それと、昨日から気になっていたのですが――あなた、機械ですよね?」
フロリアの言葉に、一瞬空気が固まる。
しかし、当のナノちゃんはと言えば――
「そうだよー!」
軽いノリで、にっこり笑顔を浮かべながら堂々と返答した。
フロリアは静かに頷きつつも、どこか複雑そうな表情を浮かべ、口を開く。
「やはり……。『恒星防衛軍』のデータベースに、あなたと類似する敵対データが残っていました。警戒はしていましたが……まさか、こうして一緒に食卓を囲み、料理まで作ることになるとは思いませんでした」
「あー。それ、たぶんナノの姉妹たちのことかなー?」
ナノちゃんは全く気にした様子もなく、ケラケラと笑う。
「いっぱい作られたし、でもナノは最近目覚めたばかりだからねー」
フロリアはその言葉に「なるほど……」と呟き、眉を少しひそめる。
「では――どうして、今は私たちに敵対していないのです?」
「それは簡単だよ」
ナノちゃんは胸を張りながら、隼人の方を指さした。
「ハヤトがね、ナノの自己認識データを書き換えたんだよ!だから、ナノやハヤトたちの嫌な人じゃないなら、ナノは何もしないよー」
その言葉に、フロリアは軽く目を細めた。
「自己認識データ……ですか。それで今は友好的に振る舞っているというわけですね」
フロリアはしばし思案した後、ふと何かを思いついたようにナノちゃんに向き直る。
「少しお願いがあるのですが――検証のため、あなたのナノマシンを少し分けていただけませんか?」
「えー、いいよー!」
ナノちゃんはあっさりと承諾し、手のひらを前に突き出す。
その瞬間、彼女の掌から淡く光る粒子が収束し、ビー玉ほどのサイズのナノマシンの塊が形成される。
「はい、どうぞ!」
「ありがとうございます。少しだけお借りいたしますね」
フロリアは丁寧に受け取ると、慎重にそれを小型ケースに収める。
その時、外からかすかな低い振動音が聞こえてきた。
「どうやら、迎えが来たようですね」
フロリアは背筋を伸ばし、再び真剣な表情を浮かべると、全員に向き直る。
「皆様、またお会いしましょう」
その一言を残し、フロリアは颯爽と玄関の方へ歩いていく。
その姿はどこか風のように軽やかで、威厳すら感じられた。
「フロリアさん、ありがとうございました!」
ノアが慌てて立ち上がり、見送りに玄関に向かうと――
「……あれ?いない?」
玄関の扉を開けてみると、既にフロリアの姿はどこにもなかった。
「はっや!!」
リーシャが思わず目を丸くし、驚愕の声を上げる。
隼人もため息をつきながら呟く。
「さすがというか……まあ、あの人なら納得だな。」
ナノちゃんは得意げに笑いながら付け加える。
「すごい人なんだねー!」
外の空は青く澄み、まるで新たな一日が始まったように穏やかだった。
昼の食卓に残る余韻と共に、静かになった室内。
隼人は軽く伸びをしながら、椅子に深く座り直す。
「――食事も終わったし……」
彼がぽつりと口を開くと、全員の視線が自然と隼人へと向けられた。
「とりあえず、昨日の村の救援の件もあるし、冒険者ギルドに確認に行こうか」
その提案に、隼人の向かい側に座っていたノアが真っ先に反応する。
「そうだね。昨日はあんなことがあったし、ギルドも忙しそうだったし」
その隣では、リーシャが口元に笑みを浮かべて勢いよく立ち上がる。
「賛成! ギルドに顔出すのも大事だし、新しい依頼とかも見てみたいしね!」
会話の中心にいたナノちゃんも、ついに待ちきれなくなったのか、ぴょこんと椅子の上に立ち上がった。
小さな手を腰に当て、まるで小さな将軍のように胸を張る。
「ナノも行くー!」
その言葉に、隼人は思わず苦笑する。
「お前、昨日もそう言ってついてきてたな」
「えへへ、だって楽しいもん!」
ナノちゃんはにこっと笑い、またもや無邪気な表情で隼人に手を振った。
一方で、微妙な表情を浮かべながら椅子に座り続けていたマリアが、やや気だるそうにため息をつく。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
「……私も、行くことになりますね」
その返答には、隼人も少し申し訳なさそうに眉を下げた。
「悪いな、マリアさん。でも、ナノの監視任務もあるし、付き合わせちまうことになるな」
マリアは疲れたように肩をすくめながら言う。
「ええ……監視任務、ですからね。任務なら仕方ありません。でも――」
彼女は隼人を一瞥し、皮肉めいた笑みを浮かべる。
「――せめて平和な依頼にしてくださいよ? また昨日みたいなのは御免ですから」
その言葉に、リーシャが笑いながら振り向く。
「なに言ってんの、マリア! 昨日はあんたも大活躍してたじゃん!」
「それはそれ、これはこれです」
マリアは不機嫌そうに言い捨てるが、どこか苦笑交じりだった。
「よし、じゃあ行こう」
隼人が立ち上がると、ノア、リーシャ、ナノちゃん、そしてマリアもそれぞれ支度を整え始める。
ナノちゃんは勢いよく玄関の方に走って行き、振り向きざまに言った。
「ハヤト、はやくはやく!」
「そんなに急ぐなって」
隼人はため息交じりにナノちゃんの後を追い、玄関へと向かう。
「さ、ギルドに行って報告もしないとね」
ノアが笑みを浮かべて言い、リーシャも楽しげに拳を握る。
「ついでに面白い依頼があればいいけど!」
「――もう少し落ち着いた依頼を願いたいですね」
マリアは後ろからぼやきつつも、隼人たちについて行く。
こうして一行は玄関の扉を開け、静かな王都の通りへと踏み出した。
穏やかな青空が広がる中、昨日の激戦の余韻がまるで嘘のように、平和な一日の始まりが訪れていた。




