ナノちゃんの提案と王子の腕輪
ノア、リーシャ、ナノ、そしてマリアを含む衛兵たちは、村の住民たちを連れて安全な場所まで避難していた。
住民たちは恐怖に怯えながらも、衛兵たちの指示に従い、なんとか移動を続けている。
少し進んだところで、ライナーと冒険者たちの姿が見えてきた。
彼らは獣を討伐した後、マリアたちと合流するために戻ってきたようだった。
「おい、そっちはどうだ?」
ライナーが声をかける。
「村の方に何か私たちが見る事の出来ない存在がいるみたい。それで、ハヤト君がそれを引きつけてくれてるわ」
マリアが状況を簡潔に説明する。
「見る事の出来ない存在……。それは本当なのか?」
ライナーは険しい顔で言った。
マリアは身振り手振りを大げさに行い、状況を伝えてきた。
「ハヤト君とナノちゃんがその存在と会話している事を確認してますし、どうも交渉が決裂したことで唐突に家が壊れた事も確認しました。何かがいることは間違いないです」
その時、ナノちゃんが明るい声で提案を持ちかけてきた。
「ナノに機能をちょっと開放させてくれたら、『不可視の相手』でも見えるようになる装備を作れるんだけどなぁ」
その言葉に一同が振り返る。
「本当か?」
ライナーが半信半疑で問いかける。
「うん!ナノマシンでパパっと作れるよ!だけど……」
ナノちゃんは少し言い淀んでから続けた。
「ナノの機能制限が解除されないと、構成するためのナノマシンが使えないの」
ライナーはその条件を聞き、眉間にしわを寄せた。
「つまり、君の機能を開放しなきゃ、その装備は無理ってことか」
「そういうこと!」
ナノちゃんは肩をすくめながら答える。
ライナーは腕を組んで考え込んだ。
「だが、急な出立だったから、解除の手段を持っている者がいない」
「えーっ、それじゃダメじゃん!」
ナノちゃんは少しふくれっ面をして、子どものように地団駄を踏む。
その時、横で聞いていたマリアが何かを思い出したように手を叩いた。
「そういえば……!」
全員の視線がマリアに集まる。
「王都を出る前、王城に援軍を頼みに行ったとき、ちょうどレオンハルト王子が衛兵詰め所に顔を出してたの。状況を伝えたら、これを渡されたのよ」
そう言って、マリアは手首に装着していた簡素な銀の腕輪を見せた。
「それは?」
リーシャが疑問の声を上げる。
「これ、王子が言ってたのよ。『重篤な何かが起きた場合にだけ、この腕輪をナノに使うことを許可する』って」
ナノちゃんは目を輝かせた。
「それだよ、それ!それがあれば制限を解除できる!」
「でも、王子が慎重に扱えと言ったものだ。軽々しく使うわけにはいかん」
ライナーが警戒心を滲ませて言う。
「状況が状況だと思います!」
マリアが声を強める。
「ハヤト君が戦ってるし、村も大変なことになってるのよ!」
ライナーは苦渋の表情を浮かべながらも、しばし考え込んだ。
そして、やがて小さく頷いた。
「……やるしかないか」
ナノちゃんは腕輪を見つめてにんまり笑う。
「じゃあ大丈夫だね!それ頂戴?」
マリアは慎重に腕輪を取り外し、ナノちゃんの手に渡した。
「これで本当に大丈夫なのね?」
「もちろん!ナノに任せて!」
ナノはレオンハルト王子から託された腕輪を装着すると、周囲に薄い光のリングが現れた。
光が一瞬だけ弾けると、ナノちゃんの目が僅かに光り輝き、独特の電子音が響き渡った。
ナノちゃんの周囲に小さなホログラムのような文字列が浮かび上がる。それはシステムの動作ログのようだった。
システムログ開始
[ログ: 14:15:42] システム起動……安全プロトコル正常作動
[ログ: 14:16:08] 制限解除確認……レベルC権限適用中
[ログ: 14:16:32] 支援モジュールの開発プロセスを開始……対象:不特定多数の人間
[ログ: 14:17:05] 機能提案……不可視対象への視認補助モジュール:バイザー型
[ログ: 14:17:25] ナノマシン構成方法試案中……進行状況:45%
[ログ: 14:17:58] 構成方法確定……バイザー設計に基づき作成開始
[ログ: 14:18:12] 初期モデル完成……モジュール作成プロセス継続中
[ログ: 14:18:25] モジュール完成……試験運用を推奨
ナノちゃんの手のひらが淡く光り始めた。
その光の中から粒子が浮かび上がり、次第に物体を形作っていく。
ナノマシンが絶え間なく動き、少しずつ形を整える。
手のひらから生まれたそれは、透明感のある薄いバイザーだった。
未来的なデザインで、まるでこの世界のものとは思えないほど洗練されている。
「す、すごい……!」
ノアが目を見開いて感嘆の声を漏らす。
「これがナノちゃんの力……か」
リーシャも思わずその手元を凝視している。
ナノちゃんはにこにこ顔でバイザーを掲げた。
「はい、まず一個できたよ!試してみて!」
ライナーが前に出てきて、ナノちゃんからバイザーを受け取った。
「俺が試してみる」
ナノちゃんが生成したバイザーをライナーが装着すると、視界が一変した。
[ログ: 14:22:45]環境スキャン開始……進行中
[ログ: 14:22:52]スキャン完了……対象エリア内の反応:複数検出
単なる透過レンズではなく、情報が緻密に重ねられた映像が展開される。
「これは……!」
ライナーは驚いた表情で声を上げる。
ライナーは森の方を向くと、赤い枠で囲まれた獣たちが表示された。
続いて村の方を注視すると、二つの点とそれに付随して名称が視界に浮かび上がる。
一つは隼人、もう一つはアストリスと書いてある。
彼らの動きは激しく交錯しており、その戦闘がかなりの緊張感を伴っていることが一目で分かった。
「どうですか?何か変わりましたか?」
ノアが問いかける。
ライナーは目を凝らし、村の方向をじっと見つめた。
「ああ、ハヤト殿が戦っているのが見える。相手も見えるがかなりの手練れのようだな……」
ライナーはバイザー越しに確認しながら声を漏らす。
ノアとリーシャがさらに驚きの声を上げた。
「本当に見えるんだ……!」
ナノちゃんは得意げに胸を張った。
「ふふん、ナノの技術を甘く見ちゃダメだよ~!」
ナノは引き続きバイザーの作成を開始した。
「みんなの分を作るから、ちょっと待っててね!」
手のひらから次々と粒子が放出され、また新しいバイザーが形作られていく。
ノアとリーシャ、そして他の衛兵たちも期待に胸を膨らませながらその光景を見守っていた。
「確かに見えるようになったのだろう。しかし今の状況では、村人を王都方向に退避させるのが先決だ。遅れてくる衛兵と早く合流できるように移動する必要がある」
ライナーは理性的にそう結論付けるが、焦りを隠せない。
リーシャが手を挙げ、毅然とした口調で言った。
「ライナーさん、私とノアがハヤトの援護に行きます。他のみなさんは村人の避難をお願いします」
ノアも隣で頷いた。
「ハヤトが一人であの相手と戦っているのに、放っておけません!」
ライナーは考え込んだが、すぐに決断した。
「分かった。だがマリアもつけていこう」
「え?私も戦いに行くんですか?」
マリアは驚いて後ずさりしたが、ライナーが厳しい口調で一喝する。
「今は冗談を言うタイミングではない!村のため、ハヤト殿のために行け!」
マリアは肩をすくめ、仕方なく頷いた。
「分かりましたよ。行きますってば。でも怖いものは怖いんですよ……」
「怖がるのはいいが、覚悟を決めろ」
ライナーはそう告げ、彼女の背中を押す。
ナノが作成したバイザーは、ノア、リーシャ、マリア、ライナーと衛兵、そして数名の冒険者たちに渡され、それぞれが装着を終えた。
視界に広がる新たな情報は彼らにとって驚きの連続だった。
隠れている獣や不可視だった隼人の戦っている相手が赤い輪郭で明確に表示され、彼らの位置や動きを把握できるようになったのだ。
「これでハヤトの救援も、村人の退避も効率よく進められるわね」
リーシャが力強く言うと、ノアたちは隼人の方へ駆け出した。
そして残ったライナーが指揮を執り、村人たちを王都方向へ誘導し始めた。
衛兵や冒険者たちも村人の護衛につき、状況は順調に進んでいるように見えた。
しかし、異変はすぐに発覚した。
「……ナノがいない?」
ライナーが周囲を見渡しながら、焦りの色を浮かべた。
バイザーを通じてナノの位置を確認すると、明らかに村人の避難とは反対方向、隼人の戦場に向かっているのがわかった。
「しまった!勝手に向かったのか……!」
ライナーは拳を握りしめたが、既に村人たちの避難が始まっており、自らがその場を離れるわけにはいかなかった。
「……マリアに任せるしかないか」
そうつぶやきながら、村人たちの誘導に専念する。
一方、隼人の救援に向かっていたノア、リーシャ、マリアは、途中でナノちゃんが後をついてきていることに気づいた。
「えっ、ナノちゃん!?どうしてここに!?」
マリアが振り返り、驚きの声を上げる。
ナノちゃんはにやりと笑い、自信満々に答えた。
「だって、ハヤトを助けに行くんでしょ?ナノも行く!」
「こんな小さい子がついてきてどうするのよ……!」
マリアは額に手を当てて嘆いたが、ナノちゃんの目は決意に満ちていた。
「もう引き返せないわね……」
マリアが苦笑いを浮かべながら言い、ナノちゃんの小さな手を引きつつ、隼人のいる方向へと足を速めた。
現場に到着すると、隼人とアストリスの戦いは激しさを増していた。
バイザー越しにその様子を確認したノアが、矢を放つ準備を整えた。
「見える……本当に見える!」
ノアが驚きの声を上げ、魔力の矢を構える。
リーシャも盾を構えながら、隼人の援護に加わるべく前進した。
ノアの魔力の矢が一直線にアストリスへと放たれた。
「援護するね、ハヤト!」
ノア、リーシャ、マリア、そしてナノちゃんが加わったこの戦場。
隼人たちとアストリスの戦いは、ここからさらに混迷を深めていくのだった。




