フロリアと名前のない女性
広場に立つフロリアは、目の前の女性を鋭く見つめた。
長い髪を揺らし、どこか楽しげな表情を浮かべるその女性の存在は、異様なまでに不気味で現実感がない。
それでも彼女の視線はフロリアに確実に向けられており、軽薄な笑みを浮かべていた。
フロリアは再び問いかけた。
「お前は一体何者だ」
その声には鋭い警戒が宿り、手元の強化ブレードがわずかに光を増している。
だが、女性はその問いかけに動じる様子もなく、軽く肩をすくめた。
「私もあなたに聞いているのですが?ここで何をしていたのか、教えてくれない?」
柔らかな声ながらも、その言葉にはどこか挑発的な響きがあった。
その態度にフロリアは眉をひそめ、さらに一歩前に踏み出す。
「いいから答えろ」
フロリアの低い声には圧力が込められていたが、それにも女性は余裕の笑みを崩さない。
「ごめんなさいね。答えられないわ」
彼女はわざとらしく肩をすくめる。
女性の態度にフロリアの警戒心と苛立ちは増していった。
彼女はその場から動かないまま、淡々と続ける。
「それにしても、不思議ね。私の姿があなたに見えているなんて。誰にも見られないようにしているのに……。あなた、一体何なのかしら?」
フロリアの眉がぴくりと動く。
「……どういう意味だ」
女性はゆっくりと木にもたれかかりながら、目を細めてフロリアを観察している。
「不可視の状態にしているのに、あなたには見える。それが面白くて仕方がないのよ」
彼女の言葉に、フロリアは深く息をつき、抑え込んでいた怒りが次第に顔を覗かせる。
「いい加減にしろ……貴様は敵なのか」
フロリアが強い口調で問いかけると、女性は微笑を浮かべたまま、ゆっくりと立ち上がった。
その動きには一切の緊張感がなく、むしろ楽しげな雰囲気すら漂わせていた。
「ええ、あなた方の敵よ」
その言葉を聞いた瞬間、フロリアの全身に緊張が走る。
彼女は即座に強化ブレードを構え、戦闘態勢に入った。
「なら……倒すだけだ」
女性もまた、空気が変わったことを感じ取ったように、軽く腕を広げて笑った。
「あら、私と遊んでくれるのね?とっても楽しみだわ」
その瞬間、広場全体に緊張感が張り詰めた。
どちらも先に動こうとはせず、相手の隙を伺っている。空間に漂う淡い光すらも、まるでこの静寂を見守っているかのようだった。
フロリアと女性、二人の間に漂うこの張り詰めた空気――それは激しい戦いの幕開けを告げるものだった。
広場に漂う緊張感の中、目の前の女性がゆっくりと手を挙げた。
その指先から淡い光がほとばしり、空中に集まったかと思うと、光が形を成し始める。
「何……?」
フロリアが警戒を強めた次の瞬間、光が完全に収束し、美しい曲線を描く剣が彼女の手に顕現した。
それは滑らかな刀身を持ち、柄には不気味な紋様が刻まれている。
その刃先は淡く輝き、まるで生命を持つかのように微かに脈動していた。
「驚いた?」
女性は楽しげに微笑む。
「こういうのも使えるのよ、私」
その言葉を聞いたフロリアは、一瞬だけ眉をひそめた。
だが、その隙を見逃すほど、目の前の相手は甘くなかった。
女性がフロリアに向かって一気に駆け寄り、剣を振り下ろす。
その速さは常人の動きをはるかに超えていた。
「くっ……!」
フロリアは咄嗟に強化ブレードを構え、その一撃を受け止めた。
鋭い音が響き、二人の剣が火花を散らす。
「まだ間に合うなんて、さすがね」
女性は軽く笑いながら、さらなる力を込めて押し込んでくる。
フロリアは歯を食いしばりながらその圧力に耐えたが、次第に防戦一方になっていく。
鍔迫り合いの最中、女性は軽い口調で言葉を紡ぐ。
「ところで、私は最近生まれたばかりだからはまだ名前がないのよ。なんだか味気ないじゃない」
その余裕に満ちた態度に、フロリアは苛立ちを覚えながらも気を引き締める。
「そんなこと、私に関係ない」
女性は刃をさらに押し込みながら笑みを浮かべる。
「いい名前、何か考えてくれないかしら?」
「今すぐ貴様を倒すから、名前なんて必要ない」
フロリアは強い口調で返し、ブレードを押し返した。
女性は後方に軽く飛び退きながら、肩をすくめて見せる。
「あら、残念」
間合いを取り直した女性は再び口を開いた。
「そういえば、あなたの名前はなんていうの?」
フロリアは黙ったまま、視線を鋭く向けるだけだった。
その態度に、女性は軽く笑った。
「そう……教えてくれないのね」
その一言を最後に、女性は再びフロリアに向かって剣を振るいながら突進してきた。
動きは先ほどよりも鋭く、速い。
フロリアはブレードで必死に応戦するが、女性の攻撃は次第に激しさを増していく。
防戦一方となったフロリアは、一瞬の隙も許されない状況に追い込まれていた。
激しい攻防の中、女性は突然足を止めた。
剣を構えたまま、不敵な笑みを浮かべて口を開く。
「そうだわ、私の名前、自分で決めることにするわ」
その言葉に、フロリアはわずかに眉を動かした。
「アストリス (Astris)――なんてどうかしら?」
女性は剣を軽く振りながら続ける。
「『星 (Astral)』と『システム (System)』を掛け合わせたの。シンプルで強い響きだと思わない?」
その名前を告げたアストリスは、再び剣を構え直し、フロリアを睨みつけた。
その瞳には、戦いを楽しむかのような狂気すら宿っている。
「さあ、次はどうするの?」
その問いかけに答えるかのように、フロリアは構えを取り直し、目の前の敵に対峙した。
フロリアは冷静に距離を取ると、迅速に高出力ライフルを構えた。
その銃口はすぐさま目の前の敵、アストリスに向けられる。
「これで終わりよ!」
そう叫びながら、彼女は連続してトリガーを引いた。
銃口から放たれる高エネルギー弾が轟音とともにアストリスに向かって飛び出す。
しかし、弾はアストリスの前に達する前に、まるで見えない壁に当たったかのようにはじかれた。
「……何!?」
フロリアは驚きの表情を浮かべながらも、すぐに次の弾を放った。
しかし、結果は同じだった。弾はアストリスに傷一つ付けることなく、虚しく地面に消えていく。
アストリスは余裕の笑みを浮かべながら、はじかれる弾を気にも留めずに一歩一歩フロリアに近づいてくる。
その動きは滑らかで、まるで舞うように優雅だ。
「それがあなたの全力なの?」
アストリスは楽しげに言葉を投げかける。
「ちょっと期待外れね」
フロリアは歯を食いしばりながら、さらに攻撃を続ける。
「黙ってろ!」
だが、アストリスはその全ての弾を軽く剣で払いのけるかのような仕草で無効化していく。
まるで相手の攻撃を楽しむようなその態度に、フロリアの苛立ちは次第に膨れ上がった。
フロリアはなおもライフルで攻撃を続けるが、アストリスはその距離を詰め、やがて目の前に現れた。
「もうおしまい?」
次の瞬間、アストリスの剣が閃き、フロリアの高出力ライフルの先端が切り落とされた。
「くっ……!」
フロリアは即座にライフルを手放し、再び強化ブレードを抜く。
「まだ終わってないわ!」
ブレードを構え直し、彼女はアストリスに向き合った。
しかし、目の前のアストリスはどこか手を抜いているように見え、その表情からは余裕すら感じられる。
「もっと頑張って見せてくれるかしら?まだ遊び足りないの」
その挑発的な言葉に、フロリアの胸中に怒りの炎が燃え上がる。
「遊び?……後悔させてやる!」
フロリアはDSUの限界機能、「マキシマムオーバードライブ(Maximum Overdrive)」を発動させることを決意した。
この機能はシステムの全エネルギーを攻撃に集中させるものであり、使用中は耐久力が減少するという危険な代物だった。
「ルクシア、システムを最大出力にする」
通信の向こうから、ルクシアの落ち着いた声が響く。
「承知しました。『マキシマムオーバードライブ』を起動します。エネルギー消費が急激に増加しますので、早期決着を推奨します」
「分かってる!」
フロリアが意識を集中させると、DSU全体にエネルギーが行き渡り、視覚デバイスに赤い警告文字が浮かび上がった。
――「Maximum Overdrive: Engaged. 全エネルギー戦闘モード」――
同時に、フロリアの体を包むスーツが薄い光を放ち始め、彼女のブレードも輝きを増した。
その光はまるで燃えるようで、洞窟内に強烈な存在感を放つ。
「これが私の全力よ!」
フロリアはアストリスに向かって突進した。
ブレードを振りかざすその動きには、彼女の怒りと覚悟が込められていた。
「いいわね。もっと私を楽しませてちょうだい」
アストリスは笑みを浮かべながら剣を構え、再びフロリアの攻撃を迎え撃つ準備を整えた。
洞窟内に火花と金属音が響き渡り、二人の戦いはさらに激しさを増していく。




