名前はナノちゃんです!
ヴァルゴート・ナノスウォームの魔石が自動的に構築した幼女の姿は、あまりにも唐突であり、技術者たちやレオンハルト王子、そして隼人さえも言葉を失っていた。
部屋は一瞬の静寂に包まれていたが、その静けさを破ったのは、技術者たちが計器を確認するために再び動き始める音だった。
「各パラメータを確認します!」
「エネルギー波動、安定しています!」
「自己修復機能、正常に稼働中!」
「……総合的に見て、問題はありません!」
技術者たちは次々に報告を上げるが、その言葉には驚きが隠しきれない。
筒の中にいるはずの魔石が、まさか幼女の形を取るとは誰も予想していなかった。
しかし、その幼女――魔石の形を取ったヴァルゴート・ナノスウォームは、そんな周囲の反応を理解していないようだった。
彼女は大きな瞳をぱちぱちと瞬かせ、首をかしげると、周囲を見回しながら言葉を発した。
「あれ?あれ?反応ない?」
可愛らしい声が部屋に響くが、技術者たちはその奇妙な現象にどう対応すればいいのか分からず、ただ機械を確認し続けるばかりだ。
「むぅ……」
幼女の姿をした魔石は、ぷくっと頬を膨らませてみせた。
腕を腰に当て、大げさに不満を示すポーズを取りながら、ふてくされたように声を張り上げた。
「挨拶したのに!無視するなんてひどい!」
その仕草があまりにも人間らしく、そして幼い子供そのものだったため、部屋にいた全員はさらに困惑した表情を浮かべた。
レオンハルト王子が一歩前に進み、冷静な口調で声をかけた。
「お前はヴァルゴート・ナノスウォームの魔石なのか?」
幼女はその言葉に気づき、目を輝かせながら王子に向き直った。
頬を膨らませる仕草をやめ、両手を後ろに組むと可愛らしい笑顔を浮かべる。
「そうだよー!ヴァルゴート・ナノスウォーム!」
「その姿は……一体何なのだ?」
王子は眉を寄せながら続けた。
「魔石であるお前が、どうしてそんな人間のような形を取っている?」
幼女はその質問に首をかしげ、考え込むような仕草を見せた。
やがて、ぽんっと手を叩いて明るく答えた。
「えっとねー、『ヴァルゴート・ナノスウォーム』って名前、長いでしょ?だから『ナノちゃん』って呼んでね!」
「……ナノちゃん?」
王子や技術者たちはその響きに驚きを隠せない。
「うん、ナノちゃん!」
ナノちゃんと名乗った幼女は自慢げに胸を張る。
「それでね、この姿なんだけど……再構築中に追加されたデータを元に構成してるの!だから、追加した人の好みじゃないかなー?」
その言葉に、隼人は瞬時に理解し、内心でシステムを睨む。
(おい、まさかお前がこれに関わってるのか?)
――「再構築中に形態のデータが破損していたため、破損データを補正する際、標準的人間形態を適用しました。その他の外観要素については、保存データ内の要素から生成」――
(つまり……俺のデータか……?)
隼人は頭を抱えたくなる思いを押し殺しながら、目の前の状況を見つめ直した。
レオンハルト王子や技術者たちはナノちゃんの言葉にすっかり困惑している様子だった。
「……追加した人の好みだと?」
王子が戸惑いを隠しきれない声で呟いた。
ナノちゃんはその反応にも気づかないまま、元気いっぱいにピースサインを作りながら言葉を続けた。
「でも、ナノ、いい感じでしょ?よろしくお願いしまーす!」
その明るい声が部屋中に響き渡り、部屋全体の困惑はさらに深まるばかりだった。
部屋に漂う戸惑いの空気の中、ナノちゃんがふと隼人に目を向けた。
そして、突然彼を指差し、大きな声で言い放つ。
「そこの人!」
その明るくも鋭い声に、部屋にいた全員が驚いてナノちゃんの指が向いている方を追った。
「機械同士だから仲間にしてあげようと思ったのになんでそんなに抵抗するの?」
その言葉に、隼人は完全に面食らった。
「……機械同士?仲間?」
自分を指さされていることを理解しつつも、その唐突すぎる発言に隼人は困惑の表情を浮かべる。
部屋にいる他の技術者たちも一様に驚き、動揺の色を隠せない。
ナノちゃんは隼人の反応に構わず、腰に手を当て、不満げな表情を浮かべながらさらに言葉を続けた。
「そうだよ!ナノのアタックや抱擁を拒んだじゃん!」
「は?」
隼人の口から思わず間抜けな声が漏れる。
彼はナノちゃんの言葉の意味を理解できず、眉をひそめた。
「いや、なんだそれ……?」
ナノちゃんは大げさに両手を広げながら、ぷんぷんと頬を膨らませる。
「ひどいなー!昨日、ナノが一生懸命近づいていったのに、拒絶したの、そこの君でしょ!」
その言葉を聞いて、隼人の脳裏に昨日の戦闘の記憶が蘇った。
ヴァルゴート・ナノスウォームが異常を起こし、自分を執拗に狙ってきたシーンだ。
「……昨日の戦闘のことを言ってるのか?」
隼人がそう確認すると、ナノちゃんはぱっと明るい表情になり、勢いよく頷いた。
「そうそう!あの時、ナノ、抱きしめようとしたのにさー、全部拒否されたんだもん!ほんとに傷ついちゃった!」
「いや……あれは攻撃だろう?」
隼人は思わず冷静にツッコミを入れたが、ナノちゃんはその指摘を聞いても、にこにこと笑顔を崩さなかった。
技術者の一人がそのやり取りを聞いて青ざめた表情で主任技術者に向き直った。
「主任、これは一体……?浄化が完了した後、再構築中に昨日の戦闘データを入力した覚えはありません」
主任技術者も首を振りながら、スクリーンを確認する。
「確かに浄化後のデータは完全にリセットされているはずだ……では、この記憶はどこから?」
技術者たちは次々と端末を確認し、記録を洗い直し始めた。
だが、ナノちゃんの記憶の出どころについての手がかりは得られない。
その間、隼人の視界にはシステムからの新たな報告が表示された。
――「対象:ヴァルゴート・ナノスウォームのデータを確認。再構築中に戦闘データは入力されていないことを確認しました」――
(じゃあ、この記憶は一体どこから来てるんだ?)
隼人は内心で首をかしげた。
レオンハルト王子が険しい表情でナノちゃんに問いかける。
「お前のその記憶は一体どこから来た?再構築中に戦闘データが入力された形跡はないはずだ。」
ナノちゃんはその質問に対し、無邪気に首をかしげた。
「えー?ナノにもわかんないけど……たぶん、元々の"私"が覚えてたんじゃない?」
その言葉に部屋の全員が再び黙り込んだ。
隼人はその場の静寂を破るように口を開く。
「……元々のデータが残っていたってことか?」
ナノちゃんは指で頬を軽く突きながら、にこにこと笑顔を浮かべた。
「かもね!でも、いいじゃない!こうして無事に再構築できたんだし!」
部屋の技術者たちは未だ混迷の渦中にいた。
ナノちゃんがどこからその記憶を引き出したのか、あるいはその振る舞いがどのようにシステムに影響を及ぼしているのか、誰も明確な答えを持ち合わせていなかった。
だが、その中心であるナノちゃん本人は、技術者たちの困惑には全く関心を示さず、相変わらず軽い調子で話し続けていた。
「また仲間にしてあげようかなーって思ったんだけどさー……」
ナノちゃんは腕を組みながら、まるで相談を持ち掛けるような態度で続ける。
「なんかナノ、機能にすごい制限がかかってるんだよねー」
隼人が眉をひそめ、思わず問いかけた。
「機能に制限?」
「そうそう!」
ナノちゃんは小さく頷き、指を一本立てて説明を始めた。
「外部とのリンクが切断されてるから、いちいち直接喋らないといけないの!それにさ、コア自体のエネルギーが枯渇状態みたいで、ここから外にも出られなさそう……」
彼女は最後に「しょぼーん」とした表情を作り、両肩を落とす大げさな仕草を見せた。
その言葉を聞いたレオンハルト王子は静かに歩み寄り、低くもはっきりした声でナノちゃんに語りかけた。
「お前の制御は我々が行っている」
ナノちゃんが目をぱちぱちと瞬かせて王子を見る。
王子は彼女の様子を少し見守った後、さらに言葉を続けた。
「前回の暴走を踏まえ、お前の機能に制限をかけるのは当然の措置だ。外部とのリンクを断ち、エネルギー供給を最小限に制限するのもその一環だ」
ナノちゃんは小さく「ふーん」と呟き、何か考え込むような素振りを見せた。
そして、ふと顔を上げ、無邪気な笑顔を浮かべながら言った。
「あれはナノの愛情表現だったんだけど、だめだった?」
その突拍子もない発言に、隼人は思わず口元を手で覆い、技術者たちも顔を見合わせる。
だが、レオンハルト王子は冷静なままだった。
「ああ」
王子は短く答えた後、ゆっくりと語る。
「それは人間社会では破壊行為と呼ぶんだ」
ナノちゃんはその言葉に一瞬目を丸くし、次に深刻そうな表情を浮かべる。
「……あ、そうだったんだ……」
ナノちゃんは両手を胸の前で組み、少し小さな声で続けた。
「えっと、新しいシステムでもその原則があるみたいだね……『人を傷つけちゃいけない』とか、『周囲のものを壊しちゃいけない』とか」
彼女は肩を落としながら、周囲を見渡した後、深く頭を下げた。
「ごめんなさい。ナノ、いけないことしちゃったみたい……」
技術者たちに対して謝罪を述べた後、ナノちゃんは隼人の方を見つめた。
その目には少しだけ不安そうな光が宿っている。
「そこの人、昨日のこと、本当にごめんなさい!ナノ、そんなつもりじゃなかったの……。」
隼人は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに苦笑して頭を軽く振った。
「まあ、謝られるとこっちも怒れなくなるな……大丈夫だよ」
ナノちゃんの表情が明るくなり、再びにっこりと笑顔を見せた。
「よかった!ありがとう!」
その無邪気な笑顔に、部屋の空気は少しだけ緊張感を和らげたようだった。
しかし、王子や技術者たちの表情にはまだ警戒の色が残っていた。
この「幼女」の姿を取るナノちゃんはあまりにも自律的な思考をしている為、本当に完全に制御下にあるのかは誰にも確信が持てなかったからだ。




