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隼人、身柄確保

 詰め所の空気が微妙に重くなってきた頃、ミランダが数人の衛兵を伴って部屋へ戻ってきた。

 彼女の表情は先程の柔らかさを欠き、厳しい緊張感が漂っていた。

 その姿を見た瞬間、隼人たちは何か重要な決定が下されたのだと察した。


 ミランダは隼人たちの前に立ち、一礼した後、真剣な声で話し始めた。

 

「ハヤト殿、ノア殿、リーシャ殿。お待たせしました。上層部との話し合いを終え、結論が出ましたのでお伝えします」


 隼人は腕を組んでミランダを見つめた。

 ノアとリーシャも黙って彼女の言葉を待つ。


「まず、今回の件について、ハヤト殿が王城を助けるために尽力してくださったことは、上層部も評価しています」


 ミランダの言葉に一瞬安堵が広がるが、続けられた言葉はそれを打ち消した。

 

「ですが、いくつかの問題がございます」


 ミランダは少し間を置き、息を整えながら続けた。

 

「まず、王座の間の脱出口を勝手に開けたこと。次に、封印されていたとはいえ、王城に秘匿されていた軍機密の塊である『パラディン』を動かし、搭乗したこと。そして――」


 彼女は隼人をまっすぐ見据えた。

 

「今回の事件において、魔石が明らかにハヤト殿を狙っていたこと」


 隼人はその言葉に反応せず、ただ無表情でミランダを見つめ続けた。

 その落ち着きが、かえって場の空気を引き締めていた。


 ミランダはさらに口を開く。

 

「これらの事実を踏まえ、上層部はハヤト殿の身柄を確保することを決定しました。大変申し訳ありませんが、ハヤト殿、ここで一旦拘束させていただきます」


 その言葉に、ノアとリーシャが同時に声を上げた。

 

「ちょっと待ってください!」


 ノアが一歩前に出て言い放つ。


「ハヤトは王城を助けたんですよ?瓦礫の中で避難民を助けたり、戦闘で活躍したのに、どうしてそんなことを?」


 リーシャも拳を握りしめながら続けた。

 

「そうよ!誰も動かせなかった機械を動かして街を守ったのはハヤトなのに、なんでそんな恩を仇で返すようなことを?」


 ミランダは二人の抗議に耐えるように一度深呼吸をした。

 そして、落ち着いた口調で説明を始めた。

 

「仰る通り、ハヤト殿の行動が街を救ったことは間違いありません。しかし、王城の軍機密に関わる物事が多すぎるため、一時的に身柄を確保し、調査を進める必要があります」


「一時的って……」


 ノアが食い下がる。


「はい。あくまで仮の措置です」


 ミランダは言葉を続ける。


「皆様が巻き込まれた状況であったことも、上層部は理解しています。そのため、ハヤト殿が長期間拘束されることはないでしょう」


 その言葉に、ノアとリーシャは不満げな表情を浮かべたが、次の隼人の言葉がその場を鎮めた。

 

「仕方ないだろう。状況を考えれば当然だ」


 隼人は腕を組んだまま、少し疲れたように笑みを浮かべた。

 

「俺を狙った魔石の件、それから『パラディン』のこと……どっちも王城としては見過ごせない問題だろうしな。おとなしく従うよ」


 ノアとリーシャは彼の冷静な態度に言葉を失ったが、それでも不安そうな表情を隠せなかった。


「ハヤト……本当にいいの?」


 ノアがかすれた声で尋ねる。


「ああ。俺も気になることが多いし、これで話が進むならそれでいい」


 隼人はノアの肩に軽く手を置いて微笑んだ。


 ミランダはその様子を見て一つ息をつき、衛兵たちに合図を送った。

 

「では、ハヤト殿、こちらへ。ノア殿、リーシャ殿は引き続き自由行動が許されています。もし何か必要なことがあれば、私に連絡をしてください」


 ノアとリーシャが悔しそうな顔を浮かべる中、隼人は自らの足で歩き出した。

 両腕を拘束される形で、衛兵たちに連れられていく。その背中を見送りながら、ノアとリーシャは拳を握りしめるだけだった。


 扉の閉まる音が響き、室内には二人の静かな怒りと不安だけが残された。


 隼人は両手を拘束されたまま、ミランダに先導されて城内を進んでいた。

 周囲を見渡すと、王城特有の豪華な内装が視界に入る。

 精巧な彫刻が施された柱や、絢爛なシャンデリアが輝きを放つ天井。

 だが、隼人の表情はどこか疑問を浮かべていた。


(これから牢屋に入る身としては、妙に豪華な場所を通るな……)


 ミランダは隼人の視線に気づいたのか、歩きながら静かに説明を始めた。

 

「ハヤト殿、この処置はレオンハルト王子からの厳命によるものです」


「王子から?」


 隼人は足を止めることなく問い返した。


「厳命って、何の話だ?」


「すぐにわかります」


 ミランダは少しだけ微笑み、さらに奥の扉を開けた。


 隼人が通された部屋は、牢屋とはほど遠い場所だった。

 広々とした空間に、上質な木製の家具が整然と並べられ、窓からは王城の庭園が見渡せた。

 ソファの生地は高級なものらしく、ベッドはふかふかで、豪華な装飾が施された絵画まで飾られている。


 隼人は周囲を見回しながら、思わずつぶやいた。

 

「……拘束するには、随分と豪華すぎないか?」


 ミランダは隼人の疑問に頷きつつ、苦笑いを浮かべて答えた。

 

「その通りですね。ここは元々、下級貴族用の客室として使われている部屋です。通常の拘束処置とは程遠いのは承知していますが、これはレオンハルト王子のご意向です」


「王子の意向?」


 隼人は首を傾げた。


「どうしてこんな特別待遇なんだ?」


 ミランダは少し姿勢を正し、王子の言葉をそのまま伝えるように語り出した。

 

「レオンハルト王子はこう仰いました。『ハヤト殿の戦闘する姿を見ていれば、牢屋なんて無意味だ。彼がその気になれば、どんな拘束だって破ることができる。ならば、無理に制限をかけるよりも、きちんと礼を尽くすべきだ』と」

 

 隼人はその言葉に一瞬驚き、次に苦笑いを浮かべた。 

 

「確かに、そこまで言われたら牢屋に入る意味はないかもな……」


 ミランダはさらに続けた。

 

「それに加え、王子はハヤト殿の功績も忘れてはならないと仰っています。今回の件が調査中である以上、形式上は身柄の確保となりますが、ハヤト殿を軽んじることは許されないと厳命されました」


 隼人は腕を組んだまま窓の外を眺め、小さく息をついた。

 

「まあ……そういうことなら納得だ。ありがたい配慮だな」


 ミランダは少しほっとしたような顔で、隼人に近づくと手際よく拘束具を外した。

 金属が軽く音を立てて床に落ちる。


「これで拘束は解除されました」


 ミランダは隼人に向かって頭を下げる。


「部屋を出ない限り、ご自由におくつろぎください。食事など必要なものがあれば、扉の外にいる衛兵にお申し付けください」


 隼人は拘束具が外れた両手を見下ろし、軽く手首を回してみた。

 

「ずいぶんと気を遣ってくれるな……正直、ちょっと拍子抜けだ」


 ミランダは微笑みを浮かべながら軽く頭を下げた。

 

「レオンハルト王子のお考えです。では、失礼いたします」


 そう言ってミランダは部屋を出て行き、扉の閉まる音が静かに響いた。

 一人残された隼人は、改めて部屋を見渡した。

 どこをどう見ても「身柄を確保された」というより、居心地の良い滞在先にしか思えない。


「特別な処置ってわけか……」


 隼人は独り言のように言いながらベッドに腰を下ろした。


「でもまあ、これなら調査が終わるのを待つだけで済みそうだな」


 彼は窓から差し込む柔らかな光を受けながら、自分を狙った魔石のこと、そして戦場で動かした『パラディン』のことを思い返していた。


(……あの魔石も『パラディン』の事も気になるが、今は動くべき時じゃないな)


 隼人は窓の外に広がる庭園をぼんやりと見つめながら、調査の進展を待つことにした。

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