レオンハルト王子と謎の申請
王宮の一角に、王族直轄の極秘部署「セフィロト機関」と呼ばれる組織が存在していた。
この部署は王都で使用されているあらゆる機械装置や、王都を守護する特殊なフィールドの管理を行っており、王族以外にはほとんど知られていない存在だった。
古代からの技術を基盤とするこのシステムは、王都内に入り込む脅威や異物を検知し、住民たちを安全に守るために作動し続けている。
セフィロト機関の中心部にある管理室では、数人の技術者が巨大な水晶のモニターを見つめ、淡々と機器の操作を続けていた。
その日も、王都のあらゆるセンサーや防御フィールドの情報が集約され、逐一分析されていた。
しかし、その静かな管理室の空気を破るように、突如として水晶モニターが警告色に輝き始める。
「……何だこれは?」
ひとりの技術者が眉をひそめ、モニターに表示された異常な通知を確認した。
王都の正門に張り巡らされているフィールドに、何か通常とは異なる機械からの通行承認申請が入っていたのだ。
表示されている情報は、どれも見慣れない未知のコードであり、セフィロト機関の通常の管理システムでは判別できないデータが混在していた。
「こんなコード、見たことがない……」
技術者たちは顔を見合わせ、戸惑いの表情を浮かべる。
機関の管理者である上級技術者が事態の異常性に気付き、慎重に対処を始めた。
「セフィロト機関の管理システムに、数千年の管理データには存在しない機械からのアクセス要請が入っている。判断不能です。これは即座に、機関の最高管理責任者であるレオンハルト王子に報告する必要がある」
レオンハルト王子は、このセフィロト機関の管理と、フィールド防衛システムの最終決定権を持つ王族のひとりで、機械や古代技術に対する深い知識を持っていることで知られていた。
彼のもとでなければ、このような未知の機械について判断することは難しい。
迅速に決定が下され、技術者のひとりがレオンハルト王子のもとに報告に向かうこととなった。
王宮の廊下を、一人の技術者が足早に駆けていた。彼はセフィロト機関の技術者で、未確認の機械からの通行承認申請が入ったという緊急事態を、最高管理責任者であるレオンハルト王子に報告するために向かっていた。
王都の安全を脅かしかねない異常が発生した場合、最終的な決定権を持つのは20歳手前の若き王子であるレオンハルトだった。
やがて、彼は豪奢な装飾が施された王子の執務室の扉の前に到着し、深く息を整えてからノックをする。
中から「入れ」という冷静な声が響き、技術者は扉を開けて一礼しながら部屋へと足を踏み入れた。
執務室の中にいるレオンハルト王子は、端正な顔立ちをした青年で、鋭い眼差しとどこか冷静な気品を漂わせている。
彼は目の前の書類を閉じて、すぐさま技術者に視線を向けた。
「ご報告に参りました、レオンハルト王子。先ほど、セフィロト機関の管理システムに通常とは異なる“機械”から通行承認申請が入りました。システムの記録を遡る限り、過去数千年の間に同様の事例は一度も確認されておりません」
若き王子は眉をひそめながら、その報告を真剣に聞いていた。
数千年もの間、管理外の機械からの申請がなかったという事実が異例であり、その申請に対する判断を誤ることは、王都全体の安全に関わる可能性がある。
「その申請をしてきた“機械”の詳細な情報は取得できているのか?」
レオンハルトは少し身を乗り出し、探るように技術者に問いかけた。
技術者は頷き、手にしていた端末に操作を施して、王都の正門前に備えられた監視カメラの一枚絵をレオンハルトのもとへ転送する。
隼人のシステムからの通行申請があった時刻に、カメラが捉えた映像だ。
「こちらが申請のあった時間帯に撮影された画像です、王子」
レオンハルトはその映像に目を通し、画面をじっと見つめた。
門前には多くの人々が行列をなして並んでおり、荷物を抱えた冒険者や、親に手を引かれた子どもなど、あらゆる種類の人々が写っている。
しかし、その中に王子が“機械”と認識できるようなものはどこにも映っていなかった。
「……この中に“機械”がいるいうのか?」
レオンハルトは冷静に技術者を見つめたまま、再確認するように尋ねる。
技術者も苦笑気味に小さく首を振る。
「王子の仰る通り、肉眼では機械らしきものは確認できません。しかし、この申請があった時間帯と場所から判断すると、この中に機械が潜んでいる可能性は否定できません」
レオンハルトは再び映像に目を向け、静かに考え込んだ。
彼の頭の中で、通常の警戒システムでは捉えられないような高度な技術が関与している可能性が浮かんでは消えていく。
「ふむ……その機械が、どのようにして人間の姿を偽装しているのかは分からないが、すでに正門のフィールドが反応している以上、我々も何らかの対策を講じるべきかもしれないな」
レオンハルトは厳しい表情で技術者に向き直り、さらなる調査と、万一の事態に備えるように指示を出した。
レオンハルト王子は、監視カメラの映像に映った不審な通行申請について考えを巡らせながらも、冷静な判断を下していた。
だが、今すぐに王都の正門での流入を完全に止めるような決断をするには、明確な証拠が不足していた。深い考えに沈んだ後、王子は厳かに口を開いた。
「この状況で、今のところ正門を閉じることは難しい。私の一存では、これだけの人の流れを止める権限もない。まず王に確認をとってみるが、現状の情報では、流通を遮断する判断は下せないだろうと思ってくれ」
レオンハルト王子は続けて命令を下した。
「申請があった時間帯に門を通過しようとした者たちをすべてピックアップし、少なくとも一定の期間、監視を付けて様子を見守るのだ。あの申請が実際に何者によるものかが判明するまでは、慎重に監視体制を続ける必要がある」
技術者たちは、王子の指示を受け、即座にその場から動き出し、監視の準備に入るための策を整えていった。
レオンハルト王子は一息つきながらも、すぐに頭を切り替え、執務室に戻って報告を取りまとめると、王への確認を行う準備を始めた。
王に直訴する場合、特に緊急の案件であることを知らせる「先ぶれ」を通じての正式な手続きが必要だった。
王都が今、祭りを目前に控えていることもあり、王も多忙を極めていることは理解していたが、今回は通常の事案とは異なる。
正体不明の機械が王都に潜入する可能性がある以上、速やかな対応が必要だった。
即座に王から「謁見可能」の返答が届くと、レオンハルト王子は執務室を出て、まっすぐ謁見の間へと向かった。
重厚な扉の向こうには、威厳と落ち着きをたたえた王が待っていた。レオンハルト王子は深く頭を下げ、王の前に膝をついて報告を始めた。
「父上、至急ご確認いただきたい案件がございます。先ほど、王都の正門に設置されたフィールドが、過去に例を見ない“機械”からの通行承認申請を検知いたしました。しかし、肉眼や通常のカメラ映像にはその姿は映らず、正体が掴めぬまま、既に多くの人々が門を通過しております」
王は息を詰め、重々しい声で応えた。
「なるほど。例のセフィロト機関も申請の出元を特定できなかったということか。だが、レオンハルトよ、今は祭りの前であり、王都の物流や人の流れは、王都の賑わいを保つために必要不可欠なものだ。この状況下で、正門を閉じることは到底許されない」
レオンハルトもその判断に頷きながらも、心の中で苦悩を感じていた。
確かに祭りの直前であり、多くの交易商人や観光客が王都に流入している状況では、正門を封鎖することは現実的ではなかった。
安全を確保するために慎重であるべきだが、それ以上に王都の経済と交流の流れも重要だった。
王は静かに続けた。
「この不審な通行申請がたとえ王都に潜む脅威であろうとも、民の暮らしに支障をきたす判断は下せない。しかし、監視を強化し、少しでも異常があれば即座に対処するよう、慎重に監視を続けるのだ」
「承知いたしました、父上」
レオンハルトは深々と頭を下げ、父であり王である人物の冷静な判断を心の中で納得しながら、すぐさま執務室に戻り、監視強化の指示を出すための準備にかかった。
レオンハルト王子は王からの判断を受け、再び執務室へと戻っていた。
門を封鎖できない現状で、監視を強化するしかないと心を落ち着け、状況の見極めに全力を尽くす決意を新たにしていた。
しかし、執務室に足を踏み入れた瞬間、別の技術者が慌てた様子で駆け込んでくる。
「レオンハルト王子!急ぎご報告があります!」
技術者の切迫した表情に、王子の眉がピクリと動いた。
「どうした、今度は何が起こった?」
技術者は息を整える間もなく、手に持った端末を差し出しながら、異常な事態を説明し始めた。
「先ほどご報告した“機械”からの通行承認申請についてですが……申請が確認された数刻後、システムが自動的にその申請を承認したとの通知が入りました。人の判断を介さずに、何者かが強制的に承認を取得した可能性があるかと存じます」
レオンハルトの表情は険しくなり、すぐに技術者から端末を受け取って確認を始めた。
正門の通行システムは、原則として王都のセフィロト機関が承認手続きを行う規則があり、承認を人の判断を介さずに自動で行うことなど、通常では起こりえないはずだ。
「自動で承認……システムに何かしらの干渉があった可能性は?」
技術者は深刻な表情で首を横に振った。
「その可能性も考慮し、我々でシステム内を徹底的に確認いたしました。しかし、不正な痕跡や侵入の痕跡が一切確認できませんでした。システムが通常の流れで承認を出したように記録されています」
「ならば、何者かが我々の目をかいくぐり、痕跡を一切残さずに強制的に承認を取得した可能性がある……ということか」
王子は険しい表情のまま、手元の端末に表示されたデータを見つめた。
セフィロト機関のシステムは王都でも最も堅牢な防御を誇るとされており、そのセキュリティをすり抜けるなど、通常の技術でできるはずがない。
もしその技術を持つ者が王都に潜入したとすれば、未知の技術や力が関与していると考えざるを得ない。
「……考えられるのは、極めて高度な技術を有した者が関与しているか、あるいは何らかの理由でシステムが内部から“彼ら”を受け入れたという可能性だな」
レオンハルトの言葉に、技術者も表情を引き締めながら深く頷いた。
「はい。そのどちらにせよ、我々の管理外にある存在であることは確かです」
レオンハルトは思考を巡らせながら、事態の深刻さを改めて感じ取っていた。
「わかった。この情報は他言無用にすること、そしてさらに監視対象の確認を徹底して進めるのだ。王都内の秩序を乱さぬよう、必要があれば即座に報告を」
技術者は緊張した面持ちで深く一礼し、再び監視体制を整えるために執務室を後にした。
レオンハルトは窓の外に目を向け、王都に訪れる異変の予兆を静かに見つめていた。




