現れた神殿
隼人、ノア、リーシャの三人は慎重に神殿の中へと足を踏み入れた。
神殿の入り口は広く、冷たく厳かな空気が内部から漂い出している。
壁には経年によるひびが入り、どこか神秘的な静けさが場を支配していた。
「中もかなり広いわね……何が待っているか、気をつけながら進みましょう」
ノアが小声でそう言い、隼人も頷く。
三人はそれぞれ武器に手をかけ、周囲を警戒しながら慎重に奥へと進んでいく。
神殿内部は薄暗く、外のライトの魔法がほのかに闇を照らし、神殿の中心部へと導くかのようだった。
やがて、彼らの視線の先に異様な存在が浮かび上がった。
それは、神殿の中央に堂々と鎮座する人型の像だった。
しかし、通常の人間とは明らかに異なる。
像は身長が異様に高く、冷たい石材で彫られたその姿は威圧感と不気味さを同時に感じさせる。
「この像……人型だけど、顔がない?」
リーシャが目を細め、驚きの表情を浮かべながら像を見上げた。
確かに、像には頭があるものの、顔の部分はまるで削り取られたかのように平坦で、目や鼻、口といった部位が全く存在していない。
普通なら神殿に祀られる像には威厳のある表情や特徴が施されているものだが、この像には一切それがないのだ。
「普通の神の像とは全然違うな。神殿にあるのに、何か別の存在を祀っていたように見える……」
隼人が像をじっと見つめ、わずかに眉をひそめた。
ノアも像に目を凝らし、どこか異質な空気を感じ取っていた。
像の体には奇妙な模様が刻まれており、その模様がどこか不気味な輝きを放っているように見える。
模様はどれも複雑で意味が読み取れないが、ただの装飾とは思えない、ある種の呪文や封印のような印象を受けた。
「この像……神じゃなくて、もしかすると何か危険なものや強力な存在を祀っていたんじゃないかしら」
ノアが慎重に言葉を選びながら呟くと、リーシャもその言葉に神妙な顔つきで頷いた。
「もしかしたら、顔がないのもこの像が何かを封印していたのかもしれない。でも、こんなに古い場所にあるなら、一体何のために……」
リーシャも手を組み、考え込むように像を見つめた。
像が何を意味するのか、何のためにこの場所にあるのか。
三人は謎めいた像の前で立ち止まり、互いに顔を見合わせた。
この場所がかつてどのような目的で使われたのか、そして像が示す意味を解き明かすために、三人はさらに周囲を探る決意を固めた。
異形の像を調べていた隼人たちは、像のすぐ隣に小さな部屋があることに気がついた。
扉は少し開いており、中を覗くと、薄暗い空間に本棚や机が置かれているのが見えた。
どうやら、かつてここは書斎として使われていたらしい。
「ここもずいぶん古いみたいね……」
ノアが周囲を見渡し、慎重に中に足を踏み入れる。
壁一面には無数の本が並んでいるが、どれも経年により表紙が破れ、中のページもぼろぼろで、ほとんどが手に取ると崩れ落ちてしまいそうだ。
かつては多くの知識が眠っていたであろうこの書斎も、今はその面影しか残っていない。
「残念だな……これだけ古いなら、何か重要な手がかりがあってもおかしくないのに」
隼人が本棚の一角を軽く触れてみたが、埃と崩れかけた紙が指にまとわりつくだけだった。
しかし、ふと机の上に目を向けると、一枚だけ紙が置かれているのが見えた。
その紙は、他の書物に比べて比較的状態が良く、薄く漂う光の中でわずかに文字が浮かび上がっているようだった。
「この紙……まだ読めるかもしれないわ!」
ノアが興奮気味に紙を手に取り、慎重に埃を払うと、そこには奇妙な文字が並んでいた。
文字は見たこともない言語で書かれており、文様のような独特の曲線が絡み合っている。
隼人やリーシャが覗き込むも、解読の手がかりは全く掴めない。
「何て書いてあるんだろう?全然読めないな……」
リーシャが首をかしげ、目を細めて見つめたその時、隼人の視界にシステムメッセージがふっと浮かび上がった。
――「古代文字を認識。自動翻訳を開始します」――
隼人が翻訳機能の作動を確認し、目を凝らして再び紙の文字を見つめると、そこに浮かび上がってきたのは、こんな言葉だった。
「闇はただの無ではない。すべてを抱き、すべてを飲み込む“始まり”のゆりかごなり。」
不思議な言葉が、静寂の中にひっそりと響くように隼人の心に刻み込まれた。
暗闇を単なる虚無としてではなく、何か根源的な存在として捉えたかのような表現だ。
「……何だか、ただの警告とも違う感じがするわね」
ノアが少し息を飲み、言葉の深みを感じ取ろうとする。
「闇が始まりのゆりかご……一体この言葉にはどんな意味が込められているんだろう」
隼人もその意味を反芻するように呟き、得体の知れない不安とともに、奥深くに眠る何かを予感していた。
隼人たちは、謎めいた言葉が記された紙を手にしながら、神殿の中の書斎に佇んでいた。
古びた文字の内容が彼らの心に不気味な予感を刻み込み、頭に浮かぶのは、この言葉が示す「闇」の存在についてだった。
隼人がふと過去の戦いを思い出し、沈黙を破った。
「……そういえば、あの時、大洞窟で俺たちが戦った“あれ”がいたよな。闇のような人型のやつだ。顔も不明瞭で、形だけが人っぽくて……ここの像と似た雰囲気を感じるんだよ」
隼人の言葉に、ノアが頷きながら返答する。
「うん、フロリアさんが最後に倒してくれた敵よね。あの時、闇が渦を巻いてるようで、不気味だった……顔もない、何か違うものって感じがしたわ」
ノアの視線が像に向けられ、その視線に引き寄せられるように、隼人も改めて像を見上げる。
像は人型でありながら、どこか異形で、顔がないことが象徴的に感じられる。
像が示す意味が「人」を表しているのか、それとも「人ならざるもの」を表しているのか、答えは依然として見えない。
リーシャも小さくため息をつき、顔を曇らせた。
「やっぱり、何か関係があるのかしらね。あの敵も、ここにある像も……姿は人っぽいのに、どこか人とはかけ離れた印象がある。でも、これは何を意味しているんだろう」
ノアが紙に書かれた「闇は始まりのゆりかご」という言葉を思い返し、少し考え込んだ。
「この言葉が象徴しているのも、その『闇』に関係するものかもしれないわ。あの敵はまさに闇そのものって感じだったし……もし、何かが“ゆりかご”の中で眠っているとしたら、それが姿を現すとき、何が起きるのかも想像できないわ」
その言葉に隼人は黙って頷きながら、視界に広がる神殿の様子を再度見渡した。
この空間にある像、そして古代文字の残る紙。すべてが何かを示しているようでありながら、その正体は掴めない。
神殿の書斎で謎めいた言葉を見つけた隼人たちは、さらなる手がかりを求めて周囲を慎重に探索し始めた。
冷たい空気が漂う神殿の奥深く、石造りの床を踏みしめて歩くたびに、わずかに空気が揺れ、不気味な静けさが場を包み込んでいる。
やがて、隼人が石柱の陰から、何か異様な光沢を放つ物体に気づいた。
暗がりにぼんやりと浮かび上がるその物体は、円形で、他のレンガ造りの構造物とは一線を画している。
「何か見つけた……これ、金属製みたいだが、レンガの建物の中にあっては異質すぎる」
隼人が慎重に近づきながら、周囲に警戒の目を配る。
三人がゆっくりと歩み寄ると、その物体の姿がはっきりと見えてきた。
巨大な円形の構造を持つそれは、どこか鈍く輝き、触れればひんやりとした冷たさが伝わってきそうな質感をしている。
しかし、それ以上に奇妙なのは、その金属がどこか「現実感のない」印象を与えることだった。
「……この金属、私たちが知っているものとはまるで違う感じね」
ノアが目を細め、注意深く金属の表面を観察する。
隼人もまたその奇妙な金属の輝きを見つめた。
バステオン・アークの壁で見た近未来的な金属とも異なり、何とも言い難い不思議な質感を持っている。
どこか異次元的というか、物理法則から切り離された存在にさえ見える。
「見たこともない金属だ……バステオン・アークの技術とも違う気がするな。まるで、この場所だけ異世界に紛れ込んだような……」
隼人がそう言いかけた時、彼の視界にふとエラーメッセージが浮かび上がった。
――「エラー:未知の物体を検出。該当するデータがありません」――
普段のシステムであれば、すぐに目の前の物体に対する情報や構造を解析して表示するはずだが、この金属に関してはあの闇の存在と同様に何も読み取れないらしい。
「俺のシステムでも何も分からないみたいだ。解析不能だなんて……」
隼人が困惑した表情で呟く。
「これだけの場所で、これだけの異質な金属……もしかして、この神殿自体に隠された力と関わりがあるのかもね」
ノアが神妙な表情でそう言い、リーシャも慎重に金属を見つめている。
この金属が何のために、どのような意図でここに置かれているのか――それは全くの謎であり、触れることさえためらわれるような異質さを醸し出している。
隼人たちは未知の存在に対する不安を胸に、さらに慎重に周囲を探ることにした。この神殿が抱える深い闇の一端が、今まさに目の前に広がっているかのように感じながら。




