バックパックの性能
フロリアが慎重にバックパックを隼人の背中に装着すると、隼人は体全体に微かな重みと安定感が広がるのを感じた。
だが次の瞬間、視界の端にシステムメッセージがいくつも表示され始めた。
――「戦闘システムインターフェース、バックパックユニットと同期開始」――
――「新規装備を検知:推進機能・エネルギー循環モジュール確認……システム統合処理中」――
――「装備の最適化処理完了。バックパックユニットを戦闘・移動システムに統合」――
隼人はそのメッセージをじっと見つめていたが、次の瞬間、背中に感じていたバックパックの圧迫感がふっと消え、まるで自分の一部になったかのように自然に収まっていく感覚を覚えた。
そして突然、彼の意思に関係なくバックパックが自動的に隼人の体内へと格納されてしまった。
「えっ……勝手に、俺の体の中に?」
隼人は驚いて背を向け、体に触れてみたが、そこには何も感じられない。
完全に隠蔽されてしまったのだ。
フロリアも思わず息を飲んだようにして隼人を見つめた。
「ハヤト様、どうやらシステムがバックパックユニットを体内に内蔵化したようです。まさか装着時の隠蔽まで、ハヤト様の体内システムが自動的に行うとは……」
隼人はシステムが自己判断で装備を自分の体に組み込むことができるのだと理解し、ますます自分の体が未知のものに思えてきた。
彼は目を閉じてシステムの内部を感じ取るように集中すると、体の奥からバックパックの存在をわずかに感じることができた。
システムが自分の操作を待っているかのようだった。
「すごい……これって俺と一体化してるんだよな」
隼人が小さく呟くと、フロリアも慎重に彼を見守っていた。
「この反応は、予測を超えています。ハヤト様のシステムがどのように機能しているのか、今後も慎重に調査を進める必要がありそうですね」
隼人は微笑んでうなずきながらも、いつか自分の体の秘密がすべて明らかになる日を思い描き、胸の内で期待と不安が入り混じるのを感じていた。
フロリアが穏やかな表情で隼人を見つめ、口を開いた。
「ハヤト様、とりあえずバックパックは無事に装備できたようですので、試しに使用してみませんか?」
隼人は少し戸惑いながらも頷き返答した。
「そうだな。装備の使い方がわからないと、いざというときに役立たないからな」
フロリアは微笑を浮かべながら、隼人をバステオン・アークの広い甲板へと案内することにした。
甲板は広々としており、飛行や推進のテストを行うには申し分ない場所らしい。
移動する中、隼人はふと疑問が浮かび、フロリアに質問を投げかけた。
「このバックパック、実際にどんなことができるんだ?」
フロリアはその質問に少し考え込みながら答えた。
「ハヤト様のバックパックは、もともとの虫型機動兵器の兵装を小型に再設計したものです。ですので、長時間の飛行はできませんが、短時間の飛行や滞空が可能です。空中にいる間も安定性を保てるよう、推進制御も追加されています」
隼人は説明を聞きながら自分の新たな装備に期待を膨らませた。
彼は歩を進めながら何かを感じ取ろうとするように背中に意識を集中させた。
「それなら、接近戦から素早く離脱するとか、逆に相手の背後に一気に回り込むのに使えそうだな。陸上でも高速移動ができるってことだよな?」
フロリアは頷き、さらに続けた。
「はい、バックパックの推進力は地上でも活用できますので、ハヤト様のスピードを一段と高められるかと思います。また、操縦性も高く、特に地形を利用した複雑な移動も対応可能です」
隼人はその説明に感嘆の声を漏らしながら、実際に使ってみることへの期待がさらに高まった。
彼の胸の中で、戦闘や探索での利用方法が次々と浮かんでは消えていく。
やがてフロリアの案内で、隼人は甲板に到着した。
広々とした甲板は、青空に向かって開かれており、空気が澄んでいて風が心地よく流れている。
ここであれば、思う存分バックパックの試用ができそうだった。
フロリアが隼人に向き直り、丁寧にお辞儀をしてから言った。
「それでは、準備が整いましたら、いつでも試してみてください。私はここで見守らせていただきます」
隼人は自分の体内に収納されたバックパックを再び感覚で呼び出しながら、甲板の広がる空へと視線を向けた。
これまでの装備にはない感覚に内心の興奮を抑えられないまま、彼は静かに深呼吸をして気持ちを整えていた。
隼人は甲板の中央で目を閉じ、背中に意識を集中させた。
新たに装備されたバックパックの存在を体の奥から引き出すようにイメージすると、システムが素早く応答し、視界にメッセージが浮かび上がった。
――「装備連動開始。バックパックユニット、推進モードへ移行」――
――「全機能安定化完了。飛行準備完了」――
システムの応答とともに、隼人の背中でバックパックが展開され、装備が彼の体の一部のように馴染んでいく。
静かな感覚に身を委ねながら、隼人は意を決して膝に力を入れて跳躍の態勢を整えた。
「よし、行くぞ!」
隼人が力強く踏み込むと、背中のバックパックから噴出される推進力に押し上げられ、瞬く間に宙へと舞い上がった。
想像以上の勢いで上昇した隼人は一瞬目を見開いたが、システムが即座に安定制御を行い、ふわりと滞空した状態でバランスを保つことができた。
「……すごいな、これ。勝手にバランスまで取ってくれるのか」
隼人は驚きと興奮を押し殺しきれない表情で呟いた。
滞空状態を安定させたまま、隼人は周囲を見渡しながらゆっくりと前方へ移動してみた。
バックパックが自然に反応し、進行方向へ推進力を調整する感覚がわかり始めた。
風を切りながら進むたびにシステムが自動で姿勢を補正し、彼は空中での自由な動きが次第に心地よく感じられてきた。
さらに速度を上げると、甲板の端まで滑るように移動でき、隼人は驚きと共にこの装備の精度と機動力に感嘆した。
「よし、方向転換も試してみるか」
隼人は滞空状態を保ちながらゆっくりと旋回を始め、システムが自動で細かくバランスを取ってくれるおかげで、軽やかに方向を変えることができた。
隼人が空中を軽快に飛行し、甲板の端から端まで動き回っていると、視界の端に表示されているゲージに気がついた。
緑色のゲージは細かな目盛りがついており、飛行や滞空を続けるたびに少しずつ減少しているのがわかる。
「このゲージ……まさか、飛行エネルギーの残量か?」
気になった隼人は一度甲板へと降り立ち、バックパックの噴射を止めてみた。
すると、ゲージの減少もピタリと止まり、推進や飛行に使用するエネルギーが示されていることが明らかだった。
彼は目を細めてゲージを確認し、消費の具合を記憶に留めようとした。
「よし、地上での移動にも試してみるか」
隼人は再び推進力を利用し、甲板の中央から勢いよく前方に駆け出した。
踏み込みと同時に背中のバックパックが反応し、強力な推進力でぐんとスピードが増し、体が風を切って進む。
地面を駆け抜けるたびにゲージがわずかずつ減少していくのが見える。
「やっぱり、推進力を使うたびにエネルギーが消費されていくんだな」
彼は走りながらその感覚を確かめ、甲板の端まで素早く到達すると再び噴射を停止し、今度は別の方向に駆け出した。
推進力を活かすことで、地上でも瞬時に加速でき、機敏な動きが可能だが、動作のたびにゲージが減少する。
短時間での行動には優れた性能を発揮するが、長時間の飛行や連続使用には制約があることを実感した。
「飛行も地上の高速移動も自由自在だが……エネルギーの残量を常に意識する必要があるな」
隼人は呟き、機能を最大限に活用するためのエネルギー管理の重要性を再確認した。
一通り試用を終えた隼人は、推進力や飛行時間に制限があることを頭に入れつつ、戦闘での利用方法を考え始めた。
フロリアは隼人の様子を見守り、軽く頷きながらその成果に満足しているようだった。
隼人は試験飛行と推進力の確認を終え、ふと息を整えた。
そのとき、静かにフロリアの声が響いた。
「ハヤト様、一通り確認は終わりましたでしょうか?」
隼人は背中に意識を戻しながら頷いた。
そして、気がつくとバックパックは自然に彼の体内へと収まり、彼の背中から痕跡すら消えていた。
隼人は改めて驚きつつも、少し微笑みながらフロリアに感謝の意を伝えた。
「ああ、ありがとう。大体使い方が分かったよ。思った以上に使いやすくて、期待以上だな」
隼人は目を細めながら一つの懸念を口にした。
「ところで、エネルギー残量のゲージがついてだけど、飛行するたびにエネルギーが減少するみたいだ。ゲージがゼロになるとどうなるのか気になるんだ。これがもしゼロになったら、どんな影響が出るかわかるか?」
隼人の問いに、フロリアは少し考え込むような表情を浮かべ、言葉を慎重に選ぶように答えた。
「その点については、正確な予測が難しいのです。ハヤト様の体内のシステムは、私たちの技術体系とは異なるものですので……ですが、一般的な見解としては、エネルギーが枯渇した場合、バックパック自体の機能が停止する可能性が高いです。また、場合によってはハヤト様ご自身の動きに支障が出るかもしれません」
その可能性に隼人は少し眉をひそめた。もし自分が動けなくなる危険があるのだとしたら、エネルギーの管理が戦闘や探索において重大なポイントになることを実感せざるを得なかった。
「なるほど、最悪の場合は動けなくなる可能性もあるってわけか……。装備が頼りになるのは確かだけど、過信は禁物だな」
フロリアは隼人の真剣な表情を見て、優しく微笑んだ。
「ええ、ハヤト様のおっしゃる通りです。バックパックのエネルギーは一種の命綱のようなものですから、特に長時間の戦闘や移動を予定している場合には、常にエネルギー残量に気を配っていただければと思います」
隼人は彼女の言葉を胸に刻むように静かに頷いた。
バックパックは高性能でありながらも、使いどころを誤れば大きなリスクを伴う。
それを理解した隼人は、装備の力に頼り過ぎず、自分の判断力と計画性が今後さらに重要になることを実感した。
フロリアは最後に、さらに慎重な表情でこう続けた。
「ハヤト様、もし何か異変を感じたときには、迷わず使用を中断してください。装備には制御機能が備わっていますが、長時間の使用は予測できない反応を引き起こすことも考えられます」
隼人はその忠告をしっかりと受け止め、今後の行動に対する慎重な姿勢を改めて意識した。




