バステオン・アーク発進
隼人たちがカイエンの屋敷に戻ると、修繕中の建物には職人たちが行き交い、工事の音が静かに響いていた。
応接室へと案内されると、すでにカイエンとノアの母、ミレイが席について隼人たちを待っていた。
隼人たちの姿を見つけると、カイエンはほっとしたように微笑み、気さくに声をかけた。
「おお、帰ってきたか!無事で何よりだ。さぁ、ゆっくりしてくれ」
その温かな歓迎に隼人たちは少し肩の力を抜き、席に座ると、ミレイも穏やかな笑みで隼人たちを見つめていた。
「本当に、あなたたちが無事に戻ってきてくれて嬉しいわ」
隼人たちは出迎えの温かい言葉に心が安らぎ、テーブルに運ばれてきた料理に感謝を感じながら食事を始めた。
静かなひとときの後、隼人は今回の洞窟での出来事について丁寧に報告を始めた。
「今回の探索では、大洞窟の奥でマグロスの群れに遭遇しました。中でも、群れを統率していたような大型のマグロスがいて、なんとかそれを撃破しました。倒した後は、他のモンスターも一斉に引き返していきました」
隼人の報告に、カイエンは真剣に耳を傾け、時折小さく頷きながら話を聞いていた。
最後まで聞き終えると、彼は静かに息をつき、安堵の表情を浮かべた。
「なるほど、そういうことだったのか。マグロスの脅威を取り除いてくれたこと、感謝する。町の者たちも少しは安心できるだろう」
隣で聞いていたミレイもほっとした様子で微笑み、ノアの肩にそっと手を置いて、小さな声で感謝の言葉をかけた。
「ありがとうね、ノア。あなたがいてくれて本当に心強いわ」
ノアも母の言葉に静かに頷き、どこか誇らしげな表情で母親に微笑み返した。
和やかな雰囲気の中、隼人たちはようやく緊張を解き、温かな食事と穏やかなひとときを楽しんだのだった。
食事が落ち着くと、カイエンは再び隼人たちに向き直り、真剣な表情で問いかけた。
「そういえば、ハヤトたち。町を襲ったあの虫のような敵、洞窟内で見かけることはあったか?」
カイエンの言葉に、隼人は一瞬緊張したが、すぐに冷静な表情を保ちながら答えた。
「いいえ。洞窟内では、あの虫型の敵は一切見かけませんでした」
ノアとリーシャも、隼人の言葉に続いて無言で頷き、確認するようにカイエンの顔を見つめた。
カイエンはそれを聞いて、考え込むように腕を組み、難しい顔をしている。
「そうか……。一体あの虫は何者なんだろうな。いきなり町に現れて、ここまでの被害を出すなんて、ただのモンスターとは思えない」
隼人たちはカイエンの言葉に少し困惑しながらも、知っている真実をどう伝えるべきか心中で迷っていた。
あの虫型の機動兵器が施設の防衛兵器であることを告げるわけにもいかない。
しかし、何かの返答を待つカイエンの目を避けるわけにもいかず、隼人は一瞬目を伏せてから口を開いた。
「……残念ながら、私たちにも正体はわかりません」
カイエンはその返答を聞き、ふっと息をついて笑みを浮かべた。
「そうか、まあわかれば教えてくれればいい。ところで、町の被害も大きいようだから、近々領主がこの町に来るらしい。被害の状況確認と復旧支援のためらしいが、町全体が騒がしくなりそうだな」
領主の訪問を聞き、隼人たちも驚きつつ、町の被害状況がさらに目立っていることを実感する。
話は重いものだったが、同時に町の復興に向けた動きが進んでいることに、隼人たちは安堵の表情を浮かべた。
カイエンやミレイとの食事と報告が終わると、隼人たちはそれぞれ礼を述べて席を立ち、自分たちの寝室へと向かった。
屋敷の廊下には夜の静けさが漂い、長い一日を終えた安らぎが、ゆっくりと隼人たちの心に広がっていた。
隼人が自分の寝室に戻り、身支度を整え一息ついていると、扉が静かにノックされる音が聞こえた。
隼人が応えると、扉が少し開き、ノアがそっと顔を覗かせた。
「ハヤト、ちょっといい?」
「もちろん、どうした?」
隼人は気軽に応じ、ノアを部屋に招き入れた。
ノアは手元に握りしめていたペンダントを持ち上げ、隼人に向かって少し緊張した面持ちで説明を始めた。
「さっきね、このペンダントを通じてフロリアさんから連絡があったの。準備が整ったから、今夜、人々が寝静まったときに施設を移動するって……」
隼人は少し驚いた様子でノアの言葉を聞きながら、事前にフロリアから聞いていた計画がついに実行に移されることを実感した。
町に知られることなく移動するという慎重な判断は、隼人たちにも重要な意味を持つものだった。
「なるほど、静かに移動するのはやっぱり正解だな。騒がせないためにも、夜を選んだんだろう」
ノアも隼人の言葉にうなずきながら、夜の静けさの中で施設が動くという想像に不思議な気持ちを抱いているようだった。
二人はしばらく言葉を交わし、フロリアが静かに進める計画に向けて心の準備を整えるのだった。
深夜、町が静寂に包まれ、人々が眠りについている頃、隼人とノアは屋敷をそっと抜け出し、フロリアたちの様子を見に行く準備を整えていた。
屋敷の扉に手をかけて外へ出ようとしたその時、扉の前に仁王立ちしているリーシャの姿が現れた。
「私を置いていくなんて、いい度胸じゃない」
リーシャは両腕を組み、まるで二人を待ち構えていたかのように隼人とノアを睨んでいる。
隼人は驚きつつも、思わず笑みを浮かべて声をかけた。
「よくわかったな、俺たちが出て行くのを」
リーシャは軽く肩をすくめて、当然とばかりに答えた。
「分かるわよ。だって、ノアが妙にそわそわしながら寝たふりしてたんだから」
その言葉にノアは照れたように視線をそらし、隼人とリーシャがどこか楽しげに見守っているのを感じて小さく笑った。
隼人はふと顔を引き締め、リーシャに今回の目的を説明する。
「フロリアによれば、噴水広場の地下から施設を脱出させるらしいんだ。それを見に行こうと思ってる」
リーシャは頷き、真剣な表情で隼人たちに視線を向ける。
「なるほどね……よし、私も行くわ。こういうの、見届けなきゃ気が済まないし」
こうして三人は夜の静けさの中、フロリアたちの様子を確かめに向かうため、慎重に足を進めていった。
隼人、ノア、リーシャの三人は、月明かりに照らされた噴水広場に到着した。
広場には誰の姿もなく、不自然な静寂が辺りを包んでいる。
通常であれば、洞窟の探索がまだ完了していないため、広場や洞窟の入り口には護衛がいるはずだった。
「……普通なら護衛が立っているはずなのに、なんで誰もいないんだ?」
隼人が広場を見渡しながら、疑問を口にする。
リーシャも同じように不審そうに辺りを見回し、わずかに眉をひそめていた。
すると、ノアが握っていたペンダントからフロリアの静かな声が聞こえてきた。
「これより施設を移動させます。皆様が近くにいるのは確認していますので、どうか足元にお気をつけください」
その言葉に三人は少し緊張し、足元を見下ろして慎重に立ち位置を確認した。
ノアは広場が無人であることに引っかかり、ペンダントに向かって小声で問いかける。
「フロリアさん、噴水広場に人が誰もいないんだけど、何かしたの?」
しばらくして、フロリアが落ち着いた口調で返答してきた。
「ええ、移動を人に見られると支障がありますので、誘導装置を利用して周囲の人々を別の場所へ移動させています。どうぞご安心を」
フロリアの冷静な説明に、隼人たちは驚きと同時に、彼女の周到な計画性を改めて実感した。
町の人々に気づかれないよう、慎重に施設の移動準備が整えられていることに、三人は黙って頷き、事態の進展を待つことにした。
深夜の静まり返った噴水広場で、隼人たちはペンダント越しにシステム起動の重厚な音を聞き取っていた。
地中に眠る防御要塞「バステオン・アーク」が静かに目覚め、移動準備を開始する。
【システムログ】
――バステオン・アーク・システム起動開始――
・要塞シールド:解放準備完了。移動形態への移行開始。
・バステオン・アークのモジュールロック解除。周辺構造体からの接続を断絶。
・エネルギーフレーム起動。稼働率20%にて安定中。
フロリアの冷静な指示がシステムログに重なり響く。
「全ユニットに通達。エネルギーフレームを安全圏に固定、移動形態への移行を開始します」
微かな振動が地下から伝わり、バステオン・アーク全体が起動し始める。
システムログは着実に進み、起動の準備が整えられていく。
【システムログ】
・エネルギー変換装置起動。カタパルトモジュールにエネルギー供給開始。
・内部圧縮解除開始。バステオン・アーク各モジュールが移動形態に移行中……
さらにルクシアが鋭く指示を与える。
「全ブロック、発進ゲートの安定化確認。エネルギーを60%まで上昇」
【システムログ】
・カタパルトユニット、開放準備中。エネルギーフレーム接続強化。
・周辺安全確認完了。移動ルートを確保。
フロリアが全体に通達する。
「カタパルトユニットの解放を許可。発進プログラム、スタンバイ」
隼人たちが立つ地面が微かに揺れ、地下で巨大なバステオン・アークがゆっくりと動き出していく気配が漂う。
まるで眠りから覚めた大地の要塞が、その姿を表そうとしているかのようだった。
【システムログ】
――バステオン・アーク最終確認完了。発進準備完了――
・発進シークエンス起動中。全モジュールのロック解除完了。
・カタパルトエネルギー、最大出力に到達。移動ルート安定化完了。
ルクシアが最後の確認を行う声が響く。
「バステオン・アーク、移動形態への完全移行を確認!発進開始!」
【システムログ】
・発進プログラム、全シークエンスを通過。
・バステオン・アーク、移動形態に変換完了。カタパルトユニット、全解放。
・バステオン・アーク発進――軌道確認中。
静かに振動が広場全体に伝わり、隼人たちの足元で地面がゆっくりと分割されていく。
噴水広場の中央に位置する大理石の床が幾何学模様に沿って裂け目をつくり、左右にスライドするように開き始めた。
地中深く隠されていた巨大な要塞「バステオン・アーク」の上部が、暗闇の中から徐々に姿を現す。
その姿は圧倒的で、まるで大地そのものを持ち上げるような重量感を感じさせる。
円形のプラットフォームが広がり、中心部の発進ゲートが少しずつ露わになる。
発光するエネルギーフレームが複雑な輝きを放ち、夜の闇に静かに溶け込むように、要塞の巨大な影が地上へと迫り出していく。
やがてバステオン・アークの全体像が噴水広場を覆うようにして露出し、巨大な影が夜空へ向かって動き出す。
その場面は壮麗でありながらも、人知れず進行する秘密の発進に相応しい密やかさで、噴水広場は再び静寂に包まれていった。




