研究所からの帰還
指揮官室で、隼人やノア、リーシャと再会し、緊張が少し緩んだエディは、フロリアに1つの疑問をぶつけた。
「フロリアさん、この施設についてどうするべきだろうか?ギルドに報告したほうがいいのか、それとも……」
彼の顔には、施設の存在が公になることで、不要な騒ぎが起こることを懸念している様子が表れている。
フロリアはエディの真剣な顔を見てから、少し考えるように視線を落とした。
「この施設は極秘の存在ではありません。ですが、確かに町全体が騒ぎ立てるような事態を防ぐのも一案です。この拠点は移動機能を備えているため、準備が整い次第、夜陰に紛れて別の場所へ移動することが可能です」
フロリアの提案を聞いたエディは、その柔軟な対応力に感心したように微笑んだ。
「なるほど、施設を動かせるとは……さすがはこの施設の技術だな。ありがとう、助かる」
フィオナが静かに頷きながら、エディの提案に同意を示した。
「それなら、一度町に戻ってギルドに報告するのが良さそうね。ただ、報告は単純にしておいたほうがいいわ。私たちがマグロスが群れをなしていたこと、そしてそれを倒したと伝えるだけに留めるべきよ」
フロリアは彼女の意見を聞き、慎重な顔つきで頷いた。
「なるほど。そうですね、複雑な背景は伏せておき、ただ結果だけを報告するのが賢明です。……そのためにも、マグロスのボスを討伐したという形にされては如何でしょうか」
フロリアはそう言うと、ルクシアに指示を出した。
「ルクシア、大型のマグロスの魔石を輸送してください。これでボス討伐の証明として頂きましょう」
ルクシアは指示を受けて準備を整えた。
数瞬後、指揮官室の中央に設置された輸送台の上に、大きな魔石が現れた。
それは通常のマグロスよりもはるかに強い光を放ち、漆黒に深い輝きを宿した色合いが特徴的だった。
エディはその魔石を見つめ、感慨深げに頷いた。
「これなら、ギルドへの報告も完璧だな。この魔石は確かにマグロスのボスと言われても納得できる代物だ」
フロリアは穏やかな表情で彼らを見つめながら、さらなる混乱を避けるための対応が整ったことに安堵しているようだった。
隼人たちは、フロリアとルクシアの協力に感謝しつつ、この施設の秘密とマグロス討伐の報告準備が整ったことを確認し、次の行動へと心を定めた。
エディたちは町への報告を心に決め、施設の出口に向かってゆっくりと歩を進めていた。
隼人、ノア、リーシャ、フィオナもそれに続き、大洞窟を抜けて戻る準備を整える。
これから何をどこまで伝えるべきか、そして新たに知った秘密をどのように消化するか――それぞれが重い思いを抱えていた。
フロリアは彼らを見送りに来ており、隼人に近づいて静かに言葉をかけた。
「ハヤト様、バックパックの改造には、まだ少しお時間をいただきます。より良い完成度でお渡しするための調整が必要です。準備が整いましたら、再びこちらにお越しください」
隼人はその説明に頷き、フロリアの細やかな気配りに感謝を込めて軽く頭を下げた。
「了解した。改造が完了したら知らせてくれ。また来る」
フロリアが微笑みを浮かべながら隼人に応えた後、彼女はそっとノアに向き直り、彼女の手のひらに小さなペンダントをそっと置いた。
それは柔らかな金色の光を帯び、ノアの手の中で心地よい温もりを放っていた。
「ノア様、このペンダントをお持ちいただけますか。これがあれば、いつでも私たちと通話が可能です。何かお力になれることがあれば、どうか遠慮なく知らせてください」
ノアは戸惑いながらも感謝の気持ちを込めてペンダントを受け取り、慎重にその小さな輝きに見入った。
そして、フロリアに向かって穏やかな笑みを浮かべ、静かに言葉を継いだ。
「ありがとうございます……正直なところ、まだ全てを受け止め切れていないけれど、少しずつ考えてみようと思います。自分のこと、それからあなたたちのことも……」
フロリアは優しく微笑んでノアの手を軽く包み、励ますように小さく頷いた。
その表情にはどこか母親のような温かさが宿り、ノアの心の中に小さな安心感が広がっていく。
「それで十分です。少しずつで構いませんから、ご自身と向き合う時間をお持ちください。私たちもここでいつでもお待ちしています」
仲間たちはこのやり取りを見守りながら、それぞれに感謝と決意の気持ちを胸に秘めていた。
フロリアの見送りを受け、隼人たちは大洞窟を抜けて町へ戻るための最後の一歩を踏み出した。
ノアの手元で揺れるペンダントが、彼女に新たな責任と希望の光を象徴しているかのように、小さく輝き続けていた。
長い道のりを経て、隼人たちはようやく町へと戻り、噴水広場へと足を向けた。
噴水広場には臨時のギルド受付が設けられ、討伐報告や戦果の確認のために集まる冒険者たちで賑わっていた。
広場に漂う緊張感と安堵の入り交じった雰囲気に、隼人たちは改めて自分たちが戻ってきたことを実感する。
エディが真っ先に受付の担当者へと歩み寄り、声をかけた。
「俺たちは大洞窟の奥深くまで進んだ。道中でマグロスの群れに遭遇し、そして大型のマグロスが現れて、それを撃破してきた」
受付の担当者は真剣な表情で話を聞きながら、丁寧に記録を取っていた。
彼が大型の魔石を見せると、周囲にいた冒険者たちがその大きさと輝きに驚きの声を上げる。
「おお……それが大型のマグロスからの戦利品か。確かに、このサイズの魔石ならば、ボス級のモンスターと見て間違いなさそうだ」
エディがうなずきながら詳細を報告していると、他の洞窟を探索していた冒険者たちも続々と戻ってきて、それぞれの成果を報告していた。
その中には、複数のパーティーがマグロスの群れに遭遇し、撃退したという話もあったが、奇妙な出来事があったことを口々に語っていた。
「こっちの洞窟でもマグロスが出てきたんだが、何体か倒した途端に……あいつら急に全員逃げ出したんだ」
「俺たちも同じだよ。確かに群れでいたんだが、突然反転して奥へと消えていった。今までに見たことのない行動だったな」
周囲で聞いていた他の冒険者たちも、その異常な動きに眉をひそめた。
受付担当者はその話を聞いて静かに頷き、大型のマグロスの討伐による影響と仮定してまとめを伝えた。
「なるほど……」 受付担当者はエディの持ってきた大型の魔石に視線を落とし、他の冒険者たちに向けて話を続ける。
「皆さんの報告をまとめると、この大型のマグロスが首領格だったと考えるのが自然ですね。エディたちがこのマグロスを撃破したことで、群れが統率を失い、結果としてモンスターたちが撤退を始めたのではないでしょうか」
エディはその推測に安堵した様子で軽く息を吐いた。
近くで話を聞いていた冒険者たちも、統率を失った群れが逃げていったことに納得していたようだった。
ギルドの受付周辺で一息ついた隼人たちは、周囲の冒険者たちが討伐の成果を報告し合う様子を静かに見守っていた。
大洞窟内での戦いを終えた冒険者たちが次々と戻り、自分たちの見聞きしたことについて語り合っている。
ギルドの担当者が受付の隣で報告を集めていたが、彼の顔には困惑の色が浮かんでいた。
しばらく情報を整理した後、周囲の冒険者たちに向けて声を上げる。
「皆さん、確認したいことがあるのですが、今回の探索中に“巨大な虫”を目撃したという方はいませんか?」
冒険者たちは一瞬互いに顔を見合わせ、首を横に振ったり肩をすくめたりして、全く心当たりがないことを示した。
「……どうやら、あの巨大な虫と対峙した者はいなかったようですね。奇妙なことです。確認された情報が一切ないとは……」
担当者は疑問を抱えたまま首をひねった。
それを聞いていた隼人たちは互いに視線を交わし、ギルドの人員もこの機動兵器については情報を得ていないことを確認した。
さらに別のギルド職員が担当者の隣に立ち、冒険者たちに向かって説明を続けた。
「ともかく、明日も探索を継続します。未知の脅威が残っている可能性も否定できませんので、引き続き冒険者の皆さんの協力をお願いしたい。どうぞ準備を整えて、再び町の安全に力を貸してください」
周囲の冒険者たちは頷き合い、次の探索に向けた準備を進める意志を示していた。
隼人たちもそれを見守りながら、あの機動兵器の謎について思いを巡らせていた。
ギルドの受付での報告が終わり、町の片隅にある静かなベンチで、エディ、フィオナ、隼人、ノア、リーシャの五人が集まっていた。
エディが懐から報奨金の袋を取り出し、全員に均等に分配し始めた。
「全員でしっかり働いた分だ。みんな、受け取ってくれ」
エディが手渡していく報奨金に、それぞれが感謝を込めて手を伸ばした。
隼人は袋を受け取ると軽く会釈をし、続いて話題を明日以降の計画に移した。
「明日も洞窟の探索が続くみたいだけど……俺たちにとっては、もうあの奥には探索する価値がないと思うんだ。今回の原因も見当がついたし、あまり深入りしても得るものがないだろう?」
リーシャとノアも同意の意を込めて頷く。
「そうね、あの洞窟で見つけられる情報はもう限られていると思う。私も隼人に賛成よ」
リーシャが言葉を添えると、ノアも静かに同意した。
しかし、フィオナは少し笑って肩をすくめた。
「私たちは一応、明日の探索に参加するつもりよ。探索するだけで懸賞金が出るって言うし、それも無駄にしたくないからね」
エディもそれに応じて微笑みながら頷いた。
「そうだな、ただでお金がもらえるなら参加して損はないし。俺たちは適当に様子を見ながら、何か他に問題があれば対処しようと思うよ」
隼人たちは、その軽妙なやり取りに笑みを浮かべながらも、各自の抱える課題を思い返していた。
新たに知った施設の秘密やノアの役割、そして今後の行動計画など、彼らが背負うべき問題はまだ山積みだった。
明日以降の計画を話し終えると、エディが笑顔で軽く手を振りながら声を上げた。
「よし、じゃあここで解散だな!」
隼人も軽く頷き、エディの明るい態度に応える。
「ああ、そうだな」
フィオナもエディに続いて頷き、にっこりと微笑んだ。
彼女の視線には、少しだけ名残惜しさも感じられた。
エディが立ち去る際、振り返って明るく右手を上げ、軽快な声で挨拶を投げかける。
「じゃあな、また会おうぜ!」
フィオナも隼人たちに小さく手を振りながらエディと一緒に立ち去り、その後ろ姿が通りの向こうに消えていくのを、隼人、ノア、リーシャの三人が静かに見送った。
エディとフィオナが見えなくなった後、隼人は少し疲れた表情で息をつき、二人に向き直る。
「さて、俺たちも帰るとしようか」
ノアとリーシャが頷き、夜空の下、彼らもそれぞれの帰路へと足を進めていった。
明日への準備と新たな試練に向け、心を整えるための静かな時間が今、三人を包んでいた。




