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指揮官室での戸惑い

 指揮官室の扉をくぐると、広い室内にはゆったりとしたソファーが並んでいた。

 柔らかな照明が穏やかに灯り、壁際には美しく整えられた植物が飾られている。

 フロリアは隼人たちをソファーに案内し、微笑みながら言った。


「皆様、どうぞお掛けください。少し飲み物を準備してまいりますので、失礼いたします」


 フロリアが静かに一礼すると、部屋を出て扉が閉まる。

 室内に残された隼人たちは、それぞれソファーに腰を落とし、互いに顔を見合わせた。


 しばらくの沈黙の後、フィオナが呆然とした口調で呟く。


「…ねえ、これ、本当に現実なの?」


 リーシャも頷き、困惑した表情を浮かべる。


「何がどうなってるのか、まったく分からないわ。ノアが“マスターユニット”って……いったいどういうことなの?」


 隼人も頭を抱えながら、真剣な表情で考え込んでいる。

 彼もまた、ノアが施設の中核としての役割を持っているという事実が信じられなかった。


「あの青い顔が言うには、ノアの体の中にある“魔石”がこの施設と何か繋がってる…ってことだよな。でも、それって本当にどういうことなんだ?」


 ノアは困惑しつつも、隼人たちの言葉をじっと聞いていた。

 自分がこの場所の“核”としての存在であることを知ってしまった今、その役割の重さを感じざるを得ない。


「私も分からない。…ただ、彼らが言う“マスターユニット”って、私のことなんだって」


 その言葉に、再び全員が沈黙に包まれる。

 これまでの常識を覆すような情報に、隼人たちはただ唖然とするばかりだった。


 しばらくして、扉が静かに開き、フロリアがトレイに飲み物を載せて戻ってきた。

 彼女は優雅な所作で隼人たちにカップを手渡し、全員が手にするとふわりと微笑んだ。


「皆様、少しお休みになられて気持ちは落ち着かれましたか?」


 ノアはカップを両手で包み込むように持ちながら、まだ整理がつかない様子で小さく頷いた。

 しかし、自分がマスターユニットだという現実を前に、どうしても気になっていた疑問が頭をよぎる。

 しばらくの沈黙の後、ノアは勇気を振り絞り、静かに口を開いた。


「あの……フロリアさん、マスターユニットって一体何なんですか?私が“核”って……どういう意味なんでしょうか?」


 フロリアは一瞬驚いたように目を丸くし、それから真剣な表情で説明を始めた。


「マスターユニットとは、あなた様のことです。先程、管理システムの“ルクシア”からも説明がありましたが、ここにおけるすべての指揮権を持ち、この施設の核として機能する存在……つまり、マスターユニットであるあなた様の意志は、この施設内では絶対です」


 その言葉を聞いたノアは、さらに困惑した表情を浮かべた。


「絶対の意志……?でも、私には何がどうなっているのか……」


 ノアが言葉を途切らせ、俯いてしまうと、隼人が少し顔を上げフロリアに向かって尋ねるような視線を向けた。

 彼もまた、ノアが持つという指揮権の意味や役割に対し、理解が追いついていなかった。


 その時、リーシャが気になったように、視線をフロリアに向けながら口を開いた。


「ところで……さっきから名前が出てる“ルクシア”って誰?」


 フロリアは微笑みを浮かべながら答えた。


「ああ、ルクシアはこの施設の管理システムの名前です。先ほどの顔だけの子ですね。施設の稼働や環境の管理、情報の記録を一手に引き受けています。お聞きにならなかったのですか?」


 フィオナが隼人に目をやりつつ、少し苦笑を浮かべて答えた。


「ええ、そんな名前があるなんて聞いてなかったわ。私たちにはただの“顔”にしか見えていなかったものだから」


 フロリアはくすっと笑い声を漏らし、軽く肩をすくめると、どこか親しげな口調で続けた。


「まあ、ルクシアはちょっと“シャイ”なところがあって。自己紹介するのが得意じゃないんです。何千年も前のマスターユニットの時からそうなんですよ」


 その言葉に、隼人たちは驚きの表情を浮かべ、フィオナがすかさず尋ねる。


「何千年も前から……?じゃあ、あなたもこのルクシアと長い間一緒にいるの?」


 フロリアは頷きながら、目を細めて言った。


「ええ、私はこの施設の守護と、マスターユニットを支える役目としてここに存在しています。ルクシアとはずいぶん昔からの付き合いですよ。でも、皆様がこうしてこの場に集まられたことも、何かのご縁かもしれませんね」


 その穏やかな微笑と共に、フロリアの存在がこの施設と深く結びついていることが、隼人たちにも伝わってくるようだった。

 そして、彼らの中に少しずつ施設や役割に対する理解が芽生え始める。


 指揮官室の落ち着いた空気の中、リーシャがふと興味深そうに口を開いた。


「フロリア、ルクシアから聞いたけど、あなたって“機動兵器”なの?」


 フロリアはその言葉に頷き、柔らかい口調で応えた。


「ええ、その通りです。私は“マスターユニット支援用人型機動兵器”として、この施設内でマスターユニットの支援を担う存在です。マスターユニットが指揮を執る際の補佐や防衛を目的としています」


 その言葉にリーシャの目が輝き、感嘆の声が漏れた。


「えっ!ぱっと見、人間そのものにしか見えないのに、本当にすごい!ハヤトもそうだけど、機動兵器って意外と多いんだね!」


 隼人も少し気恥ずかしそうに頭をかきながら軽く笑みを浮かべたが、その瞬間、フロリアの表情が僅かに変わり、驚きと鋭い緊張が交じる。


「……ハヤト様?それは……どなたのことですか?」


 フロリアの言葉には妙な緊迫感があり、空気が一瞬で張り詰めたようだった。

 隼人たちは息を呑み、意識を研ぎ澄ませるようにフロリアを見つめた。

 隼人は戸惑いつつも、手を挙げて穏やかに答える。


「ああ、俺のことだよ。ハヤトって名前だ」


 その瞬間、フロリアの瞳に鋭い光が走った。

 彼女の体は瞬時にしなやかで無駄のない戦闘態勢を取り、まるで彼女の一部であるかのように、戦士の本能が姿を現したかのようだった。

 彼女の表情には警戒と冷静な分析の色が浮かび、目が隼人に鋭く注がれている。


 ノアが思わずその様子に驚きの声を漏らす。


「フロリアさん……どうしたの?」


 だがフロリアはノアの問いかけにも目を向けず、まっすぐに隼人を見据えていた。


「“ハヤト”という存在は私のデータには記録がないものです。マスターユニットの周囲に未知の機動兵器がいるという状況は、あらゆる事態に備えるべきです。あなたの機体番号、及び所属を確認させていただけますか?」


 隼人は冷静さを保ちながらも、フロリアが見せた思わぬ反応に内心で警戒心を抱く。

 自分がこの施設の目からは「未知の存在」として捉えられていることが、彼の中に微かな緊張を生み出していた。


 一方、フィオナやリーシャも思わぬ展開に表情を曇らせ、言葉を失ってその場を見つめていた。

 隼人の正体が何であれ、フロリアにとっては要警戒対象として捉えられたことを、彼らは直感的に理解しつつあった。


 隼人とフロリアの間に張り詰めた緊張が漂う中、隼人は困惑した様子でフロリアを見つめ返した。


「すまない。……機体番号や所属とかは俺には無いよ」


 彼は肩をすくめながら答えたが、その言葉にフロリアの目がさらに鋭くなり、警戒心が一層強まったのを感じた。


「……そうですか。では、より正確な確認が必要です」


 フロリアは隼人から目をそらさないまま、施設の管理システムであるルクシアに鋭い口調で指示を飛ばした。


「ルクシア、当施設にいる全員を至急再スキャンしてください。確認が必要です」


 ルクシアのホログラムが室内に現れ、機械的な音声で静かに応答する。


「再スキャンを実施します。フロリア、問題が発生していますか?」


 フロリアは表情を変えずに頷き、冷静に答えた。


「ええ、安全のためです。マスターユニットの安全確認が最優先です」


 その言葉を受けて、指揮官室の空気が微かに揺れ、まるで見えない手が部屋全体を覆うように静かにスキャンが始まった。

 ノアをはじめとする隼人たちは緊張の中でスキャンを待ち、どこか不安げに互いの顔を見合わせた。


 やがて、数分後にルクシアが再び現れ、冷静な口調で結果を報告した。


「再スキャン完了。5名の生命反応を確認しました。データ上では、全員が“人間”として認識されています」


 フロリアは一瞬安堵の表情を見せるものの、すぐに表情を引き締め、隼人に視線を向けたまま疑問を口にした。


「あなたは“人間”という結果が出ましたが、先ほどの発言にあった“機動兵器”というのは本当ですか?本当に、あなたがそうなのですか?」


 フロリアの疑念を孕んだ視線を正面から受け止め、隼人は内心の躊躇いを押し殺すように小さく頷いた。


「……ああ、そうだ。俺が機動兵器であることは間違いない」


 ノアやフィオナが息を呑む中、隼人は右腕に意識を集中させ、軽く力を込めた。

 すると、彼の右腕が微かに変形し始め、金属が軋むような音と共に機械的な構造が露わになり、ライフルの形状へと変わっていく。

 冷たい光沢を放つライフルがその腕に宿り、まるで異質な存在感を隠そうともせず、隼人の右腕に収まった。


 隼人の変形を目の当たりにしたフロリアは、目を大きく見開き、僅かに息を呑んだ。

 エディやフィオナもその場で固まり、言葉を失ったかのようにその光景を凝視している。


 フロリアは慎重に息を整え、隼人を改めて見つめ直すと、冷静さを取り戻したように一言を発した。


「なるほど……それが、あなたの“機動兵器”としての証なのですね」


 隼人は少しだけ表情を緩めながら、ライフルの形状を元に戻した。

 彼もまた、この状況に対して警戒心を拭い切れないまま、静かにフロリアの反応を見守っていた。

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